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「すっぱいチェリーたち🍒」~スピンオフ・20年後のBBQパーティ~

「ビール、まだあるよねー?」
「あ、焼肉のタレが足りないかも」
「もやし! 網の隙間から落ちてすごい煙なんだけどー!」

今夜は町内会の集い。

みんな口々に好き勝手なことを言って来るが、私は給仕係りではない。ここは私の家。場所を提供しているだけだ。

「はいはい、まだ開いてない樽があるから持って来ますよ」
「真っ黒なコレ、もやし? トングで摘まんで取れないですかね」

トングで網の隙間から炭を動かすとさらに煙が立ち込める。
心の中では(ぜっんぜん飲めねえ)と舌打ちしながらも、何か言われると反射的に

「はい!一番福~~!」


と、威勢よく返事して自ら動いてしまう。
もやし…もうほぼ灰で取れねえ…


集まることが可能な家に有志で集ってBBQを囲み、交流を深めようなんていう話が先月の町内会で持ち上がった。
口を挟む間もなく、第一回目は会長の家でやろうということになった。

会長、つまり私(八足 種雄ぱあし たねお)である。

何となくノリだけでうなづいていたら賛成多数で決まってしまった。

ここ帳面町のとちょう須多絵布すたえふに引っ越して来てまだ半年ほどなのだが、私はいきなり町内会の会長を仰せつかってしまった。

通勤時によく聴いているラジオ番組のパーソナリティの通称『うり-mo』こと宇利盛男氏の私は大ファンなのだが、その彼がこの町内会の副会長をしているということでお近づきになれたのがきっかけ。

「本当に無理やったら断ってもらっていいんですけど…」
「もしよかったら、で、全然いいんです」
「本当に、無理やったら言うてくださいね」

ラジオで聴くままの、あの穏やかな声でそう言われて、私は大ファンゆえに首を縦に振ってしまった。



『猫の額』という表現がぴったりの庭に10人近くの大人がぎゅうぎゅうになって火を囲んでいる。

「なぁ、オレの靴、さっきうっかり脱げてから片方ないんやけど」
「サイン? えーよえーよ! ごっつあんです! あっつ! 燃やす気かーい! あっはっはっ!」

宇利さんも、ラジオの相方の彩子さんも来てくれたけど、なかなかゆっくり話していられない。どうにかこうにか、彩子さんにサインはもらえたものの、うっかり燃やしそうになった。

「焼肉のタレ、エバラの持って来たんやけどもうないねん」

「あ、うちのは晩餐館のですけどそれでよければ持ってきます」

阿久さんに言われて空になった瓶を受け取る。

「ちょ、すいません、すいません」

手刀を切りながら喧騒から脱出して家屋の中へ滑り込むとため息が出た。

台所の灯りをつけて冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、喉を鳴らして飲んで、失くさないよう持って来たサイン色紙に目をやる。
彩子さんの笑い声はリアルに聞いてもやっぱり爽快だ。

「あら、お水なんか飲んでる」

背後から裏声なのか地声なのかわからない声がしてぎょっとした。
振り返るのと同時に、おかっぱの黒髪を揺らして見知らぬ女性が私をのぞき込んだ。

「わっ!」

あまりの近さに私は驚いてのけぞった。

「な! なんですか⁉」

「ポン酢、あるかしら?」

私の動揺などまったくお構いなしの様子で女性は黒髪を揺らしてニッコリ言う。

「ぽ、、、⁉」

狭い台所とはいえ、体一つ分も離れていない距離に私はどぎまぎしている。

「ポ、ン、酢」

女性は人差し指で私の鼻先をポン、ポン、ポンと、三回弾く。

「ぽ、、、」

「冷蔵庫かしら? 焼肉のタレに飽きたらやっぱりポン酢よね」

豆鉄砲をくらったようなカオをして固まっている私をよそに女性は冷蔵庫を開ける。

「あ、あったあった~! あら!八足さんたらツウね~! 馬路村のじゃないの~! ス・テ・キ」

「あ、はい!ポン酢はやっぱり高知の… あ、いや、あ、あの?」

嬉しそうにポン酢のビンに頬ずりする垣野さんに私はおずおず話しかけた。

「なあに?」

「あ、いえ、あの…すみません、お名前は…?」

「いやだ、アタクシは垣野よ、八足さんたら」

女性はそう名乗ると指を口元に当ててクスッと笑う。

「か、垣野さん? 失礼しました。えーっと、この町内の方…でしたか」

「いいえ」

私の言葉に垣野さんはまた、おかっぱの黒髪を揺らしてにっこり微笑んだ。

「え?」

「いいえ」

にっこり微笑んでいる垣野さんと、垣野さんの返事が理解できず、次の言葉が出てこない。

「えっと、あの、今日って、町内会のバーベキュ…」

「ん?」

小首を傾げる垣野さんの黒髪がサラッと揺れる。
狭い台所で至近距離に見つめ合う垣野さんと私。

「ん…」

垣野さんはおもむろに目を閉じて、わずかに顎をこちらへ差し出した。

「…」

思わず、吸い寄せられるように垣野さんの唇に近づく私。

「ちょっとー! ビールまだぁ⁉」

そこへ勢いよく入って来た別の女性の声に飛び上がって我に返り、私はのけぞった。

「あ! これね⁉」

私の足元にある樽をよっこらしょと持ち上げる女性。

「あ、あの、あなたは…」

「え? あたし?」

女性はガハハと笑った。

「やだー! 油木よ!」

「ユキ?さん?」

「そそ! 油木! 聞いてない? 宇利くんが高校生のとき、担任だったの」

「あっ、そうでしたか。 油木さんもこの町内にお住まいで?」

「えっ? 違うけど?」

「え?」

「え?」

今度は不思議そうなカオの油木さんと私が見つめ合ったが、少し唇を尖らして私を見ている垣野さんの視線にはっとする。

垣野さん、初対面で、いきなり、ですか?…

違う違う。

そう、町内会の集いだ、今日は…

「今日は…」

「お肉は足りてる?」

私の声を遮って垣野さんが油木さんに尋ねる。

「うん。お肉は大丈夫なんだけど、ちょっとお野菜とかもう少しあるといいかなって」

「ね。そうよね、何か葉ものとかキノコとかないかしら」

垣野さんは冷蔵庫の引き戸を開ける。

「あら、えのきとシイタケがあるわね。 あ、ウインナーもあるわ」

「きゃ! ウインナーいいねー!」

「あの! ちょっと待ってくださいよ、今日は町内…」

私は息を吸い込むと、二人に言った。

「え? ウインナーはだめ?」

油木さんが悲しそうに私を上目遣いに見る。

「いや、あの、そうじゃなくて」

「よろしいわよね?」

垣野さんがウインクして私に言うものだからまた私はどぎまぎしてしまう。

「あ…だから、いえ、あのウインナーがダメとか、そうじゃなくて」

「よっしゃ! じゃガンガン焼いちゃお!」

油木さんと垣野さんは「重ーい!振ったオトコくらい重ーい!」「キノコぉ誰の子ぉ?」などとはしゃぎながら、樽とえのきとポン酢とウインナーを抱えて出て行った。

…垣野さん、さっきのアレは何だったんですか?

あ、いや違う違う。そうじゃない。
今夜は町内会の集い…



狭いながら、何とか無事に第一回目のBBQパーティーはこなせた。

後片付けをして、それぞれ帰って行く町内のメンバーたちを見送って玄関に入ると、狭い足元には脱ぎ散らかした履物が幾つも転がっている。

みんな帰ったはずじゃ…?

いぶかしがりながら居間に入って行くと、テレビの前の座卓で垣野さんと油木さんと、そしてもう一人似たような年頃の女性が座ってせんべいをかじっていた。

「お疲れ~! 邪魔してるで~」

その女性はせんべいを持った手を振り上げて私に言った。

「あー!ちょっとー茶保さん、粉! 粉が落ちる~!」

油木さんがその女性に『茶保さん』と呼び掛けている。

茶保さん、て、誰?

そして、その茶保さんと呼ばれた女性はテーブルに飛び散った粉を指でかき集めながら大きな声ではしゃぐ。

「いや~、久しぶりに食べるけど、やっぱりイケるね~!ウーリーターン」

「ちょ、あなた、茶保さん、ですか? いついらっしゃいました?」

(私のウーリーターンだ…)
きっと茶箪笥から出して来たんだという確信とともに、私はその女性に尋ねた。

「今さら何言うとんねん、最初からおったやろ!」

「は…?」

高密度。芋を洗うが如くというか、その芋も焼き芋になりそうなくらい、ぎゅうぎゅう詰めでやっていたBBQ。

誰かが落としたもやしと脂のせいで、終始、煙だらけの中、人の顔もよく見えていなかったのか?
その誰かとは誰だったのか?

10人近くいて、町内の人間は何人いたのか。
私は果たして、誰に肉を焼いたりしていたのか。

「ねー、炭酸欲しくない?」

油木さんがグラスに焼酎の『うりちこ』をつぎ足しながら言う。

「油木さん、あの…」

「あらー、いいわねー、焼酎サワー!」

手を叩く仕草をしながら垣野さんが台所へ行く。

「ねえ、八足さん、梅干しあるかしら?」

勝手知ったる他人の家。

「梅干しも冷蔵庫のチルド室に…って、え、いや、だから!」

なぜ、あなたたちはここにいる。
垣野さん。あの二人だけの時間の続きは…?

「ノットコンプリートぉぉ!」



何を、というか、何から言えばいいのかわからず、思わず叫んだ。

「っるさいな! せやからサワーで飲みたいねんて!」

ウーリーターンの粉をボロボロこぼしながら茶保さんが叫び返す。

「違うんですよぉ!」


私はまた吠えた。少し声が裏返った。

「ウイスキーの方が良かった?」

油木さんが私につぶらな瞳を向けて言う。

「そ…」

私は何を言えばいいのだろう。
何から…どれから言えばいいんだ⁉

「そうじゃーないんですーっ!」


引きつるカオで懇願するように私は叫ぶ。

「なんやねん! 焼酎はあかんの⁉ ウイスキーかいな!」

茶保さんが口の端からウーリーターンをはみ出させながら私の叫び声に被せて来る。

「あなたたち、町内の人間じゃないんですよねー!」

「だったらどやねん!」

茶保さんがウーリーターンを咀嚼しながら速攻で返して来る。

「と…、と…」

私は自分が何を言いたいのか、何に混乱しているのかもわからなくなってクラクラして来て、膝から崩れ落ちる。

「…と、とりあえず、どうか。今日のところはお開きってことで…」

ひざまずいたまま、私は半泣きで見知らぬ三人に両手を合わせて声を振り絞った。

「アディオォス!!!」




ようやっと一人になった自分の部屋で、私は粉まみれの座卓をしばらく呆然と見つめていたが、ふとテレビ台のいつもの位置にリモコンがないことに気づく。

(あの人たち、テレビはつけてなかったはずなのに…?)
テーブルの下をのぞき込んだり、ソファの隙間を探ったりしたが、どこにもない。

(おかしいなあ)と思いつつも面倒になり、気を取り直して風呂に入ることにした。風呂場のドアを開けると、白い浴槽の底に何かあるのに気づいてのぞき込んだ。

「シューズ…?」

つぶやきながら摘まみ上げたのは、見慣れないアディダスの、白いシューズの片方だった。

(誰の? なぜここに?)

怪しみながら、玄関へ持って出た。
すると、靴箱の中からかすかに振動するような音がしていることに気づく。

靴箱をこわごわ空けてみると、真ん中の段の隙間になぜか、私のスマホがひっそりと点滅していた。

ディスプレイのメッセージを見るとそこには

『何個見つかった?』

と、町内会グループラインの文言が表示されていた。

『あと、何がない?』

『だから、オレの靴が片方ないねんて!』

次々とメッセージが来る。

『炊飯器の中とかも見てね』

『宇利ん家でやったBBQのすっぱい想い出が蘇るね』

『だから、オレの靴!』

『宇利、デジャブやね』

『いや~ん!』

宇利さんから内股で情けない表情の男性のカオのスタンプと、宇利さんの生みの父親と言ってきかない友人の阿久さんからゲラゲラ大笑いするスタンプがたて続けに来た。

なんのはなしですか!!!



さっぱりわからない私は巨大なキノコのスタンプを返した。

「あ…」

もしかして今夜と同じことが20年前の宇利さんのお宅でも?


私は阿久さんが言っていた『BBQのトラウマ』という言葉を思い出した。




終わり。



うりもさんによる、『note』と『stand.fm』を連携させたクリスマスまでの創作活動。
みんなで繋ぐ『すっぱければすっぱいほど美味しい』学園モノ妄想物語。

番外編として、今回はこちらのストーリーをオマージュです。
『宇利家でのBBQの謎』で終わっていたのでそこを書かせて頂きました。

《今回の登場人物》

『私』八足種雄… persiさん
 油 木… ゆきママさん
 茶 保… ちゃぼはちさん
 宇利盛男… うりもさん
 阿 久… アークンさん
 彩 子… 彩夏さん

 垣 野… 書きのたね



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