水彩画と御城印で巡る 日本の名城 48 北奥を治めた南部氏の城 ― 根城、三戸城、九戸城

南部氏の城 ― 根城、三戸城、九戸城をあるいてみた

本州最北の地、北奥。
 
現在の青森県から岩手県北部にかけて広がるこの地域には、
中央の戦国史とは少し異なる時間が流れていた。
 
雪深い大地、広大な馬産地、そして北方との交易。
 
その地に長く根を張り、独自の勢力を築いたのが南部氏である。
 
出自は平安時代まで遡る古い武家で、甲斐源氏の流れをくむとされ、
鎌倉時代以降、奥州北部に勢力を広げていった。
 
中世には「南部八戸党」など多くの分家を抱える巨大な武士団へ成長した。
しかし、戦国期は内紛が絶えなかった。
 
やがて八戸の根城、三戸の三戸城、そして二戸の九戸城を舞台に、
北奥の歴史は大きく動いていく。
 
**根城は南部氏の発祥を伝える城。
**三戸城は南部宗家が勢力を伸ばした本拠。
**九戸城は南部一族の内乱と、
豊臣政権による天下統一の終幕を物語る城である。
 
三つの城を巡ると、北奥を治めた南部氏の栄光と苦悩が見えてくる。

根城 ― 南部氏の原点で、北端支配を担う重要拠点

根城  八戸市博物館 ― 14世紀に築かれ、約300年間機能した中世城館(青森県八戸市)

根城は、建武元年、**南部師行によって築かれたとされる城館である。
 
南部師行は南北朝時代の争乱で功績を挙げ、
後醍醐天皇方として奥州へ下向し、
この地に拠点を築いた。
 
以来、根城は八戸南部氏の本拠として約300年間機能し、
北奥における南部氏の重要拠点となった中世城館である。
 
根城の魅力は、近世城郭とはまったく異なる姿にある。
 
天守も高石垣もない。
 
しかし、復元された主殿や工房、馬屋などを歩いていると、
中世武士の館の空気がそのまま残っているように感じられる。
 
土塁と空堀に囲まれた曲輪は広く、単なる軍事施設ではなく、
政治と生活の場であったことがよく分かる。
 
実際に歩いてみると、戦う城というより、
北奥の暮らしを支えた城館という印象が強い。
 
南部氏の原点を静かに伝えている城――
ここは **根城である。
 
2023年7月1日 
日本100名城 No.5 根城公式スタンプ取得

御城印は八戸市博物館にて拝受

三戸城 ― 戦国期に北奥の政治・軍事の中心として機能した城

三戸城 ― 南部宗家にとっての最重要拠点(青森県三戸町)

三戸城は、南部宗家の本拠として発展した城である。
南部氏が北奥で勢力を拡大していく中で、
三戸城は政治・軍事の中心となった。
 
特に戦国時代、**南部晴政の頃には南部氏は最盛期を迎え、
北奥一帯に大きな影響力を及ぼした。
 
しかし、南部氏の領国は広大である一方、
一族や有力家臣の力も強く、
内部には常に緊張を抱えていた。
 
その家督の中心にあったのが三戸城である。
 
城跡は現在、城山公園として整備されている。
 
実際に訪れると、馬淵川を見下ろす高台に築かれた立地が印象的である。
周囲は切り立った崖になっており、
敵が攻め込みにくい天然の要害であった
 
戦国期の山城としては東北地方でも最大級の規模を誇り、
南部氏は最盛期を迎えることになった。
 
ここに立つと、三戸が北奥支配の要地であったことがよく分かる。
 
石垣や復興建築も見られるが、何よりも地形そのものに城の力を感じる。
 
南部氏が戦国大名として最も輝いた時代を象徴する城――
ここは **三戸城である。
 
2023年4月10日 
名城指定ではないため公式スタンプなし

御城印は三戸町立歴史民俗資料館にて拝受

九戸城 ― 南部氏の内乱「九戸政実の乱」の戦場となった城

九戸城 ― 秀吉の「天下統一」を締めくくる最後の舞台となった城(岩手県二戸市)

九戸城は、南部氏一族である九戸氏の居城であった。
 
この城を有名にしたのが、天正十九年に起こった九戸政実の乱である。
 
豊臣秀吉の天下統一が進む中、
南部氏内部では家督をめぐる対立が深まっていた。
**南部晴政の跡継ぎ問題で家中が分裂。
**九戸政実は「我こそ南部氏の正統」と主張した。
 
九戸政実は宗家を掌握した **南部信直に反旗を翻し、
九戸城に籠もり、周辺の豪族を巻き込み反乱。
 
この反乱に対して、奥州仕置の一環として、
秀吉は **蒲生氏郷 **浅野長政らを含む約6万の大軍を派遣した。
九戸城は徹底的に包囲され、激しい攻防戦が展開された。
 
秀吉は助命を条件に「開城勧告」を行った。
政実は助命を信じて降伏したが、豊臣軍は約束を反故し、
政実をはじめ城内の人々を全員処刑するという
悲劇的な結末を迎えた。
 
**南部信直は豊臣政権から正式に「南部氏の領主」と認められ、
中央の天下統一の力が、ついに北奥の地にまで及んだのである。
 
九戸城を歩くと、その規模と防御力に驚かされる。
 
馬淵川と白鳥川に囲まれた天然の要害に、
広大な曲輪と深い堀が築かれている。
 
派手な天守はないが、戦国末期の城として極めて完成度が高い。
 
静かな城跡に立つと、
戦国時代最後の大きな反乱の舞台であったことに不思議な感慨を覚える。
 
**戦国時代の「終わりの舞台」――
ここは **九戸城である。
 
2023年7月1日 
続日本100名城 No.104 九戸城公式スタンプ取得

御城印は二戸市埋蔵文化財センターにて拝受

北奥を治めた南部氏三つの城を巡って

根城、三戸城、九戸城。
 
この三つの城を巡ると、南部氏の歴史が一つの流れとして見えてくる。
 
**根城は、南部氏が北奥に根を下ろした原点。
 
**三戸城は、南部宗家が戦国大名として勢力を広げた本拠。
 
**九戸城は、南部氏の内乱と、
豊臣政権による天下統一の完成を物語る城である。
 
北奥の城は、姫路城や大阪城のような華やかさを持つわけではない。
 
しかし、土塁や堀、川に囲まれた地形の中に、
その土地で生きた武士たちの現実が刻まれている。
 
実際に歩くと、中央の戦国史とは異なる、
もう一つの日本史が見えてくる。
 
雪深い北の大地で、
南部氏は長い時間をかけて勢力を築き、
やがて時代の波に飲み込まれていった。
 
その歩みを静かに伝えるのが、根城、三戸城、九戸城である。

 

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