大分の黄色いディーゼル
日本の鉄道開業から150年経った2022年、初めて九州の鉄道を利用した。
それまでにも鹿児島の開聞岳(2014年)や大分の九重連山(2017年)を歩きに九州入りしたことはあったけれど、実際のところ、関西からだと海路・空路の方がよほど便利である。
グループ登山の場合は特に、フェリーでの九州入りが一等良い。移動しながらの食事・風呂・睡眠が可能で、翌朝早朝から行動開始できる。船内を歩き回ることもできるから、足が張っていたり腰が痛かったり、行動する前からなんとなく身体の血流が滞っているようなこともないのである。
そして荷物のことも鑑みてレンタカーで登山口まで移動しがちだ。
だが、この2022年の旅はフェリーと鉄道、そして自転車の組み合わせであった。知人に誘われて参加した大分の湯けむりサイクルツーリングは、うまい具合にぐるりと周遊して戻ることができる楽しい道のりだった。
フェリーさんふらわあ(神戸-大分航路)
メンバーは主に神戸で仕事をしていた時から時々一緒に山やサイクリングに出かけてきた人たちとの4人グループ。仕事終わりに六甲アイランドにあるさんふらわあ神戸港のりばに集合した。

この仕事終わりの旅立ちに感じる高揚感に比するものは、そうそうあるものではない。乗り場の向こうに、我々を待ち受けるフェリーさんふらわあのボディと赤い煙突が見えている。

こうした大きな構造物を造るようになった人間は一体何者なのだろうと時々ふと思う。テーマパークのアトラクション的乗り物には、子供の頃も大人になってからも惹かれることはなかったけれど、どういうわけか、こうした実際的な移動手段を前にすると気分が高揚する。

奈良の中でも公共交通が近鉄電車と奈良交通の市バスだけという土地で生きていると、確かに神戸はありとあらゆる交通網が集約されていて非常に便利だと感じる。特に旅に出る時には。
ここまで自転車で走ってきたメンバーはサクッとパッキングを済ませ、全員揃ったところで窓口へ向かった。

所定の場所に自転車を置いた後、船内を散策し、風呂なども済ませた。
燃料費が嵩んでフェリーの運営は大変だと聞くけれど、多くの人や車を運ぶことができ、ボイラーの熱で風呂の湯を沸かしたりとエネルギーを有効活用が可能な点で優秀である。
利用者数とのバランス次第でしかないだろうけれど、人間の移動に伴う環境負荷を抑えるという点で可能性に満ちていると思うのは私だけだろうか。

船内への飲食物の持ち込みは可能。けれど、みな仕事終わりということもあって、食事は船内レストランでとることにした。夕食のビュッフェはおでんや刺身、デザートなど多種多様で、それなりに豪華だ。
「明日のためのカーボロディングだ!」などとおふざけを言いながら、皆できるだけ沢山食べ、食後は船内の売店なども物色しつつ、この旅のプランなどを簡単に確認し合って早めに就寝した。
JR九州の無骨な列車たち(西大分〜大分)
さて、大分港からJR西大分駅までは徒歩10分ほど。
どうせすぐに電車に乗るため、自転車はパッキングしたまま担いで歩く。

西大分駅はローカルの小さな駅ながら、中心地の大分駅の一つ隣ということもあってか、利用者はそれなりに多そうだ。

待合室も比較的広く、FRP素材(繊維強化プラスチック)のチェアのカラーリングがなんとも可愛らしい。

イームズ(チャールズ&レイ・イームズ夫妻)のシェルチェアを参考に製作された日本製FRPチェアは、開発当時、日本がまだ床に座って生活する住宅環境だったため、駅などの公共施設に設置されることになったそうだ。
今や日本のレトロな駅でこそ注目したい存在である。

ここからたった一駅で大分駅に到着する。

小さな赤いSL(大分駅)
ほんの僅かな時間で下車し、少し大分駅構内を散策することになった。

大分は九州の中で最も東に位置し、「一番朝が早い」という名目で駅に鶏の像が設置されているのが、なんともユニークである。

そして駅にはパン屋が付き物。
ということで、小腹を空かせた我々ももれなく物色した。

その中でどうしても買わずにはいられなかったのが、豊後の焼き印あんぱんである。

豊後国は古代の日本における旧国名(令制国)であり、大分県の大部分を占める。
この文字焼き印のあんぱんが各地にあるのかどうかは知らないけれど、地元駅のパン屋にも地元の街の名の焼き印あんぱんがあるので、親近感が湧いてしまった。

駅は広々としていて、コンコース中央には蒸気機関車に見せかけた車両が停まっていた。

これは単なる展示ではなく、週末の昼間にコンコースを走るSL風アトラクションなのだそうだ。見た目は蒸気機関車だが、中身はイタリア製の電動車、外観は日本メーカーの製作らしい。

なんともハイカラな駅だ。
フランスのコルマールやスイスのシャフハウゼンでも、似たようなSL風観光バスが街中を走っているのを見かけたことがある。


黄色いディーゼル(大分〜由布院)
その一方で、駅ホームにて温泉の入り方を勉強できるのは、なんとも大分らしい。今回周遊する由布院も別府も、モロに温泉地である。

さて、いよいよ由布院に向かう。
我々を運んでくれるのは、やはりディーゼル車のようだ。

自転車があるので、みな少しずつバラけて乗り込んだが、比較的空いていて快適だった。
それはそうと、日常的にJR線に乗ることのないエリアで暮らしているので、普通列車内にトイレがあることが不思議で仕方ない。(便利だけど)

普段、時刻表を使うことは無いのだけど、この150周年の機に記されるコラムなどは読みたいなあと思いつつ、機会を逃してしまった。

大分〜由布院までは一時間と少し。
それも一番後ろの窓から次々に遠ざかってゆく景色を眺めていると、あっという間だった気がする。

自転車を抱えて駅構内を移動するのは結構大変なのだけど、そんなことは吹き飛ぶほど惚れ惚れする光栄に出会ってしまった。
駅のプラットフォーム間を移動するための跨線橋には、時にその駅の特徴が現れたりするものだが、由布院駅のそれには目を奪われた。
これはあかりが灯される夜にも見てみたいものだ。

反対側の階段を降りようとして、そんな真っ黒の跨線橋の窓から、先ほどまで乗っていた黄色いディーゼル車がうまい具合に見えた。
ワンマン運行だから、すでに行き先表示は「大分」に変わっている。

先ほどまで無骨でカッコいいと思っていた車両をその黒い窓から眺めると、なんとも可愛らしく思えたのが不思議だ。
実はこれが、この旅で一番お気に入りの写真である。
単色の列車に馴染み無いせいか、余計にそう感じられるのかもしれない。

駅を出ると、眼前には双耳峰を有する由布岳が真正面に見えた。
標高1,583mの由布岳はその山容から「豊後富士」とも呼ばれている。

山頂からは向こうに広がる別府の街だけでなく、くじゅう連山も一望できるそうなので、またの機会に登ってみたい。
今回はこの由布院駅から由布岳の肩あたりを越えて、別府の街まで自転車で走るので、ここで各自パッキングを解いて自転車を組み立てた。

駅前を過ぎていった観光バスらしき黄色い車両は重量感のあるデザインで、観光場というより重機のような印象を受ける。やはり日本風のデザインとは一線を画すように感じられた。

角ばった車両が街を走る雰囲気や、堂々と向こうに聳える山が見える街を眺めていると、なんとなくスイスのツェルマトに似ているなと思えた。
もちろん建物を含めた街並みは異なるし、そう易々と賛同してもらえるとは思ってはいないけれど。(人によっては違う街が浮かぶかも)
この日は由布岳の山裾を登ったところにある狭霧台を越え、別府の町に宿をとった。翌日にかけて温泉と別府の地獄谷を巡ったのち、海岸線沿いの道を直走って大分港へと舞い戻り、フェリー再びである。
旅の終わりとはじまり
いつか鉄道で九州を一周してみたい。それも新幹線ではなくて、18きっぷを利用した旅のように、できるだけゆっくりと時間がかかる方が面白い。
でなければ大抵のものを見落としてしまうのだから。
地続きの陸路でと考えていたけれど、関西からならば、海路で九州に上陸し、例えば大分を起点とした18きっぷ旅の設計も面白いかもしれない。
JR九州にしてみれば、九州の入り口とも言える博多や小倉と別の地域を、如何にして鉄道で結ぶかを重視するかもしれないけれど……。

いずれにせよ、日本の公共交通網の面白さに注目する人がもっと増えれば良いなと思う。それは公共交通が充実していて尚且つ国民が当たり前に利用する国は、心の在り方も経済的にも豊かであるように感じられるからだ。
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