中田喜直さんが好き
朝、井の頭公園を歩いていたら、中田喜直さんの記念碑を見つけました。
私は中田喜直さんの曲が好きです。大好きな安全地帯の玉置浩二が、かつて中田喜直さんの事を好きって言って「ちいさい秋みつけた」を歌っているのを聞いたのがきっかけです。
遠くから私のことを呼んでいるような、懐かしく哀しい、そして寂しい…。だけど、離れてそっと見守ってくれているような優しさも感じられる。
やっぱり玉置浩二の世界観と重なるものを感じます。
「ちいさい秋みつけた」は、中田さんが三鷹に住んで、この井の頭公園を散策していた時に生まれた曲なんだそうです。
だれかさんが だれかさんが だれかさんがみつけた
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋みつけた
めかくし鬼さん 手の鳴る方へ
すましたお耳に かすかにしみる
呼んでる口笛 もずの声
ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋みつけた
(作詞 サトウハチロー)
たくさんの人が行き交う朝の井の頭公園で、私はひとり、異邦人のようにしばらく立ち止まって、あの美しいメロディーに乗ったこの詩の世界に遊びに出かけました。
ここでみなさんに注意🤫。
35年以上前(そんなに前なのか!)、大学の講義で私は習いました。
文学というものは、作者の手を離れた瞬間から、その解釈は読者のものであると。だから同じ作品が読み手の数だけ解釈が分かれたり、作者の意図とは違ってしまうこともあるけれど、それでいい。文学は、読者は、自由だ。
その説に従ってサトウハチローさんの世界で遊ぼうと思います。
「ちいさい秋をみつけた」ということは、季節は夏の終わり。まだ、誰もが秋を感じていないような頃に、「あっ」って、秋の気配を感じたってこと。
「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」
(秋が来たと目にははっきりとは見えないけれど、風の音に気づかされて、はっと秋の訪れを感じたものよ)古今和歌集 藤原敏行朝臣
有名なこの歌と同じ季節感、同じ世界感です。
「めかくし鬼さん 手の鳴る方へ すましたお耳に かすかにしみる 呼んでる口笛 もずの声」
子どもたちがする鬼が目隠しをしてつかまえる鬼ごっこを、懐かしいな、またあるいは憧れの思いを込めて、大人である語り手は離れて見ていたんだろう。友達をつかまえるのに一生懸命になっている鬼役の子どもに、いつか語り手は一体化していく。
「聞こえる」あの子の声、この子の手の音。耳をすまして夢中になって友達を追いかける子どもの私…。そこへ秋の鳥モズの声が聞こえてくる。
モズの声が聞こえたのは、大人の私。
いつまでも夏だと思っていたけれど、今年も忘れずに秋がやってくるんだなって、ちょっとセンチメンタルになっている私。
「秋だよ、今年も秋がやってくるんだよ。」と呼びかけるように聞こえるモズの声に、遊びに夢中になっている子どもたちはおそらくは気づいていない。
私はモズの声に気付いたけれど、ここにいる子どもたちは、誰か気付いただろうか?秋だよ。(物悲しい)秋がまた、やってくるよ。
こんな感じであろうか…。
「詩の世界も、すてきじゃないか…」
そう思いながら、私は再び歩き出しました。
真夏の朝を思わせるような、むうとした空気を押しのけて、お互いが相手じゃなくて、ワンちゃんに話しかけるおばさまたちの奇妙な会話を耳にしながら、井の頭池に差し掛かった時、
イントロとともにあの曲が、頭の中によみがえってきたのでした。
♬チャララララー チャッチャッチャッ チャッチャッ チャーラララー
えっ?
夏の終わり…?
それに、ちょっと 「かすかにしみる」じゃなくって、
しみすぎやろーーーっ!(笑)
(でも、歌詞もメロディーも、とってもすてきですよ。大好きです。🤗)
