第一章 初恋 続き2
彼に第二ボタンを貰えたのは、それまでの自分の人生に於いて、高校入試に合格したのと同じくらい有頂天になれました。
少し自分に自信を持てて、初恋から一皮脱皮できたみたいでした。
こんな容姿の私にわざわざ会いにきてくれて、しかも約束した第二ボタンをゲットしたのですから。
しかし、私が望む展開は未来に続いていませんでした。
高校に進学したら、予想通り彼と会うことはなくなり、私は授業中にグラウンドを眺め、バスケットボールをしている生徒達を目にする度に、
(彼はどうしているのだろう?)
と授業に身が入らず、恋する彼に思い巡らせました。
大好きアピールをしていた彼女も同じ高校でしたが、彼と付き合っている様子は全くありません。それがせめてもの、私が入り込める余地があると思える余裕を育んでいきました。
そうして半年が経過しました。
文化祭に向け、クラスの出し物に演劇をすることとなりました。
私は中学生の時に演劇部だった経験から、クラスの男子生徒3人と、台本を作り、舞台監督や演出を担当しました。
そんな中、ひとりの男子が私に好意を持ってくれているのを薄々感じていました。
この頃は、私のいとこにも見られたのですが、顔立ちが、グッと変わったのです。左右の目の大きさはさほど気にならないようになり、自然と二重瞼(ふたえまぶた)になりました。顔立ちがハッキリして、太り気味な体型は、身長が低い割には普通体型になりました。
自慢の真っ直ぐな黒髪を肩下まで伸ばして、中学生の頃みたいな厳しいルールがない高校で、ポニーテールにリボンをつけたトレードマークが同性にも好評で、毎日、リボンの選択に時間をかけたりしました。
中学生では有り得ませんでしたが、仲良くなった友達から、
「可愛い」
と言われることがありました。
中学生のアルバムをみせたら、当時の2つにわけて結んだ髪型は初々しいと自分でも思いました。
「これは、モテたやろう」
と言われたら、
(ひょっとすると、彼も私に好意を抱(いだ)いてくれたかもしれないぞ)
と、中学生の時と違い、一縷の望みをいつからか携えていました。
すると、内面の暗さをはね飛ばせるようになり、自分の意思をしっかり持ち、ハキハキ物を言う性格になりました。今の性格に近付いていったのです。
そして、文化祭が終わったら、私はある男子生徒にひとけがない階段下に呼ばれ告白されました。
「付き合って欲しい」
と。
(これだけ待っても、彼からは何の音沙汰もないのだから、きっと新しい学校で良い人ができたのだろう)
と思いました。だから、告白にOKをしました。
それなのに、高校でできた彼氏と付き合い始めた2週間後、彼から電話がきました。
「付き合って欲しい」
と。
私は悲しい気持ちになりつつも、
「遅いよ」
とポツリ言いました。
そして、
「彼女はどうしたの?大好きだと言って憚らないあの子は。私と学校が同じやねんけど」
と訊きました。すると、
「俺は、あいつから何回も告白されたけど断り続けた。学校が離れて、会えなくなって、やっぱり宮滝と付き合いたいと思って……」
と段々小さくなる声に、耳を傾けました。そして、
「遅いよ」
と私はもう一度言いました。
「私、彼氏ができちゃった。だから……好きだったけど……もう、ダメだよ」
と泣きそうになりながら、声を振り絞りました。
少し無言の間を残し電話がきれました。ツーツーという機械音が、彼との決別を寂しげに伝えてきたのでした。
※
母は、彼から告白されたことを知ると、
「二股をかけなさい」
と言いました。しかし、私はそんな気持ちになりませんでした。母がこう言ったのには、理由がありました。
隣のお姉さんは、高校時代の彼氏と結婚しました。私にもその可能性があると考えたようでした。
彼は、次男で、しかも実家の跡を継ぐ。職にあぶれる心配がなかったのです。
しかも、既に彼のご両親は、彼の為に彼の実家の近くに、一軒家を購入していらした。お兄様と土地・家屋で争いになる要素はありませんでした。
それに、彼の住まいは、母親の母方の出である村でした。だから、身辺に間違いがないとわかっていたのです。
その上、頭脳明晰、スポーツマンで、イケメン。常識ある受け答えにしても、中学生にはかなり大人の対応で、母親はべた褒めしていました。
それに比べ、当時付き合い始めた彼氏は、苗字から他国籍の可能性があると親に差別的な指摘をされました。それに、性格上もあまり良い顔をされませんでした。実際のところ、その頃、私には何もわかりませんでしたが、結果として親が持った性格に対する直勘(ちょっかん)は、ある意味当たっていました。
※
そんな青春を謳歌しながら、私は社会人になりました。彼に抱(いだ)いた淡く甘い記憶は、仕事の忙しさで忘れていました。
社会人一年目の夏。通勤帰りのラッシュ時にそのハプニングは発生しました。
ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗ると、後ろから、ひとりの男性が発車間際、私の横に飛び乗ってきたのです。
神様のイタズラでした。神様も、神様の人生ならぬ神生(かみせい)を楽しみ、お茶目なことをするんだなと思いました。
飛び乗ってきたのは 彼だったからです。
彼は、化粧をした私を見て、一瞬目をしばたたきましたが、直ぐに私だと気付いたようでした。
何か言葉をかければ良かったのだと今は思います。
でも、当時の私には、自分が彼を振ったのだと思う気まずさだけしかありませんでした。だから、次の駅で二人共降りることになる車内の10分間は異常に長く感じました。ずっと俯いて目を伏せ、決して彼と目を合わせないように唇をギュッと噛み締めて踏ん張りました。
駅に到着し、二人揃って走り出ました。私は急ぎ足で改札に向かいました。後ろから、男性が私に向かって何か言葉を発していました。
でも、私はそれを振り切り家路を急ぎました。
たら、れば、は、存在しないのです。
しかし、もしあの時。
電車に飛び乗ってきた彼に対し、私が顔を上げ、彼の目を見て、一言、
「久しぶり。元気?どうしているの?」
と訊ねていたら、何かが変わったかもしれません。
焼けぼっくいに火がついて、駅で喫茶店にでも入り、昔の思い出話に花を咲かせ、それから付き合っていた可能性だってあります。
彼が、駅に着くまでに、私へ何か言葉をかけてくれていたら……と少し恨みもしました。
駅で何か言う男性に背を向けなければ、違う結末があったかもと思います。
私は、彼に持っていた密やかな気持ちに蓋をして、過去の淡く透き通ったピンク色の想いを胸に、思い出としてしまったまま、その場を去ることしかできなかったのです。まだまだ恋愛経験は乏しく、男女の機微や駆け引きを知らなかったのですから。
to be continue.
