夏は焼きナス、言わぬがフラワー
近頃、washing dish meditation できない。
指をすり抜ける水に浸りながら、こびりついた目玉焼きの黄味をひたすらこすり落としたいのに、眼球の裏側に未処理ファイルを映し出して、これどうしますかとストレージ不足を訴えて来る。
私は「ちゃんと分かり合えているフリ」をする場面が少なくない。
それが大人の対応なのか、ただ言葉を飲み込んでいるだけなのか、正直よく分からない。すべてのコミュニケーションでスッキリを目指せるわけではないとわかっているにしろ、でも。
それもあれもこれもさっさとアップデートしちゃって、私はただ皿を無心で洗える人でありたい。
郵便局の窓口の横には夏バージョンのメッセージカードがたくさん並んでいた、あれは七月半ば。
秋仕様のものがほしいのですがと尋ねると、窓口の局員さんは秋のものは夏に出ますねと言う。
今って夏じゃないんですか?と聞き返したら、傍らのカレンダーを見て、夏ですねとつぶやくように言った。
ですよねーとあいづちを打ったけど、彼はありがとうございましたと会釈をして、もう何も言わなかった。
さらに聞くのはなんだか野暮な気がして私はカウンターを離れた。
疑問符を頭蓋骨の内側のフックにプラッと吊るしたまんま、あれからひと月経ったけれど、彼が口にした「夏ですね」がまだ訳せない。
茶碗に残る納豆のぬめりを流しながら、秋のカードは入荷したのかなぁと考えている。
あぁいけない。茶碗に無心になれていない私。
納豆さばきが成長しないたね二郎の茶碗はぬめって落としそうになるのにこんなことではいけない。
ヘアカットのネット予約をしたら、夕方に美容室から着信があった。
「実は、書きのさんと同じ時間に電話予約がありまして…」
恐縮した感じの声が漏れる。
「申し訳ありません、こちらの確認不足で…」
ダブルブッキングってことかな?
電話は、私の予約時間の変更が可能かという用件なのだと理解した。
それで、時間をずらしたらいいんですか?と訊くけど、あ、いえ…と濁したり、こちらの手落ちでしてとか、見当違いな返事が繰り返されて進まない。
何時ならいいんですか?と訊いても、書きのさんのご都合はどうですか?と返してくる。
結局、最初の予約時間より一時間早い枠が空いているというので、じゃあそこでいいですと言った。
当日、美容院へ行くと受付のスタッフが、こちらの手落ちでご迷惑をおかけしましたと頭を下げた。
いいんですよと返そうとしたら
「お時間変更ですね。ありがとうございます」
彼女はニッコリ微笑んだ。
私が変更を希望したわけじゃないんですけど…
言葉を呑みこんで、代わりに曖昧な笑顔を浮かべながら、案内された席に座るとすぐに担当さんが来た。
「ご迷惑おかけしてスミマセン」
彼も丁寧に頭を下げる。
やっぱり私は被った側よねと鏡越しに微妙な笑みで訴える。
施術が終わって会計に向かった。
クーポンとか値引きとかあるのかなと、ちょっと期待してディスプレイを見たら通常料金だった。
ーやだ。お安くしてもらえないのかしら~?ー
言ってみたかったけど、やめたの。
アレでしょ。
そういうこと言葉にするのが老害とかいうんでしょ。
こないだ、公庁から申請書類が届いて内容をチェックしていたら封筒に記された当局所在地と郵便番号が一致しないことに気づいた。
郵便番号で検索するとまったく関係ない(と思われる)地方銀行のデータ処理の部署が出て来るし、所在地から検索しても封筒にある郵便番号とは違う番号が出て来る。
自分のIDが必要な書類だし、公式HPとか問い合わせ先の電話番号とか、やっぱりちゃんと確かめたいから念のため、当局へ直接電話してみた。
「所在地と郵便番号が一致してないんですけど、これはどうしてですか?」
「あぁ、そうでしたか。でも間違いなくこちらが送付した書類ですので投函なさって大丈夫ですよ」
「でも、この郵便番号のところへ配達されてしまうんじゃないですか?」
「えぇ、でも大丈夫ですよ。もしご不安でしたら直接こちらへお持ちになってもよろしいですよ」
「いえいえ、そういうことじゃないんです。なぜかなとちょっと思ったので」
「そうですよね、でも大丈夫ですよ」
……
だから何が大丈夫なのか説明しろなんて言ったら、クレーマーとか苦情とか思われちゃうかなと思って、(わかってないけど)わっかりましたぁとさわやかに答えて電話を切った。
そうして私は謎の返信用封筒をポストの口に放り込んだ。
何だかわからなくても世の色んなことがスルスルと済んで行くよね。
けど、私が呑み込んだ言葉はどこに行ったろう。
母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね。
ええ。
夏、碓氷から霧積へ行くみちで
渓谷へ落とした あの麦わら帽ですよ。
遺失物なら届いています。
この頭蓋骨の内側に、あなたが呑み込むたびにほら、あれもこれもみんなここにぶら下がってぷらぷら揺れているでしょ。
風鈴やセミの声みたいな、これがホワイト社会の風物詩ってものかもしれませんね。
わたしの失くしたのは金のでしょうか、それとも銀の、ですか?
なんつって。
とっとと皿洗ってしまわんかい。

焼きナスには千切り生姜
そしてぜったいポン酢派です

