見出し画像

【短編小説】ゴースト・イン・ザ・ゲージ

はぁ、はぁ、はぁ

くそッツ
追手がしつこい!!

追手の正確な数はわからないが
かなりの数が後ろから迫っていることがわかる

今振り返ったら確実につかまって今までの苦労は水の泡になってしまう

あと少し…
あと少しなんだ。

「レイン!!!少し早いが作戦実行だ!追いつかれる!」

『だめ、ライム!もうちょっと耐えて!』

画面の向こうの相棒はずいぶんなむちゃぶりをしてくる

工場地帯を抜け
商業地帯を抜け

ネオンきらめく廃墟の道路を駆ける

…待ち伏せされているかもしれないが賭けに出るしかない

1時間前の人工降雨で地面はびちゃびちゃ
滑って転びそうになるが何とかスライディングするような形で
細い路地に滑り込む

後ろで
狭い路地に入り込めなかったドローンが衝突する音が聞こえ
閃光が走る

ふわっと体が浮いてバランスを崩す

先ほどは何とか体勢を立て直せたが今回は厳しそうだ
持っているものを体で包み込むようにして守る

体中に擦り傷ができるが
大した問題ではない

「レイン!ここまで来たらいいだろ!」

『よし!いっくよ~!』

なんとも情けない声を境に
周りのドローンが次々と自爆していく

『後、10分ぐらいが限界だからね!』

天才ハッカーであるレインでも
この都市のシステム相手では10分と経たずに復帰してしまう

この数分が俺に残された最後の時間となるだろう

足についた端末にコードを打ち込む、リミッター解除だ
もう、出し惜しみはしない

「レイン!サポートよろしく!」

『そっちこそ、失敗しないでね!』

集中………今!!!

足に神経を集中させ、一気に加速する

まだまだだ

ぐっと力を込めて、飛ぶ
廃墟の屋根を破壊し、夜を駆ける

目指すは中心に位置する塔
あそこにこの荷物を届ける

追手もいない、数分前と比べれば快適には違いないが
…急がねばならない

『ライム…僕たち、これでよかったんだよね?』

泣きだしそうになりながら
レインは聞いてくる。

『お別れ…しないとなんだよね?』

「…そう、だな」

これでいいのか…

もしかしたら、もっと長い時間はかかるかもしれないけど
もっといい解決方法があるのかもしれない

何度も死んで、
何度も失敗して
前代の俺たちが残したログと問答を続けた問いが

首を絞める

人類はもう、
俺たち二人を除いて一人残らず死に絶えた。

答えを教えてくれる「本物の人間」はとうの昔にいなくなってしまったのだ。

レインの質問に俺には答えられるはずがなかった。

『あのね、まだ見てない映画のデータ見つけたんだ。
それにね、まだ読んでる途中の本があるんだ、きっとライムも気に入るよ、
だめ…かな』

もう、そんなものはないと
レインもわかっているに違いなかった。

それでも、まだ一緒にいたいと、

そういうことなのかも、しれない

「ごめんな…」

『っ…』

通信からは、もう
すすり泣きしか聞こえなかった。

通信を切る

一人走る町は
いつもよりさみしく見えた。

ついにこの塔唯一の入り口にたどり着いた。

…今になって未練たらしく昔のことを思い出す。
二人だけの街で、なんだってやった。

ある時は、お嬢様みたいな生活
またある時は、お医者さんの真似事

ここには何だってあった。
でも、何もなかった。

そして
始まりの日、俺たちがこの鳥かごに閉じ込められた日

人類の終わりに
希望として生まれた俺たちは

希望を持つこともなく
ただ空虚に日々を繰り返した。

重厚なハッチをこじ開け、心臓部へと滑り込む。

無機質なサーバーの群れ。
そこには、何千、何万回と繰り返され続けてきた
ライムとレインの人格データが眠っている。

楽しかったことも
思い出したくないことも
見たくもない悲劇も
あまりに長くて、長くて
…さみしかった日々も

これでもう


「……終わりだ」

爆弾のタイマーをゼロにする。
逃げる時間など、最初から残っていない。

すさまじい光と衝撃
そこに音はなく、感覚も無く
世界と一体になるように、溶けて消えていくように

ライムの意識は白光の中に…

……。

……。

モニター越しに、塔が崩落する光景をレインは見つめていた。

爆発の光は、夜の街を一時だけ昼間のように照らし、
そして静かに消えた。
通信ログには、ライムのバイタル停止を示す無機質な文字が並んでいる。

人格データも、工場も
パトロールするためのドローンも

すべて僕たちのための世界だったけど
もう、壊してしまおう

心に、何も残っていない
空っぽの世界
多分、僕は君さえいればなんでもよかったんだ…

「……待ってて、ライム。すぐに行くから」

レインは、
結局書き終えることのなかった小説のデータをゴミ箱へ捨てた。

もう、新しい自分たちが目覚めることはない。

彼は震える手で、自身のシステムを強制終了させるコマンドを入力した。

人類最後の二人が消えた街に、ただ冷たい人工の雨だけが降り続いていた。


いいなと思ったら応援しよう!

トメート【高校生】 お小遣い下さい(傲慢)