会話に困ったときに目の前のアイスコーヒーをかき回して『よく冷えた氷ですね』みたいなことを言ってみるのが好き
スーパーや駐車場とかで、すんでのところで自分より先に誰かに行かれたりすると、なんかモヤッとすることってない?
しかもよ。視線は合わせないけどぜったいこっちの動きを察知してて、ちょっと早足になって前に出たくせに『たまたま自分が先だった』感を出してたりするのがムキィーッポイントなわけ。
そういうとき、白いスーツにヒールを履いた、ショートヘアの自分が腰に手をあてて、さらにアゴをちょっと上にして『二位じゃダメなんでしょうか⁉』って言い放ってやるの。
あ、これ心の中でってハナシよ。
…そう。口惜しさをバネにするってそういうことよね。
違う?
いいんだってば。
そういうことにするの。その方が面白いもの。
『二位じゃダメなんでしょうか』って言った議員の党は結局二位以下になっちゃって今や存在さえ危ういけど、誰だって二位より一位がいいに決まってるじゃない。
『セカンドのオンナ』
イヤ。ぜったい。
人生、自分がいつも与党なわけ。
自分がいつも対象にとって本命でいたいの当たり前じゃないの。
そこを狙うから生きがい感じたりとかモチベーション湧くんでしょ。
でも現実、そうは行かないことも多かったりするからさ。
その度にいちいち不貞腐れてるのもつまらないって思うんよね。
『自分の機嫌は自分で取れ』って、それが出来ない人が多いから名言みたいになってんのよね。
アタシもね、自分で自分をわざわざしんどくさせて何が面白いのよって、さんざん泣いて夜が明けたとき、腫れあがったまぶたの間から暁を見たわ。
「面白きこともなき世を面白く、住みなすものは心なりけり」かぁ。
ああ、そういうことかぁって。
物事なんでも面白いと感じるかどうかは、とどのつまり自分の心の持ち方次第、解釈次第なんだなぁってね。
ユーモアって生きる知恵よね。
とにかく笑ってしまえればたいていのことは「まぁいいかぁ」って思えるもんよ。
ユーモアの詰まった知恵袋があれば、堪忍袋の緒が切れることもそうそうないの。
なんちゃら構文とかってやたらに取り上げられるあの政治家の発言もユーモアセンスで受け取る側が笑いに変えてるじゃない。
笑いには堪忍袋を緩めてくれるパワーがあるよね。
パワーを力に 力をパワーに。
笑えちゃうと張り詰めたものが緩んで余計なものをリセットできるカンジがして、自分の感情もなんだかケリがつくカンジがするの。
人の心って怒りにまかせてたり、悩んでいるうちは複雑な気がするけど、本質はシンプルなんじゃないかなぁ。
そうそう、『ユーモア(humor)』の語源て『ヒューマン(human)』だって高校の頃、先生が言ってたの。ユーモアは人間のサイコーの能力だって。
十代の私にも腑に落ちるものがあったのよねぇ…
でもさぁ、今あらためてググってみたら、ユーモアの語源は『ラテン語の「フモール(体液)」』って出たの。
え?なんなのよ。違うじゃないの。
純情な若者になにテキトーなこと教えてくれてんのよ。
私も何を腑に落としちゃったんだか。
まぁ、あの頃は面白いって思えたからいいんだけどさ。
ユーモアって笑い飛ばせる力だからね。
Day2:私の好きなモノ
私はユーモアを感じることにワクワクします。
でも悪ノリが過ぎて悪態・雑言になるのは、私のセンスというより
人格の歪みかもしれないという懸念もあります。
そこも含めて寛容なお気持ちでご容赦いただけますと幸いです。
この記事はMIYABIさんのこちらの企画に参加しています。
ちなみになんですが。
一昨日、座布団あげたくなったポストがコレです。
ユーモアはドジョウだけじゃなくて足元も掬うパワーも秘めてるよね!!

