小樽商科大学は「北大落ち」では片づけられない
昨今、小樽商科大学卒の女性が、シカゴカブスの慶應卒選手と婚約された関係で話題になり、
Xで少しバズっていた。
すると案の定、
「小樽商科大学ってFラン、えっ国立なの?」
「小樽商科大学って北大落ち?」
「北海道ナンバー2?」
そんな反応が並んだ。
まあ、気持ちはわかる。
北海道の国立大学と言えば、まず「北海道大学」が浮かぶからだ。
しかし、商大を単なる「北大の滑り止め」と見るのは、かなり雑である。
商大の前身は、1911年創立の旧制小樽高等商業学校。つまり、戦前のエリート校だ。
当時の高等商業学校は、
一橋
神戸
小樽
が御三家的存在だった。
今の感覚で「地方国立大学」と片づけると、本質を見失う。なにしろ戦前の小樽は、今のイメージとは全く違う。
札幌よりも、小樽の方が経済都市だった。
「北のウォール街」と呼ばれ、銀行が立ち並び、樺太や本州との物流と金融が集中していた。
石炭。
ニシン。
マス。
北海道の富が、この港町を通って動いた。
金が集まる場所には、商業教育が必要になる。
だから小樽高商が作られた。
歴史だけ見れば、今でも十分に名門である。
ただし、現代では弱点も多い。
まず遠い。
北海道の人間には感覚が麻痺しているが、本州から見ると「小樽」はかなりの覚悟がいる。
しかも寒い。
札幌ですら寒いのに、小樽はさらに海風が強い。
学生数も少ない。
だから卒業生ネットワークも、MARCHほど巨大にはならない。
偏差値だけ見れば、
「金岡千広の方が上では?」
という意見もあるだろう。
たしかに、今の受験市場ではそういう見方になる。だが、商大は偏差値だけで測るタイプの大学ではない。
むしろ、「わざわざ北海道の小樽へ行く」
という時点で、少し変わった人が多い。
実際、本州から進学する学生は独特だ。
既に他界している私の祖父も、戦前に商大を受験したらしい。愛知県からである。
今のように新幹線も飛行機もない。
地方試験会場もない。
上野まで出て、夜行列車で青森へ向かい、青函連絡船で北海道へ渡ったのだろうか。
新潟や舞鶴から船だったのだろうか。
受験だけで、一週間仕事だったはずだ。
そこまでして受ける価値が、小樽高商にはあった。
札幌から函館本線に乗ると、途中に銭函駅がある。
名前の通り、ニシン漁で「銭箱」のように儲かった土地だ。
この辺りから車窓右手に日本海が見えてくる。
あの風景は本当に美しい。
夏の北海道らしい景色だ。
ただし、海は驚くほど冷たい。
本州感覚で海水浴を期待すると痛い目を見る。つまり泳がない海水浴。
だから商大のオープンキャンパスへ夏に行くと危険である。
「ここ最高じゃないか」
と思ってしまうからだ。
だが、本番は冬である。
雪。
強風。
凍結路面。
それを4年間耐える覚悟が必要だ。
1997年、北海道拓殖銀行の破綻以降、北海道は経済も厳しくなった。
そんな商大が、この春、メジャーリーガー婚約報道で脚光を浴びた。
おそらく多くの人は、「どこそれ?」から検索しただろう。だが、100年以上前から、商大は北海道経済の中心地に存在していた。
知名度は北大ほどではない。しかし、妙な存在感だけは昔からある大学なのである。
海を渡って受験しに行ったり、海を渡ってメジャーリーガーと人生を共にしたり、
小樽に海は付き物だ。
