戦後80年。片翼で空を飛べる道理はなく、日本の未来はどこへ行くのか
[2026.8.7、8.9付記]
・今年も先の戦争について、加害者であり被害者である私たち日本人が平和について省み、考える時期が訪れました。
戦後80年の2025年8月6日に行われた広島の平和記念式典における広島県知事スピーチ及び石破茂元首相の『戦後80年所感』は、今後改憲議論が巻き起こる日本において、私たちが憲法について考える基盤となりますので、ぜひ一度ご覧下さい。
2025年8月15日。
戦後80年の節目となりました。
前々より「君たちはどう生きるか」が今の日本人にとってキーワードであり、キラーワードであるとお話ししてきたように、この節目を迎えた今、改めて先の戦争について整理していきたいと思います。
【記事の概要】
・7月17日発売『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書)著者の歴史家・辻田真佐憲氏によれば、先の戦争の起点をめぐる3つの歴史観は、
(1)日本を加害者として見る左派的な15年戦争史観
(2)日本を被害者として見る右派的な東亜百年戦争史観
(3)こうした大きな見取り図を排して、史料にもとづいて細かく分析するべきだと主張する実証主義
に分けられる。
・歴史の見方が分かれるのは、歴史が究極的に科学ではないからであり、1度起こった歴史上のできごとは、2度と同じかたちでは起こらない。
・さまざまな史料を突き合わせて「事実らしきもの」を導き出すという作業には、部分的に科学的な要素が含まれるかもしれないが、その「事実らしきもの」にどのような意味を与え、なにを重要とみなすかは、解釈の問題となる。
・このような歴史観について、「自分はその解釈を取らない」と反論することはできても、その解釈自体を完全に葬り去ることはむずかしい。
ましてや、あの戦争は今日の世界秩序や国際関係の基盤となっており、さまざまな価値観や利害が衝突しやすい。
※詳細は下記リンク参照
【「先の戦争」の見方が異なる現状】
この話を理解するにあたっては、「15年戦争史観」と「東亜百年戦争史観」について知る必要があります。
それぞれに見ていくと
十五年戦争とは、1931年(昭和6年)9月18日の柳条湖事件勃発から1945年(昭和20年)のポツダム宣言受諾(日本の降伏)までの足掛け15年(実質13年11カ月)にわたる日本の対外戦争、満洲事変、日中戦争、太平洋戦争の全期間を一括する呼称のこと。
大東亜戦争肯定論は、林房雄の著作の題名。林は、大東亜戦争の開始を1845年 (弘化2年) とし、西欧勢力の東漸に対する反撃として"大東亜百年戦争"を本質は解放戦争であると主張した。
となっており、上の記事にある通り「左派的な15年戦争史観」と「右派的な東亜百年戦争史観」に分けられます。
そのどちらも一部事実であり、一部恣意的であるのは「さまざまな価値観や利害」によるものだと予想でき、どちらの歴史観も鵜呑みにするのは危ういと感じます。
その上で両者を見比べると、15年戦争史観には戦争に対する日本の関与を認め、その責任に対しての反省が必要だと見えてきます。
一方で東亜百年戦争史観では「先の戦争」を『解放戦争』と位置付けていることから、先の戦争を肯定的に捉えていることがわかります。
歴史観の異なる両者が共に暮らすのが『2025年8月の日本』であり、これは
「私たちは歴史的に何をしてきたのか」
が曖昧なまま、戦後80年が経過したことを意味します。

【片翼で翔けない日本の現状】
物事を改善しようとする時、そこには
・現状把握のための情報集積
・集積された情報の構造分析
が行われ、そこから再発防止策や改善策が検討されます。
先の戦争で言えば、
・15年戦争史観では「二度と戦争をしないようにする」ための再発防止策
・東亜百年戦争史観では「どのようにすれば解放戦争が上手くいったか」という改善策
を検討することになります。
しかし前提となる「現状把握」がそれぞれの立場による解釈によって歪められ、情報として曖昧なままなので、それぞれの策も輪郭のぼやけたものにならざるを得ません。
それでも尚進められる構造分析から導き出された再発防止策、あるいは改善策がいずれも実践されないのは、ひとえに立場の違いから両者が言い争い、互いに足止めをしてしまうからだと考えられます。

その為「どちらが正しいか」で決着をつけようとしてしまい、相手の言い分を退けさせるべく、あの手この手を尽くしているのが日本の現状と言えます。
このように左派・右派ともに各々の『つばさ』でもって羽ばたこうとしている訳ですが、自然を見渡せば、ハトでもカラスでもスズメでも、片方の翼で空を飛ぶ鳥はいません。
あらゆる鳥は『両翼』でこそ空へ羽ばたけるのであり、片翼の正しさでは日本を取り巻く問題を解決し得ないことが予想できます。

【日本は平和に向かうのか、それとも…】
このような状況を鑑みれば、先月行われた参議院選挙が日本の明暗を分ける重要な選挙だったことが伝わることでしょう。
この選挙の中で、参政党のさや(塩入清香)氏の発言
「核武装は安上がり」
こちらが今、物議を醸しています。
非核三原則を国是とする日本で、核武装の保持を参議院議員立候補者(現参議院議員)が発言すること自体が不可解ではありますが、賛同者も多いことから「先の戦争」に対する歴史観が大きく揺らいでいることが察せられます。
この発言の根底にあるのは「核抑止」ですが、世界で唯一の被爆国となる日本が核兵器を持つことの意味は
「核兵器による支配を肯定する」
ことに他なりません。
それは精神性において日本の、強いては人類の敗北を象徴し、『世界の核使用抑止力』として存在感を放つ日本が核兵器を肯定すれば、現在行われる紛争においても核兵器が使用される危険性が高まります。
このことを懸念してか2025年8月6日、広島で執り行われた平和記念式典において、広島県・湯崎英彦知事は世界の歴史を省みた上で
「抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念または心理、つまりフィクション」
と、核抑止議論に対して警鐘を鳴らしました。
こうした流れの先で、日本は平和に向かって進むことができるのでしょうか。
あるいは自国の繁栄のみに目を向けて、戦争へと向かうのでしょうか。
1931年の満州事変において、日本は一部の人間が抱える虚栄心から15年にも渡る戦争を引き起こしました。
あるいは西欧勢力の東漸に対する「止むに止まれぬ」反撃から戦争に巻き込まれました。
いずれにせよ、私たちは「先の戦争」を改めて見つめ直す時期に来ています。
知らないままではあらゆる活動は空虚となり、私たちは既に自身の選択によっては活動地盤たる日本という『場』、あるいは日本人という『界』を存続の危機に追いやりかねない現状にあること。
戦後80年かつ先祖を思い起こせる『今』だからこそ、「『わたし』たちはどう生きるか」を考え、選ぶ時なのだと私は思います。

