欠番の学生証が語る、3月31日に消えた新入生たち
まず学籍番号だが、これは単なる番号ではない。
「この学生が、どのルートでこの大学に流れ着いたか」を示すものでもあるのだ。
付番は入学手続き順。つまり、早く入学を決めた者ほど若い番号を持つ。
現実には、総合型→指定校推薦→スポーツ推薦→併願推薦→一般→共通テスト利用→後期、という順番で流れてくる。
だから番号を見れば、「ああ、この学生はどの段階でここに来たのか」が、だいたい透けて見える。もちろん建前上、そんな差はないことになっている。
簡単に言うと志望度はどんどん低くなる。
だが現場は正直だ。
学籍番号の若い層には推薦組が多い。
すると一部の教員は平然とこう言う。
「推薦組は学力的に厳しい」、「授業レベルを下げるしかない」と。
だからクラス編成も妙な配慮が入る。
学年全体を番号順で前半・後半に分けると偏る。
結果、奇数・偶数で無理やりシャッフルする。
話を戻す。
3月下旬、「国公立残念組」が出揃うと、新入生の顔ぶれが確定する。
やっと学籍番号を付番することが出来る。
4月はもう目前、現場は戦場だ。
学生証は3月31日に業者から納品される。
顔写真付きのカードが、まるでかるたのように、どさっと1500枚。
記載情報は驚くほど少ない。
名前、生年月日、顔写真。それだけ。
だからこそ、嫌でも「顔」が残る。
その写真は、出願サイト(UCARO)に登録されたものだ。受験の緊張と、わずかな希望が混じった、あの一枚。
そして4月1日、大教室で新入生に配られる。そして、全てが学務センターからなくなる。
――はずなのだが、必ず余る。
オリエンテーションを欠席した、「出遅れ組」は別としてだ。
理由は単純だ。
「最後の最後で、より上の大学に滑り込んだ人間」がいるからだ。
例えば、東洋大学に入学するつもりだった学生に、3月27日、法政大学から補欠合格の連絡が来る。
ほとんどは迷わない。
入学金を捨ててでも、法政大学へ行く。
「天からの救済」だとすら思うだろう。
だが大学側の時計は止まらない。
学籍番号は既に付られ、学生証も刷り上がっている。そして3月31日、入試センターから一行の連絡が来る。
「直前辞退者:学籍番号26〇〇〇」
その瞬間、その番号は「存在したが、しなかったこと」になる。
400番まで付っても、実在するのは395人。
付番が終わっているので、欠番として残る。
最初からいなかったことにされるが、完全に消えるわけではない。
そして、学生証は数日残る。
顔写真付きで、「この者は本学の学生である」と堂々と印字されたまま。
ただし、その本人は一度もそれを手に取らない。
数日後、無機質に処分されるだけだ。
この「使われなかった学生証」の束を見ていると、妙な淋しさを覚える。
うちの大学に来るはず、会うはずだった学生。
同じ教室に座っていたかもしれない学生。
だが、永遠に交わらない。
「勝ち抜け」して入学して来なかった者たちの顔が、無言で並んでいる。
その顔が、こう言っている気がする。
「そんな淋しい顔しないでください。私は法政大学に行けて、幸せなんです。もう東洋大学のことは忘れましたから」と。
なかなか、堪える。
