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初めまして。ソン・ユミと申します。

韓国語が話せないまま勢いで嫁いできちゃった日本人


みなさま、初めまして。ソン・ユミと申します。
2024年5月に韓国人男性と結婚し、同時に韓国に移住してきました。韓国生活はもうすぐ丸二年になります。
もともと韓国に留学していた、とか、韓国で働いていた、という経験は実はありません。大学時代に韓国ドラマ「冬のソナタ」が大流行していたので、ちょっと韓国語の授業とってみようかなーーと不純な動機でかじった程度。もちろんその時に習ったことなど、霞のようにうっすらしたもの。恥ずかしながら、韓国語の資格は持ってない、全く話せない状態で嫁いできました。

2023年3月に韓国人の夫と出会い、付き合い始めて半年後に婚約、1年後には韓国に移住するという、ちょっとした電撃婚劇を展開した自分を、我ながら思い切ったと思います。実は当時、夫のほうも日本語はカタコト。初めて会った日は、Papagoのアプリに話しかけ画面を見せ合う会話(?)をし、LINEの翻訳トークを作って、テキストでコミュニケーションをとっていました。そんな私たちでしたが、話す言語は違っても、一緒にいて安心できたり、なんとなく心は通じ合えたのでした。

韓国人夫の病気が判明

韓国に来てからやっと真剣に韓国語を勉強し始めて、初めての海外生活に奮闘していた2024年10月、韓国人夫に慢性白血病の診断がつきました。結婚前から体調が悪い時が時々あったのですが、出勤時間が不規則な上に、無理をして日本まで会いに来てくれていたので、疲労がかなり溜まっているから仕方ないか、と夫婦ともども深刻には考えていませんでした。けれど、その頃から、夫の両方の脇の下に、大人のこぶしより一回り大きいくらいのコブみたいなものができていたり、夜に大量の汗をかいたり、急にブルブル震える悪寒があったり、振り返ると納得する症状は多々ありました。

新生活やビザ取得作業が少し落ち着いた頃に、やっぱり一回、ちゃんと検査をしてみようということになり、近くの病院を受診しました。結果は、国立がんセンターに行って組織検査をする必要がある、とのこと。少しずつ、大きな病気なのかもしれない、やっぱりそうだよね…、と現実味を帯びてきた感じがありました。検査入院を経て、数日経って検査結果を聞きに二人で病院を訪れました。慢性の白血病でした。

抗がん剤、副作用、造血幹細胞移植

白血病と診断を受け、韓国の国立がんセンターで治療を始めることになりました。実は、最初は投薬治療でした。夫も仕事を通常通りしていましたし、薬を飲む以外は一般の健康な人と変わりない生活で大丈夫でした。韓国から北海道に旅行にも行きました。しかし、治療開始から半年ほどたった頃、今度は首の右側に大きな盛り上がりが目立つようになり、ある日、救急車で搬送され、病名が「巨大B細胞リンパ腫」に変わりました。いわゆるリヒター症候群です。

ここからが本格的な治療のスタートと言ってもいいかもしれません。通院で抗がん剤を点滴したり輸血したり、入院も何回もしました。その間、副作用で筋肉量が減ったりしびれたり、脱毛もありました。仕事も長期休職になりました。約10ヶ月治療を続け、全身に広がっていた血液がんは、首の部分の小さな1箇所に残るまでに回復しました。ただ、主治医の先生は、完治を目指すためには最終的に「造血幹細胞移植」をした方が良いと判断。
結局、2026年2月に自家移植をし、一ヶ月後に退院しました。現在、自宅療養中です。

まとめ 日韓夫婦闘病5年間のささいな日常を記録していきます

さて、前置きが大変長くなったのですが、韓国人夫の白血病発症から移植、5年後の寛解に至るまでの記録を残したいとnoteを始めました。
結婚もマイペースの40代で。しかも国際結婚。ここまでの道のりもかなりボリュームのある日々だったのですが、さらに海外での夫婦闘病生活という、なかなか一回の人生では味わえないような、試練ともドラマとも言える、私たち日韓夫婦の5年間を、韓国で初めて生活をする日本人妻のリアルな視点から書いてみたいと思っています。

日韓夫婦は今、すごく増えてきて嬉しいことですね。今後も増加傾向にあるようですが、もしも今後、韓国に来て、夫の治療に伴走することになったら。大切なパートナーが命の危険にさらされたら…。もちろん、こんな状況にならないのが一番いいのですが、現状をどうとらえて、どう行動するのがいいのか、少しでもヒントになればと思います。SNSで日韓夫婦のアカウントはたくさんありますが、ちょっとレアなケースかもしれません。

さらに、血液のがんと向き合う患者さんと、支える周りの方々に、何か少しでも参考になったり、大変な毎日の中、一瞬でもクスッと笑顔になれるような記事を書ければと思います。自分も、何年後かに振り返って、あの時は頑張ってたな、と思い出せるような思い出の記のようなものにしたいと思っております。気が向いた時に、「そういえばあの夫婦今どうしてる?」と、のぞいていただければ幸いです。


5年後の寛解の日を願って
2026年3月30日
ソン・ユミ



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