【エッセイ】「ばけばけ」小泉八雲の武家屋敷とカツ丼
小泉八雲がNHK連続テレビ小説「ばけばけ」でフィーチャーされるずっと以前、彼が住んでいた松江市の武家屋敷を家族で訪れた。
元々旅行の予定にはなかった訪問に、小学3年だった私は「武家屋敷」というワクワク感のない四字熟語に、行く前からあからさまに不機嫌な顔をした。
観覧を始めてすぐ、小泉八雲が外国人であること、そして武士ではないことを知る。武士ではない外国人の家をなぜ武家屋敷というのか?なぜ小泉八雲はもう少し外国人っぽいネーミングにしなかったのか?
もうなにがなんだか分からないまま、小泉八雲の生涯について書かれたパネルや展示品をチラリと見ては、そそくさと出口に向かって歩いた。
こういう時の大人の観覧スピードは、子供にとっては政治家の牛歩作戦のように遅く、そして長く感じる。早くも出口についた私は仕方がないので出口付近で両親を待った。
30分ほどして満足気な表情を浮かべた両親がこちらにやってくる。
「小泉八雲の怪談話みたか?」と父。
薄暗い武家屋敷で「耳なし芳一」の話など見れるはずもなく、「見てない…」と父の顔も見ずに素っ気ない返事をする。
すると父が「昼食べ行こうか」と間髪入れずに提案し、表情はにわかに明るくなる。
「カツ丼食べるか?」の追撃の一言で「カツ丼、カツ丼」と小躍りする私。
そそくさと車に乗り込み、カツ丼求めて松江の街を捜索する。
平成初期、スマホもなければネット検索もない時代。あるのはタウンページと看板、「松江と出雲大社」の字が大きく書かれたカラフルな観光雑誌くらいしかない。
30分ほど松江の街を捜索するも、地元民が足繁く通うような名店など見つかるはずもなく、車内は不穏な空気が流れ始める。
そんな中「ほか弁(現在のほっともっと)買って、テキトーに公園で食べようか」と母が提案する。
「ほか弁はいつでもどこでも食べられる…。」と心の声。
「店でカツ丼が食べたい!」と、武家屋敷に付き合ったことを盾に駄々をこねることもできたが、空腹と車内の空気の悪さにやむなく同意した。
松江のほか弁はすぐに見つかり、定番の「からあげ弁当」を注文した。
「からあげ弁当」はいつも食べているそれと寸分違わず、からあげ2個食べたところで白飯がなくなる安定の美味さだった。
今年の正月、77歳の父が小泉八雲の武家屋敷でふて腐れ、その後カツ丼が食べられずに落胆したことをよく覚えていて、皆で大笑いした。
そして父になり、いつか息子と「小泉八雲記念館」に行き、地元民が足繁く通うカツ丼の名店に行くことを、密かに企んでいるのである。
