意見広告合戦(仮題) 31回「薬物使用者非犯罪化」

薬物使用者は判明したら警察ではなく病院等に送る、という法律の立て付け。
賛成派は「ダメ、ゼッタイ。」では何も解決しない。彼らに必要なのは救いの手ということを強調。
反対派はなぜ犯罪なのかの正当性を訴える。

【賛成派】意見広告

薬物使用者非犯罪化・賛成側

「『ダメ、ゼッタイ。』

その言葉を、

何年、聞き続けてきたか。

そして、何人が、救われたか。」

(画像イメージ)
深夜の病院の待合室。男が一人で座っている。手が震えている。誰かに助けを求めたい。でも、電話をかければ逮捕されるかもしれない。彼は、結局誰にも連絡しなかった。

「ダメ、ゼッタイ。」

このスローガンを、
何十年も、聞いてきた。

学校で。テレビで。ポスターで。

そして、薬物依存症は、なくならなかった。

依存症とは、何かを、正確に理解してほしい。

依存症は、
「意志が弱い人間がなる病気」ではない。

脳の報酬系が、薬物によって、
生理学的に、変化してしまう状態だ。

「やめたい」と思っても、
脳が、それを許さない。

これは、医学的に、確立された知見だ。

「ダメ」と言うだけで、やめられるなら、
世界中の依存症は、すでに、解決している。

今の制度が、何を生んでいるか、見てほしい。

薬物を使用した人間が、逮捕される。

逮捕された人間に、何が起きるか。

前科がつく。
仕事を失う。
家族との関係が、壊れる。
社会的信用を、失う。

そして、刑期を終えて、出所する。

前科者となった彼に、何が残っているか。

仕事はない。
家族との関係は、壊れたままだ。
社会的に、孤立している。

その孤立が、再使用への、最大のリスク要因だ。

逮捕は、依存症を、治療しない。

刑務所は、病院ではない。

刑務所には、
依存症の専門的治療プログラムが、十分にない。

「罰すること」と「治すこと」は、別の話だ。

罰を与えれば、再使用しないと思っているなら、
それは、依存症という病気への、根本的な誤解だ。

「使用したら、警察ではなく、病院に。」

この発想は、新しいものではない。

ポルトガルが、2001年に、実施した。

すべての薬物の、個人使用目的での所持を、非犯罪化した。
代わりに、「勧告委員会」という、医療・福祉の専門家チームが、対応する。

逮捕ではなく、評価と、必要に応じた治療への、紹介。

その結果——

薬物関連の死亡率が、大幅に減少した。
HIV感染率が、劇的に減少した。
薬物使用率そのものも、長期的には、増加しなかった。

「非犯罪化すれば、使用者が増える」という懸念は、
ポルトガルの20年以上の実績によって、覆された。

なぜ、非犯罪化が、効果を持つのか。

理由① 「相談できる」ようになる。

逮捕の恐怖がなければ、
依存症の人間は、助けを求めやすくなる。

「使ってしまった」と、医療機関に相談することが、
犯罪の自己申告にならない。

これが、最も重要な変化だ。

助けを求めることへの、最大の障壁が、消える。

理由② 社会的烙印が、軽減される。

前科がつかないことで、
仕事を、失わずにいられる。
家族との関係を、保ちやすくなる。

社会との繋がりを、保ったまま、治療に取り組める。

繋がりが、回復の最大の力になる。
孤立は、回復の最大の障壁になる。

理由③ 医療資源を、本当に必要な人に、届けられる。

警察の捜査・逮捕・裁判・収容に使われていた、
膨大な予算と人員を、治療と支援に、転換できる。

ポルトガルは、
薬物関連予算の多くを、刑事司法から、医療・福祉に、移した。

「捕まえる」より「治す」方に、社会の資源を、使う。

「使用者を罰しないなら、密売人はどうなるのか」という声がある。

密売・製造・流通は、引き続き、厳しく罰する。

非犯罪化の対象は、「個人使用目的の所持・使用」のみだ。

「使用者」と「売る側」を、区別する。

病気の人間を罰することと、
犯罪組織を取り締まることは、
まったく別の話だ。

この区別を、明確にすることが、
今回の法律の、核心だ。

「ダメ、ゼッタイ」を、否定しているのではない。

薬物が、危険であることは、変わらない。
使わないことが、最善であることも、変わらない。

だが——

もし、使ってしまった人がいるなら。
もし、依存症になってしまった人がいるなら。

その人に、必要なのは、罰ではない。
救いの手だ。

彼は、結局、誰にも連絡しなかった。

逮捕される恐怖が、彼を、孤立させた。

もし、相談しても大丈夫だと知っていたら——

彼の人生は、違っていたかもしれない。

投票日は〇月〇日。
薬物使用者の非犯罪化に、YES を。
罰ではなく、治療を。孤立ではなく、繋がりを。

薬物政策の医療化を求める国民連合
「ダメ、ゼッタイ」で救えなかった人を、今度は、救うために

【反対派】意見広告

薬物使用者非犯罪化・反対側

「薬物が、なぜ、

犯罪なのか。

その理由を、

もう一度、確認したい。」

(画像イメージ)
高校の教室。生徒たちが薬物乱用防止教室を受けている。講師が問いかける。「薬物が違法である理由を、答えられる人はいますか」。誰も、すぐには答えられない。

この議論を始める前に、確認したい。

なぜ、薬物の使用は、犯罪とされているのか。

その理由を、もう一度、正確に、語らなければならない。

理由① 薬物は、本人の意思決定能力を、破壊する。

法律が、個人の自由を尊重する前提は、
「本人が、正常な判断力を持っている」ことだ。

薬物は、その判断力そのものを、
化学的に、破壊する。

正常な判断ができない状態になることを、
自ら選択することを、社会が容認すれば、

その後に起きる、判断力を失った状態での行動の結果を、
誰が、どう、引き受けるのか。

理由② 薬物は、本人だけの問題ではない。

「自己決定権の問題だ」という主張がある。

だが、薬物の影響下にある人間が、
自動車を運転すれば、誰が死ぬか。

家庭で、子どもがいる中で、薬物を使用すれば、何が起きるか。

職場で、重要な判断を、薬物の影響下で下せば、何が起きるか。

「自分だけの問題」では、ない。

社会が、薬物の使用を、
個人の自由として、完全に容認できない理由が、ここにある。

理由③ 薬物の使用は、市場を生み、市場は、組織犯罪を生む。

「使用者」と「密売人」を、完全に分離できるという前提は、
現実を、見誤っている。

需要がある限り、供給が生まれる。

使用が、社会的に容認される状態が広がれば、
需要は、増える。

需要が増えれば、
それを満たす、犯罪組織が、潤う。

使用者の存在が、組織犯罪の経済的基盤を、支えている。

この構造を、無視できない。

「ポルトガルの成功」を、もう一度、検証しよう。

ポルトガルの非犯罪化政策は、
確かに、一定の成果を上げた。

だが、その成果は、「非犯罪化」だけによるものではない。

ポルトガルは、同時に、
医療・福祉への、莫大な投資を行った。
充実した治療プログラムを、整備した。
社会保障制度全体を、強化した。

「非犯罪化」と「治療への大規模投資」は、セットだった。

日本が、同じ予算規模で、同じ治療体制を、整備できるという保証は、どこにあるのか。

「非犯罪化だけを、移植する」ことの危険性を、考えてほしい。

「罰すれば再使用しないという考えは間違いだ」と賛成派は言う。

その指摘の一部は、認める。

だが、問う。

「犯罪化されているから、使用に踏み切らない人」が、
この社会に、どれだけいるか。

犯罪化は、「治療」のための制度ではない。
「抑止」のための制度だ。

抑止力としての効果と、
治療としての効果を、
混同してはならない。

犯罪化を外すことで、「最初の一歩」を踏み出す人が、増える可能性を、
真剣に検討すべきだ。

日本の薬物使用率の低さを、考えてほしい。

日本の薬物使用経験率は、世界的に見て、極めて低い水準にある。

これは、厳格な犯罪化と、社会的な強い抑止規範の、複合的な結果だ。

「ダメ、ゼッタイ」という、ある意味で単純なスローガンが、
結果として、日本社会に、強い抑止規範を、作り上げてきた。

この規範を、変えることのリスクを、
慎重に検討すべきだ。

「使用者を罰しないなら、密売人だけ罰する」という設計の、矛盾を語ろう。

使用が合法的・非犯罪的になれば、
「これは、犯罪ではない」という、社会的なメッセージが、広がる。

密売人だけを罰し続けることは、
「使う側は問題ないが、売る側だけが悪い」という、
奇妙な構造を、作り出す。

需要側への規範が、緩んだ状態で、
供給側だけを、厳しく取り締まり続けることが、
長期的に、機能するのか。

「孤立が回復の障壁になる」という指摘は、理解できる。

だから、すでに、対策はある。

「ダイバージョン・プログラム」と呼ばれる、
逮捕後に、刑罰の代わりに、治療プログラムへの参加を、条件とする制度が、
日本にも、一部、存在している。

「犯罪化を維持しながら、治療への道を開く」という、
中間的な制度設計が、すでに、試みられている。

「犯罪化を、完全に外す」ことと、
「治療への道を、開く」ことは、
両立可能だ。

「非犯罪化」だけが、解決策ではない。

家族の声を、聞いてほしい。

「息子が、薬物に手を出したとき、逮捕されたことが、最初のきっかけだった」

「逮捕されたことで、初めて、本人が、問題に向き合った」

「もし、罰がなかったら、ずるずると、使用を続けていたかもしれない」

犯罪化が、回復への、最初の一歩になったという声も、ある。

その声を、無視してはならない。

薬物が、なぜ、犯罪なのか。

それは、本人の判断力を破壊し、社会に害を及ぼし、
犯罪組織の経済的基盤を、支えるからだ。

この正当性を、見失ってはならない。

投票日は〇月〇日。
薬物使用者の非犯罪化に、NO を。
抑止と治療を、両立させる制度のための一票を。

薬物乱用防止と社会の安全を守る国民連合
犯罪化には、理由がある。その理由を、見失わないために


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