難波宮跡(なにわのみやあと)とNHK大阪放送局内の遺跡
難波宮跡(なにわのみやあと)は、「遠つ飛鳥(とおつあすか)」である明日香に対し「近つ飛鳥(ちかつあすか)」とされた、飛鳥時代当時には、大阪湾のことを「難波の津(なにわのつ)」と呼んでいた。
上町台地の裾野までは海域であり、この宮を訪れるには海路を使用されることが多かったとされている。
そして「難波の津(なにわのつ)」から見える「四天王寺」の五重塔が、他国からの客人(きゃくじん)にとっては、かつての日本、即ち倭国の、富や国力を見て取れる基準となり、侵略から護る政治的な考えに配慮して、宮を構えるに至る計画として導入された結果の建造だとわかる。
そういう「難波宮(なにわのみや)」は孝徳天皇がおさめていた宮跡として、しっかりと現代でも見られる。
そこには2001年11月3日から「大阪歴史博物館」が建っている。
実は、隣接する「NHK大阪放送局」内に、古代の史跡が現存しているのを、皆様ご存知だろうか。
そしてその史跡巡りのツアーは、1日2回、14時からと15時から、ボランティアによって組まれている。
一回の定員は、私が訪れた2002年の秋では、15名だった。
最近は20名になっているらしい。
その人数へ達するまでに予め予約ができ、整理券を入手したならば、無料で「NHK大阪放送局」の地下6mにあるヒッソリした場所で、堂々たる遺跡を残している断層などを、ボランティアである学芸員のツアーガイドから詳しい説明を受けて、見学することが叶う。
その遺跡のほんの一部ではあるが、「大阪歴史博物館」1階の入口にある、ガラス床から見ることは常時可能だ。
私もガラス床を見て、柱跡を確認すると途端に興味が湧き、運良く14時からのツアー予約中だったから、整理券を入手し、見学したのだった。
ツアーの開催について知りたい場合は、「大阪歴史博物館」のウェブサイトを検索したり、直接「大阪歴史博物館」に尋ねて教えてもらえば良い。
というのも、ツアーガイドはボランティアだから突然中止されることもある。
私は全くそれについての下調べをせずに行ったにもかかわらず、ツアーが開催される日であり、且つ、予約が定員に達する前に知ったのだから、本当に幸運であった。
昼食は「大阪歴史博物館」内1階にあった「スターアイル」さんでカツカレーを頂いた。
余談だが、レストラン「スターアイル」さんは、2024年3日15日に閉店し、2025年3月12日からは「ZIPANG」さんが新たにオープンしている。
懐石料理もありメニューが大変豊富であるらしい。
以前の「スターアイル」さんもメニューは豊富だと感じたが、「ZIPANG」さんをGoogle検索してみると、インバウンド向けに鰻などを中心にしたレパートリーになっているとのことである。
さて、腹ごしらえをしてから、午後14時きっかりに始まったツアーには、老若男女取り合わせて15人が集った。
ツアーガイドの説明を聞きながら、1階から順に下層へと階段で降りて行く。
予め午前中には、「大阪歴史博物館」で「難波宮(なにわのみや)」について勉強していたが、そこに文献や図で紹介されていたり、実際に館内から階下外に広がる史跡を見ていてもわからなかった実物が、お宝のように地下遺跡として埋もれていた。
ツアーガイドである学芸員の方による説明は詳しくてわかり易く、見学時間もたっぷりあって、いにしえの歴史に触れられ大満足であった。
「大阪歴史博物館」を建設するに当たり1997年の発掘で発見された、泉と巨石を組んだ「古代の石組み水路」や「高倉倉庫」に「大極殿」跡など、「難波宮(なにわのみや)跡公園」として保存されている。
今は「高倉倉庫」と「大極殿」が復元されていて、更に見応え満点であろう。
因みに「石組み水路」は常時公開ではないので、私は実物を目にしたことはない。
こちらを絶対に見たい方は、必ず事前に「大阪歴史博物館」のウェブサイトなどでしっかりと確認なさることをおすすめする。
大阪府のど真ん中にこのような遺跡があり、いにしえの遺産と共に暮らし、いつでも目の当たりにできるとは贅沢なことである。
そして、日本の歴史的遺産の保存技術には有難い限りである。
日々これらの管理に当たり、また、研究に従事されている方々には頭が下がる思いだ。
私達の先達がどのような生活を営み、どのようにしてこの国を守ってきたのかをきっちりと知り、我々も歴史と文化を受け継いでいかねばならないと、今更ながらに考えるところである。
水や緑が豊かな日本。
自然の猛威に立ち尽くすこともあるが、この自然のお陰で現在があるのだと、つくづく感じられる。
それもこれも、遺跡として日本全国津々浦々に、宮跡などが現存しているからだと、私は考えている。
