〈還暦ロック! ロック再入門編_若き頃のロックとギターのお話の巻⑪_「ボクのジミ(・ヘンドリックス)さんについて」のお話〈8〉_〈「チェロキーのミュージシャンの一覧を見たけど興味深かったね」「スティーブンタイラーは知らなかったな。ジェイムズブラウンは知ってたけど、ティナ・ターナーとか知らなかったよ」ほか〉「しゅうかつロック、ボクにも言わせて_第272回_ロック対談~だぶる模話模話模話~」
模話1「ロックとギターの話ジミさんについて編続きだよ」
模話2「前回AIくんにジミさんのチェロキーの影響がどんな形で出ていたのかの質問に対する回答をラストで紹介してました。結構知らないこともあったよね」
模話1「そうだね。かなり意識して誇りをもっていたことがわかってよかったよね」
模話2「映画でも、アメリカ先住民の文化がどんな形でロックに影響しているかを取り上げた作品がありました」
【〈ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち〉
インディアンの音楽界への関わりを紐解くドキュメンタリー。リンク・レイのインスト曲『ランブル』の逸話を皮切りに、インディアンをルーツに持つミュージシャンたちがいかにポピュラー音楽に影響を与えたか、そしてなぜ歴史から抹殺されたかを明らかにする。自らも先住民の血を引く元ザ・バンドのロビー・ロバートソンやブラック・アイド・ピーズのタブーのインタビューや、ジミ・ヘンドリクス、チャーリー・パトン、バフィ・セイント・マリーらインディアン・アーティストの秘蔵映像も収録。サンダンス映画祭ワールド・シネマドキュメンタリー映画賞ほか受賞多数。】
出典:「ムービーウォーカープレス」
https://press.moviewalker.jp/mv71150/
映画『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』予告編
シネマトゥデイ
模話1「リンクレイがロックの殿堂入りしたのもその映画の影響かもね」
模話2「チェロキーのミュージシャンの一覧を見たけど興味深かったね」
出典: 「チェロキー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
模話1「スティーブンタイラーは知らなかったな。ジェイムズブラウンは知ってたけど、ティナ・ターナーとか知らなかったよ」
模話2「ファンクの創始者が米国先住民と黒人のミックスだったってことか~。実は他にも判明していないミュージシャンいたりしてね」
模話1「ジミさんのWikipedia読んでたらさ、ジャニスジョップリンと一時期付き合ってたらしいね。すごいよね。関係ないけどジャニスさんもなんか先住民の雰囲気あるんだけどね」
模話2「キミが聴くたびに泣くのは過去世で北部インディアンといわれたからでしょうか?信じる信じないはあなた次第です」
模話1「まあいいじゃん。今回日系の義母にハワイ公演の後に日本に行く予定でどんな国なのか聞いてたらしいんだよね。すごくたのしみにしてたらしい」
【ヘンドリックスの父アル・ヘンドリックスは、息子ジミが成人して家を出てから日系二世の女性アヤコ(アヤコ・ジューン・フジタ)と再婚。ヘンドリックスは、自分と同じ東洋系(ヘンドリックスの父方の祖母はインディアン)の女性が義母になったことを非常に喜んでいたという。ヘンドリックスは、義母アヤコに「1970年のハワイのコンサートの後で日本に行く予定だよ、日本に行くのが楽しみなんだ、日本はどんなところなの」と語っていたという(アヤコの談話。アヤコはアメリカ生まれだが、第二次大戦前に日本に留学した経験があるという。「エスクワイア」1993年4月号)。ヘンドリックスが言っていた通り、日本でもヘンドリックスのコンサートを含むフェスティバル(富士オデッセイ)の計画が進んでいたが実現していない。結局ヘンドリックスが来日することは一度もなかった[注釈 43]。ヘンドリックスはキモノ(着物を模した東洋風の衣装)を好んで着用し、ステージに鯉のぼりをあげる[注釈 44]など、日本に対して親しみを感じていたらしい。】
※出典:「ジミ・ヘンドリックス」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
模話2「記事を読むと、鯉のぼりだとかステージに飾ったりしてたとか。間違ってたらすいません。ロックフェスに出演依頼してたとか、来日公演が予定されてたとかの噂があるよね」
【ヘンドリックスはキモノ(着物を模した東洋風の衣装)を好んで着用し、ステージに鯉のぼりをあげるなど、日本に対して親しみを感じていたらしい。】
※出典:「ジミ・ヘンドリックス」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
模話1「ザ・フーもジミさんも来日してたら日本のロック界はもう少し違っていたかもしれないね。死んじゃいけなかった人だよ。マフィアの影もあるし、お金搾取されててあんまりなかったらしいしね。ブライアンジョーンズと似たパターンかもしれない。彼の本来の性格からしたら、望んだ人生とはずれてしまったかもしれない。そんな気もします」
【謎の死→詳細は「ジミ・ヘンドリックスの死 (英)」を参照
シアトル郊外にあるヘンドリックスの墓
ヘンドリックスの死因は公式には、酒と睡眠薬を併用したため睡眠中に嘔吐し嘔吐物を吸い込んだことによる窒息死、とされている。だが死亡時に一緒にいたモニカ・ダンネマンの言動に不審な点があり、死因にも不可解な点(ヘンドリックスの肺や胃から異常に大量のワインが検出された、検出されたワインの量に対し体内のアルコール濃度が低かったなど)があることから、死の真相は謎のままであると指摘する声もある[30]。
ヘンドリックスの死の直前、ヘンドリックスと同室にいたダンネマンからエリック・バードン(アニマルズ)に「ジミの様子がおかしい」との電話がかかってきたという。バードンが「すぐ医者(救急車)を呼べ」と促したのに対し、ダンネマンは「部屋にドラッグがあるから呼べない」という旨の返事をしたという(バードンの談話[31])。
ダンネマンは「救急車で病院に運ぶ際、ジミが窒息しないよう寝かせておくべきなのに、救急隊員がジミを椅子に座らせる体勢で移送したため窒息してしまった」などと述べている[32]。しかし、ホテルの部屋を訪れた救急隊員は、「ホテルに到着した際、ヘンドリックスは既に呼吸停止の状態で、蘇生の可能性は低かった。病院へ移送する際、椅子に座らせるような体勢を取らせた事実はない」と述べている。また、運び込まれた病院の医師は、「ヘンドリックスは病院に到着した時点で既に死亡していた」と述べている。ダンネマンの証言は二転三転し、信憑性が乏しいという見方がある[33]。ダンネマンは1996年に車の中に排気ガスを引き込み自殺した。
生前のヘンドリックスはマフィアの金づるになっていたという説があり、誘拐されたこともあると言われる(ノエル・レディングやジョン・マクダーモットなどの著書に記述がある)。ヘンドリックスはマフィアの手で睡眠中に大量のワインを飲まされ、溺死のような形で窒息死させられたのではないかという説も存在する[34]。
元ローディーのジェームズ・タッピー・ライトは、自著「Rock Roadie」の中で「ジミのマネージャーだったマイケル・ジェフリーが『自分がヘンドリックスを殺した』と言った」と証言している[注釈 22]。】
※出典:「ジミ・ヘンドリックス」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
模話2「…切ないね。続く~」
【tomasmowa2025】
