50代の私が叔母の家でもらった、「最高のおもてなし」の正体
こんにちは、キャンディです。
先日、遠く離れた故郷の親戚の家を訪ねました。
会ったのは、母の姉である85歳の叔母と、その妹にあたる75歳の叔母夫婦。
3年ぶりの再会でした。
久しぶりに顔を合わせて、お昼を囲んで過ごした数時間。
そこで私は、強く確信したことがあったのです。それは
懐かしい人を迎える時の最高のおもてなしって、
豪華な料理でも、特別な演出でもなく、
「あの頃と変わらないこと」
なのではないかと。
「お邪魔しまーす」
私が玄関をくぐると、ひょこっと顔を出した叔母は、関西のオバチャン丸出しの笑顔で、
「あんたー、相変わらずほっそりしとんなあ、ちゃんと食べとる?」
そして部屋に並んでいたのは、気取らない、昔ながらのオバチャンのご飯。
きっちり手の込んだごちそうというより、インスタントも上手に使った、ざっくばらんな台所の味でした。
でも、それが私を一気に子供のころの気持ちに戻らせたのです。
今どきの“映える料理”とは違う。
けれど、食べた瞬間に「懐かしい~」。
そんなご飯でした。
そして、もっと嬉しかったのは、ただ座ってもてなされるだけではなかったこと。
昔のように自然に台所に入っていって、
一緒にお茶を入れたり、デザートのくだものを盛りつけたり。
それがなんとも心地よかった。
「どうぞどうぞ」と、よそ行きの客としてもてなされるのではなく、
昔と同じように、「ともちゃん、ここにお茶入れて~」
あの時のように手を動かしながら、たわいもない雑談をして、ボケたり突っこんだり(笑)
ああ、私は50を過ぎた今も、この家ではちゃんと姪っ子なんだ、と思えました。それは何より、
叔母たちの笑顔や言葉、空気までもが、昔のままだったからです。
時間が経ったからといってかしこまらない。
若い頃の「ともちゃん」と同じように接してくれる。
もう、その一言一言がたまらなく嬉しかったんです。
ああ、これこれ。
この感じ。
この遠慮のなさ。
この関西弁全開の、昔と同じテンポ。
それが、とてもありがたかったのです。
懐かしい人への最高のおもてなしって、
相手が安心して昔の自分に戻れる場所を、そのまま残しておくことなのかもしれません。
変わらぬご飯。
変わらぬ笑顔。
変わらぬ言葉。
変わらぬ空気。
それは一見、ふつうのことのようでいて、
年月を越えて人をホッとさせる、とても贅沢なご馳走なのだと思いました。
そして同時に、もうひとつ感じたこと。
私たち50代は、これからきっと、
懐かしい親戚や友人、そして子ども世代を、
「迎えること」が増えていく世代なのだと思います。
その時、張り切って特別なことをするよりも、
「ああ、変わらないな」と安心してもらえることの方が、
ずっと大きなおもてなしになるのかもしれません。
でも、それは決して
「簡単なことではない」
と思うのです。
昔のように笑い、気取らず話し、相手をホッとさせる空気を保つこと。
それは簡単なようで実はとても難しい。
変わらないことは、「何もしないこと」ではないから。
むしろ、年月を越えてなお変わらず人を安心させるための、
静かな努力
だと思うのです。
