水彩画と御城印で巡る 日本の名城 43 江戸を守った譜代大名の城 ― 佐倉城、川越城、桑名城
徳川を支えた譜代大名の城 ― 佐倉城、川越城、桑名城をあるいてみた
関ヶ原の戦いと大坂の陣に勝利し、徳川幕府は天下を掌握した。
しかし、全国を治めるためには信頼できる家臣の存在が必要不可欠である。
幕府を支えたのは、代々徳川家に仕えた譜代大名たちであった。
彼らは要衝に配置され、
江戸の防衛や交通路の管理、外様大名の監視など重要な役割を担った。
今回、訪問した佐倉城、川越城、桑名城は
いずれも華やかな天守を誇る城ではない。
しかし、その役割を知れば、江戸幕府がなぜ260年もの平和を維持できたのかが見えてくる。
戦うための城から、治めるための城へ。
譜代大名の城を巡りながら、江戸時代の統治の姿を訪ねてみたい。
佐倉城 ― 江戸の東を守った譜代大名による防衛拠点

佐倉城は、家康の絶対的な信頼を得ていた幕府の重臣 **土井利勝が築城を開始し、1617年に完成した。
有事の際に江戸を守る防衛拠点
江戸から見れば、常陸や房総方面を押さえる防衛拠点として重視された。
歴代の城主には、幕府の最高権力者である「老中」や「大老」のような譜代大名が配置された。
特に江戸時代後半の約140年間は堀田氏が城主を務め、
幕府中枢との結びつきも強く、
幕末に日米修好通商条約の交渉にあたった老中 **堀田正睦が有名である。
実際に歩いてみると、まずその広さに驚かされる。
現在は天守も櫓も残っていないが、深い空堀や広大な曲輪が良好に保存されており、往時の規模を十分に感じることができる。
特に本丸周辺の土塁と空堀は見応えがあり、
工夫を凝らした「土の芸術」とも言える遺構が綺麗に残っている。
派手さはないものの堅実な防御力を備えた城であったことが分かる。
近くには国立歴史民俗博物館があり、
日本の歴史と民俗学を学ぶ旅を満喫できる。
「江戸の東の守り」を担った譜代大名の城――
ここは **佐倉城である。
2022年12月10日
日本100名城 No.20 佐倉城公式スタンプ取得

川越城 ― 「小江戸」と呼ばれる城下町とともに発展した城

**川越城の歴史は古く、室町時代の長禄元年(1457年)に、
扇谷上杉氏の家臣であった **太田道灌とその父によって築かれた。
**徳川家康が江戸に入ると、
川越城は「江戸の真北」を守る最重要拠点に指定された。
幕府にとって「最も信頼できる譜代大名(または親藩)」が配置され、
江戸を守る極めて重要な要塞であった。
特に有名なのが3代将軍・徳川家光に仕え、
「知恵伊豆」と恐れられた名老中 **松平信綱である。
川越城を近代的な城へと拡張するとともに、
新河岸川の水運を開き、江戸へ物資を運ぶルートを確立した。
この水運によって川越は江戸の文化を吸収し**「小江戸」として繁栄した。
**島原の乱鎮圧や幕政改革で知られる名政治家でもある
現在の川越城では **本丸御殿が現存している。
全国でも数少ない現存本丸御殿であり、
実際に見学すると江戸時代の藩政の雰囲気を感じることができる。
私が訪れた時も、豪壮というより実務的な建物という印象を受けた。
まさに政治を行うための城である。
蔵造りの町並みを歩くと、
城と城下町が一体となり、
「小江戸」として発展した様子がよく分かる。
江戸を北から支えた譜代大名の象徴的な城――
ここは **川越城である。
2022年11月6日
日本100名城 No.19 川越城公式スタンプ取得

桑名城 ― 東海道を見守る 水辺に美しくたたずむ名城

桑名城は、東海道の要衝として発展した城である。
**関ヶ原の戦いの翌年(1601年)、徳川四天王の一人である
**本多忠勝が初代桑名藩主として入城し、
本格的な近世城郭へと大改修した。
家康がわざわざ最強の部下である忠勝をここに配置したのには、
この土地が持つ「地理的理由」があった。
江戸から京都・大坂へ向かう東海道の宿場町で、
伊勢湾交通の拠点となり、
「伊勢・関西方面への総口門(玄関口)」を監視する役割を持っていた。
**徳川家康はこの地を重視し、有力譜代大名を配置した。
幕末には会津藩主松平容保の実弟である松平定敬が藩主となり、
最後まで幕府を支えたことで知られる。
現在、城跡には堀や石垣が残されている。
桑名城の最大の特徴は、揖斐川・長良川の河口に面して築かれた
「水城」である点である。
実際に歩くと、水とともに生きた城であったことがよく分かる。
揖斐川、長良川、木曽川という木曽三川が近く、
古くから交通と物流の中心地であった。
天守は残っていないが、九華公園として整備された城跡は散策しやすく、
往時の姿を想像しながら歩くことができる。
江戸と上方を結ぶ東海道の安全を支えた重要な城――
ここは **桑名城である。
名城指定ないため 公式スタンプなし

江戸を守る三つの城 ― 佐倉城、川越城、桑名城を巡って
いずれも姫路城や大阪城のような華やかな城ではない。
しかし、その役割は決して小さくなかった。
**佐倉城は江戸の東を守り、
**川越城は北方の交通を押さえ、
**桑名城は東海道の要衝を支えた。
これらの城には、徳川幕府が全国を統治するための知恵が詰まっている。
戦国時代の城が戦いの最前線であったなら、
譜代大名の城は平和を維持するための最前線であった。
実際に歩いてみると、そこには豪壮な天守ではなく、
堅実な統治を支えた城の姿が残されている。
三つの城は、徳川260年の平和を陰から支え続けた名脇役だったのである。
