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【短編小説】大人になれなかった君へ、あの日の空の青を

絵本の制作が終わると、なぜか恋愛の物語を書きたくなります。
誰かのために描く絵本とは違って、恋愛を書くときは、どうしても自分の中の一部が滲んでしまう。
この短編は、昔の自分が風に触れるたびふっと思い出してしまうような、そんな記憶の影を少しだけ重ねています。
パテック杯にエントリーします。
読んでくださる方のどこかに、静かに届きますように。  #パテック杯


無人駅の横にある公園の小さなベンチ
そこがいつもの待ち合わせ場所だった
少し湿った土の匂いと夕方の風の匂い
その匂いを感じるたび胸の奥がふっと軽くなる

彼女が待っている
それだけで一日の疲れがどこかへ消えていく
彼女と会う日はなぜかいつも晴れだった
雲がゆっくりと溶けていく空の青が
彼女の元へ向かう合図のように思えた

バイクのエンジンをかけると風が身体を包む
公園に着くと彼女はいつものベンチに座っていた
空を見上げながら小さく歌っている姿
髪を結ぶとヘルメットをかぶれないというけど
長い髪が風になびく姿を見ると
僕の胸の奥がじんわりと温かくなる

  「お待たせ」

ヘルメットのガードを上げて笑うと
彼女は照れたように笑い返す
その笑顔を見るたびに僕はこう思う

  ああ、やっぱり好きだな。

彼女はまだ高校生で大人になりたい子供だ
履きなれないジーンズ
ふとした瞬間の子どものような表情
そのアンバランスさが僕にはたまらなく愛おしい

  「乗る?」

ヘルメットを渡すと彼女はうなずき
僕の背中にそっと腕を回す
細い腕に触れるたび守りたい気持ちが湧き上がる
体温が背中に触れるたび胸の奥が少しだけ痛い

  この距離をどう埋めればいい?

彼女は大人になりたい子ども
僕はもう大人になりかけている
大学を卒業し社会人一年目
その差が時々怖くなった

***

ある日僕は未来の話をした
仕事でこの街を離れるかもしれないという話
聞きたかった……彼女がどう思うのか
欲しかった……彼女の言葉が

でも彼女は笑った
いつものように明るく軽く
その笑顔がどこか不自然に見えた

  「どう思う?」

もう一度聞く
彼女は笑ったまま黙り込んだ
その沈黙が胸に重く落ちる

  ああ、まだ早かったんだな

僕の言葉は彼女には重すぎた
未来の話をするには彼女はまだ若すぎた
軽く笑い少し震える指で蓋をあけ
ペットボトルのお茶を飲む
わかっていても胸が痛かった

  「そっか」

静かにそう言うしかなかった
迷いと諦めと優しさを全部詰め込んだ
彼女を困らせたくなかった
重荷を背負わせたくなかった
だから だから それ以上は何も言わなかった

その日から二人の距離は少しずつ変わっていった
僕は未来へ進み彼女はその場に残った
どちらが悪いわけでもない
ただ ただ タイミングが違っただけ

***

あれから何年たっただろう
季節がいくつも巡り日々を重ねていった
あの頃のことを思い出すことも少なくなっていた

ある日の夕方
仕事を終えひとつ息を吐いて車に乗り込む
フロントガラス越しに空を見上げた瞬間
胸の奥が静かに震えた

あの頃と同じ空だった
雲がゆっくりと溶けていくあの青
彼女の笑顔が浮かぶ

あの時彼女は何を思ったのだろう
沈黙の奥にあった言葉を今でも探してしまう

 あの恋は終わった

でも消えてはいない
夕方の空を見るたび
僕はあのベンチの彼女を思い出す

風の向こうで髪の長い彼女は今も
空の青をみて小さく歌っているだろう



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