食事の記憶PART2 - 23 辛口を買っていたとにかく塩辛い焼鮭
いつから、塩分控えめを世間が言い出したのか調べてみた。
すると、私が生まれる前の1960年から1970年であると知った。
その頃の時代背景として、医学界では、高血圧と塩分摂取の因果関係が指摘され出した。
それで、1980年代には「減塩醤油」や「減塩味噌」といった商品開発が進み、発売されるに至った。
だから、タイトルに記(しる)した「塩辛い鮭」が世の中に存在していたのは、1980年代後半から1990年にかけて「しょっぱい鮭は敵」のように言われるまでであった。
(以上、AI検索を参照)
なので、私が子供時代には、鮭の切り身は「辛口」が当たり前で、魚屋の行商も「甘口」より「辛口」を多く仕入れて、軽トラに積んで来ていた。
そんな「辛口」の鮭は、切り身の腹側(はらがわ)が細くなった部分は、皮目の色合いと塩で白っぽくなり、焼けば脂と塩で「カリカリ」を通り越し「ガリガリ」という表現が適切であろう食感になったほどだ。
しょっぱい焼き鮭は、その「ガリガリ」した部分だけで、白ご飯が2膳は食べられるぐらいであった。
だから、一切れあれば「鮭茶漬け」を含めて、ご飯が4・5杯も食べられることになる。
さすがに、そうたくさん白ご飯を食べないので、「鮭の塩焼き」は、半分を焼いてもらった日に、そして、あくる日の朝か夕飯で、残り半身(はんみ)を食べていた。
お弁当にも「焼き鮭」は入り、当時は秋にあった運動会や遠足で、この塩辛い鮭と冷たいご飯は口当たりの良い食事だったのを、今でも思い出す。
そして思い出したら、口に唾が湧き出るほどの塩辛い記憶なのである。
とにかくしょっぱい焼鮭は、ご飯のお供には勿論だが、パリパリに焼けた皮も含めて、酒の肴にも、もってこいだった。
今や「甘口」が当たり前で、スーパーマーケットだと「辛口」を見つけるのは不可能である。
そんな昭和時代の代表であった、とにかく「塩辛い鮭」を時々思い出しては、食べたくなるお年頃の私なのだ。
「身体に悪いとされる物ほど、案外、美味しいと感じるのは、何故なのだろう」
という疑問を、抱えながら「辛口」を探してみるのである。
