食事の記憶PART2 - 24 かれいの一夜干しは冷蔵庫で常備
食事の記憶PART2 - 22で「ししゃも」や「めざし」は、昭和時代の我が家に於いて、冷蔵庫に常備していたという話を執筆した。
その延長線になるが、干物は魚屋(さかなや)の行商が、なにがしか毎週木曜に携えて来たから、必ず母は購入していた。
そして、母が手にする干物は、圧倒的に「かれいの一夜干し」が多かった。
「イワシのみりん干し」や「アジの開き」も買ってはいたが、「かれいの一夜干し」が1番多く、朝ご飯に出現した。
因みに「ししゃも」と「めざし」は、夕飯のおかずである。
村の人々の多くが「アジの開き」を行商の軽トラで手にする中、母だけは100円高い「かれいの一夜干し」を迷いなく選んでいた。
お弁当のおかずには「イワシのみりん干し」がたまに入っていたが、基本的に食卓で見ることはなく、「アジの開き」は「かれいの一夜干し」がない時にのみ、朝ご飯のおかずに上がった。
話がちょっと脱線するが、一夜干しといえば、年末になると、和歌山の新宮に居た知り合いから「さんまの一夜干し」が100匹贈られて来た。
ダンボール箱に居並ぶさんま達は圧巻で、5匹ずつ尾を紐で結わえられた一夜干しを、1括りまたは2括りずつラップでくるみ、更に新聞紙で包んで、近隣農家さん達へお野菜を頂いたお礼にと「物々交換」しては喜ばれたものだ。
そうしても50匹は残るので、直ぐに頂く分はチルド室に保存し、あとは全て冷凍庫に入れ、一年間夕飯のおかずに楽しんでいた。
だからだろうか。
「青背の魚が常にあるので、母は『かれい』にしていたのかもしれないな」
と、今頃になり、ふと気づいたのだ。
無論、家族全員「かれいの一夜干し」も大好きだから、そうした食の好みを考慮していたとは思う。
何にしろ、行商が持って来る干物の中で、一番高価な「かれいの一夜干し」を毎回のように選択していた事情が、今に私は気になっているのである。
「それにしても、昭和時代には豊富にあった干物も、今や高級品になった物だな」
と、またもや嘆いてしまうおばちゃんがここに居る。
