平成時代に家族がハマった食 34 餃子の王将の餃子(京都)
焼き餃子は日本料理である。
その焼き餃子でも、一番の大衆向けだと思うのは「餃子の王将」だ。
因みに大阪には「大阪王将」という、チェーン店も存在する。
そして、平成時代だと駅前のスーパー内に「大阪王将」が入店していたが、我が家は「餃子の王将」派であった。
「餃子の王将」は、実家からは少々離れており、車でなければアクセスできない。
だが、その店舗は、市内で2番目に大きな病院の近くに立地しているから、平成時代に出店して以来存続しているという、数少ない店なのだ。
私が住む市内では、老舗もあるのだが、チェーン店などの比較的新しい飲食店がかなり進出してきている。
しかし、そうした店は入れ替わりが激しい。
昨今、飲食店の経営は難しいから殊更である。
そんな中、ずっとあり続ける「餃子の王将」を、家族では父親が最も愛してやまない。
故に車を運転できる父親が、買い出し係だった。
そして家族を見渡せば、父親の母である、私にとり祖母も、焼き餃子や炒飯をはじめ、中華料理は全般的に大好きだった。
母は少食だが「餃子の王将」の焼き餃子だけは、1人前を食べていた記憶がある。
弟に至っては、餃子に限らず炒飯にも目がなく、餃子なら3人前、炒飯は2人前を、1度に食べるほどなのだ。
私も、焼き餃子は好きである。
それで、父親が気の向いた時、母が、
「パパ、こうて(買って)きて欲しいわ」
と言った際、我が家の食卓に「餃子の王将」の焼き餃子が並ぶのだった。
車だから移動時間は早く、店から瞬時に持ち帰った餃子は、湯気を上げている状態である。
冷めない内にと、皆が大急ぎでちゃぶ台に集まり、その居並ぶ餃子へ、一斉に箸を伸ばしたものだ。
ジュワッと旨み溢れる餃子は、クセになる。
パクパクと気づけば1人前を食べている。
そうやって、皆で食べるからこそ、より一層美味しさは増す。
餃子は、庶民の味方であり、パワーアップにテンションアップできる食事だと思うところなのだ。
昭和時代は、自宅で手作り餃子しか目にしなかっただけに、平成時代になり、この焼き餃子を食べられるようになったのは、至福の時と感じたものだった。
