ペットボトルのお茶がなくなって、思ったこと(43/60日目)
朝、出勤前に買って職場の冷蔵庫に入れておいたペットボトルのお茶がなくなっていました。
悲しい。
うちの職場には、わざと人の物を持っていくような人はいないと思います。
きっと勘違いして飲んでしまっただけなんでしょう。
本人も、自分が間違えたことに気づいていないと思います。
実は、去年も同じことがありました。
そのときはしばらくキャップに名前を書いていたのですが、いつの間にかやめてしまっていました。
スピリチュアル系では、こういうアンラッキーなことが起きたら、
「願いがかなった!」
と思えばいい、とよく言われます。
でも、私の中に湧いてきたのは、そんな前向きな気持ちではなく、
「がっかりしたなあ」
という、ごく普通の感情でした。
朝買ったお茶代も無駄になったし、飲み物がなくなったので、結局職場の自販機で160円のお茶を買いました。
定価で買ったことまで、なんだか損した気分になります。
もちろん、日々の中には小さないいこともあります。
でも、それがいつかのアンラッキーを受け入れた「ご褒美」なのかと言われても、正直よく分かりません。
うれしいときは、うれしい。
悲しいときは、悲しい。
それでいいんじゃないかな。
そんなことを思った今日でした。
