テキトー加減がよい
いきなり、たとえばなんだけどね。
味噌汁を作るのに水や味噌をきちんと計量する人がどのくらいいるかわからないけど、毎日作っている人は目分量だったりするじゃない?
そういう人は新しいレシピを試すときも、『塩小さじ1』とかあってもたぶん『こんなもん』て、感覚的に入れちゃうと思うの。
テキトーがモットー
なんつって。
アタシ横着なもんだから、昔っからそういうとこがあったんだけどさ、でも『適当』って、大ざっぱな意味合いだけじゃなくて、良い加減てことだったりするよね。
なんとなく、まぁ、こんなもんかなぁっていう『塩梅』。
人間関係も生き方もそういうのが心地よいし、それで十分かなぁって思ってる。
…ちょっとアンタ、それが難しいのよって言いたいでしょ。
そういうカオしてるもん。
じゃあさ、ちょっとキツイこと言うから覚悟して聞きなさいね。
あんた、ずっと守りの態勢で生きて来たとこ、あんじゃない?
どうせフラれるから告白やめとこ~とか、自分から誘って断られたらカッコ悪いから誘われるのを待ってよ~とか。
で、そのくせポツンとしてる自分を可哀そうって思っちゃったり。
ね?
ほら。
自分がイタい思いをしないで何か得ようとしてない?
違う違うそうじゃ、そうじゃなぁい~って一曲歌っちゃう?
DAMだけどいい?
やだ?
あそ。言うと思った。
そんなことどうでもいいのよ、聞きなさいよ。
味噌汁だって毎日作ってりゃ塩梅わかって来るし、自転車や鉄棒だっておんなじじゃない?
何度も転んだり、手にマメこさえて痛い思いしながら、いつの間にかできるようになっててさ。
出来るようになってみると、何がそんなに難しかったのか思い出せなくなるでしょ。
自転車や鉄棒ならあんなにやれたのにさ、人間関係でやらなかったのは何でなのよ?
傷つくのがコワい?
身体だってあちこち傷つけて来たのにココロはダメなの?
まぁ、でもその気持ちはわからないわけじゃないの。
アタシだって身も心も満身創痍で生きて来たのはおんなじよ。
そんなの生きてればあったりまえだのクラッカーパーン!だわよ。
色んなことを経験するために生まれて来たんだから、失敗がダメとか傷つくことをネガティブに捉えちゃダメよ。
生きてること自体がタイヘンなことなんだもの。
だから、それでもここまで生きて来た自分てスゴイんじゃない。
アンタもいい加減、自分がここまで生きて来たこと褒めてあげな。
ほいで、アンタの『良い塩梅』を見つけなさいね。
何よ。
そんなブサイクなカオして見てんじゃないわよ。
バカねぇ。
ふーんって、テキトーなカンジで笑っときゃいいのよぉ。
Day4:自分の好きなところ(褒めポイント)
私は『いい加減』『いい塩梅』の察しをつける能力はあるんじゃないかなと思います。
アクセルとブレーキの加減が偏らないから燃費いいみたいな。
それはイヤな思いも望まぬ結果もたくさん味わった成果です。
まぁ、天性のカンみたいのもあんだけどさー(最後にマウントw)
この記事はMIYABIさんのこちらの企画に参加しています。
