探偵は期待に応えない

 大学生の僕、一色直澄と大黒天親は過去に大学で教員が毒死した話を聞かされる。状況証拠から自殺として処理された事件。毒死した教員は他2名の教員とともに、昼食を摂りながら会議を行おうとしていた。しかし、一人の教員が茶を飲み、倒れてしまう。警察が調べた結果、その教員の茶と常用していた薬からそれぞれ別の毒物が検出。天親は茶に入っていたものは、他者によって、常用していた薬の毒は教員自身が入れたものだと推理する。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

  一
 本書『アジア仏教諸論概説』は応天大学世界宗教研究所開所四十周年記念事業の一環として制作されたものであり、本来であれば昨年度の春には出版される予定であった。
 それが今年になってしまったのは、他でもない本書編集委員会の委員長であった田所鷹一郎先生の急逝による影響が大きい。
 田所先生は応天大学で文学部教授として長年教鞭を取られてきた一方、研究者としてもまた功績を残されてきた。現在、応天大学で教鞭を取る先生の中には、田所先生の講義を受け研究の道を歩むことに決めた、と語る方もいる。
 私自身、先生のご指導ご鞭撻があったからこそ、今こうして研究を続けられているのだと思う。それこそ、私が博士号を取得し教壇に立ってからもなお、教え子の一人として、また研究者仲間の一人としてご指導いただいたおかげである。
 学会の際その鋭い舌鋒に完膚なきまでに叩きのめされたのも一度や二度ではない。穏やかで温かなお人柄でありながら、研究の場では一歩も譲ることがないのが田所鷹一郎先生という人だった。全く、研究の神というものがいるならば、田所先生はそれに見出された天才の一人であろうと思うほどであった。
 長年、第一線でご活躍されてきた先生も、ご存命であれば本年度がご定年の年。「私がいなくなった後は、あなたたちが研究所を率いていくんですよ」と語られたのはいつだったか。その笑顔は今でもはっきりと思い描くことができる。
 本書の出版についても先生は、「これは、研究所の大きな節目であると同時に、私自身の研究人生の節目でもあるのです」と仰った。その節目を迎える前に、あのようなことになろうとは。
 学生のみならず、同僚の前でも凛として力強い姿を見せ続けた先生だったが、その胸中には人には言えぬ悩みがあったのかもしれない。私がもう少し鋭敏であったなら、あるいは先生がその悩みをもう少しだけでも打ち明けていてくれたのなら、このような結末は迎えなかったのではないか。たらればなど考えても意味はないと分かりつつも、そう悔やまずにはいられない。
 田所先生は本書編集委員会の要であり、柱でもあった。突然編集長を喪った編集委員会が暗礁に乗り上げたのは言うまでもない。
 しかし、だからといってこのまま出版を見送るのでは、先生に顔向けできぬ。四十九日を終えた後、我々は再び集まり、今後の方針について議論を重ねた。その結果、僭越ながら私が田所先生の跡を継ぎ、二代目編集長を拝命することとなった。編集委員の中では、私だけが唯一、田所先生のゼミで学び育った研究者だったご縁からである。
「研究書とは売れる、売れないではありません。その研究成果を世の中に還元することこそが重要です」
 ある日の編集会議の際、先生の仰ったことが耳に残っている。私自身、本書で儲けたいなどとは夢にも思わないが、それでも田所先生の絶筆となった本書ができる限り、多くの人々の手に取られることを願ってやまない。
 末尾となったが、本書の刊行にあたり原稿をご執筆いただいた先生方、また刊行のための資金確保にご尽力いただいた研究所事務局に感謝の意を述べたい。
 本書に至らぬ箇所があった場合、それらの責任は現編集長の私にある。田所先生の後、即席の委員長として職務を全うできたかどうか甚だ怪しいものではあるが、ここまで支えてきてくださった皆様には改めてお礼を申し上げる。
 一九九五年三月十七日 樋口政彦
『アジア仏教諸論概説』「編集後記」より抜粋。
 
   二
 いつの間にか、窓の外は夜の帷がおりていた。時刻は十九時を少し回ったところ。作業を始めたのが十七時少し前からだったから、二時間ほどの間、集中し続けていたことになる。
 凝り固まった上半身をほぐしがてら、ぐるりと周囲を見回してみる。自分以外に人の姿はなく、ずらりと並んだ書棚とデスクが今日はなんだか妙に不気味に感じられた。書棚に並んでいるのが外国語、それも馴染みのない文字ばかり並んでいるせいもあるだろう。
 ここは京都にある私立大学、応天大学のキャンパスの一角にある図書館、の四階に入っている小さな研究所である。その名も「応天大学世界宗教研究所」。
 開所から今年で七十周年。それを記念して来年度、論文集の出版が予定されている。出版、といっても小説やエッセイ本、漫画のように書店に山積みになるようなものではなく、出版社から刊行された後は、大学がいくらかは買い取って関係機関へ寄贈し、残りは出版社の通信販売サイトを通して細々と売ってもらうことになるだろう。
 一応、きちんとした出版社から出しはするものの、印税をもらうどころか出版にあたって大学から出版社にお金を支払わなければならないし、どちらかというと「自費出版」や「同人活動」に近い。部数もそんなに多くないし、国内の大学図書館や(物好きな)研究者たちの手に渡ってしまえば在庫はあっという間に無くなるだろうな、と思う。
 さて、ここらで少し自己紹介をさせていただこう。そうしないと、研究所の話をダラダラとするパンフレットみたいな内容になってしまう。
 僕、一色直澄は応天大学大学院文学研究科に籍を置く学生。今年度の四月、博士後期課程に進学し、もうすぐ一年が経とうとしている。
 博士は学部や修士とは全く違う、と入学式の日に言われたが、求められるレベル、講義内容、その全てが確かに違う。特に先生方からのコキ使われ具合とか。
 今、僕がこうやって一人研究所に残っているのも、その〈コキ使われ〉もとい、アルバイトのためである。
 僕はこの応天大学で学徒として学びを深める一方、「リサーチ・アシスタント」通称「RA」と呼ばれるアルバイトとして研究所で働いている。
 耳慣れない単語だろうけど、「リサーチ(研究)」の「アシスタント(助手)」と言えば伝わるだろうか。要は、先生方の研究所での研究のお手伝いをする助手。もっと言えば雑用係。
 その業務はといえば、郵便の仕分けから研究会のポスターの作成、調査出張の荷物持ちに大学事務へ提出する書類の作成と多岐に渡る。
 お給料は月給九万円。一日四時間、週に四日、自分の都合が良い時に出勤すれば良いシステムなので、日々講義に追われる学生の身分にはありがたいが、いやしかし、業務量が多い。
 ここ二週間は研究所開所七十周年を記念した刊行物の索引づくりに追われている。
 索引とは、本文中の中の語句などを見つけやすくするために書籍の最後に付されるもの。僕の仕事は先生から渡された索引用のリストをもとに、それらの語句がどのページに出てくるかを探し、一覧を作成すること。
 これ、単純作業ではあるのだが、索引に掲載する語句の多いこと、多いこと。索引だけで一冊作るのか、と疑いたくなるような数である。
 文章量も多い。やってもやってもキリがない。さらに、先日先生から「やっぱりこれも索引に追加して」と新たな語句が送られてきたから堪らない。
 なんでも三十年前に出版した四十周年記念論文集の編集委員長の先生が今年で定年退職らしく、その記念も兼ねているから豪華な内容になっているそうな。それにしたって限度というものがあるだろうに……京極夏彦もかくやのレンガ本になりそうなボリュームなのである。
 しかし、泣き言を言っていても始まらない。お金もいただいているわけだし、数多くいる学生から選んでもらって任せてもらってるんだから、そう、期待されてるんだ、と自分を宥める。
 よし、今日頑張ったら夜ご飯は美味しいラーメンを食べよう。もちろん、替え玉付き。
 近所の美味しいチャーシュー麺を思い描き、自分を奮い立たせる。モニターとの睨めっこ再開だ。
 パチパチパチ。キーボードを叩き続ける。
 三十分ほど経っただろうか。
 ぎい、と扉の軋む音に顔を上げると、馴染みのある顔が研究所に入ってきたところだった。
「お疲れ様です」と声をかけると、相手は気だるそうに片手を軽く挙げて応じた。
 大黒天親。僕と同じく応天大学の大学院文学研究科に籍を置く学生。学年は僕の一つ上。年齢は不明。修士課程までは別の大学に籍を置いていたらしい。
 フィクションにありがちな、謎めいた存在ってやつだ。
 一九〇センチ近くありそうな高身長に、スポーツでもしているのか(あるいはしていたのか)がっしりとした体つき。筋の通った鼻梁。怜悧な印象を受ける切長な目。
 要はイケメンである。女の子にはさぞかしモテるだろうなと思うのだが、僕の知る限り彼はいつも一人でいる。最初は奥手なのかと思ったが、そうではなく変人なのだとこの一年で気づいた。
 天親先輩はこちらに歩み寄りつつ、ギロリと僕のことを睨みつけ、
「お前、なんか失礼なこと考えてないか」
「まさか。それより、テンジン先輩、それスタバですか」
 先輩は僕を含め周囲から「テンジン」と呼ばれている。「天親」は本当は「アマチカ」と読むらしいのだが、誰もそうは読まない。誰が言い出したか「テンジン」。
 この天親先輩、頭は確かに良いのだが、さりとて熱心な学徒かというとそうでもない。必要最低限のことをこなしている、程度に見える。何か研究者になるとか、そういう熱意があるようにも見えないのに、奨学金を使ってまで大学院にいる変わり者。なぜ、彼が大学院にいるのか、は応天大学の七不思議の一つだ、と勝手に僕は言っている。
 先輩は僕の問いかけには答えず「やっぱ、失礼なこと考えてるだろ」。
「全然。僕は先輩の名を応天大学の歴史に刻みたいと思っているだけです」
「していらん」
「それより、スタバですよね、飲んでるの。良いなあ」
 天親先輩が横に座ると、コーヒーの苦味を帯びた香りが鼻をくすぐる。安物のインスタントコーヒーで我慢している自分が可哀想になってくる。
「大学のは安かろう、不味かろうだからな」
 大学の生協でもコーヒーは提供されている。一杯百円と破格だが、まあ、美味いわけではない。コーヒー通の先生に言わせると、あれはコーヒー風のお湯であってコーヒーじゃない、だそうだ。
「先輩、コーヒー好きでしたっけ」
「フツー」
「そんなら、そこに置いてあるインスタントで十分じゃないですか」
 僕はそう言って研究所内にある流し場の方を指差した。流し場にはIHコンロのほか、ポットや電子レンジが置いてある。小さいながら冷蔵庫も置いてある。
 それとは別に、事務職員さんが「研究所の研究員向けの福利厚生」としてポケットマネーでインスタントコーヒーを置いてくれている。万年金欠の僕は、時々これを頂戴しているのだ。
 しかし、先輩はふん、と鼻を鳴らし、たった一言、「面倒くせえ」。コーヒー一杯入れるのが面倒なら、自炊なんかできやしないだろうな、この人。女の子のヒモにはなれても、専業主夫には絶対なれないタイプ。
 そう思うのは、長めの黒髪とアンニュイな顔立ちが売れないバンドマン風の風貌だから、というのもありそうだ。「売れないバンドマン=ヒモ」は僕の偏見でしかないけど。
 先輩、ギョロ、と目玉だけを動かしこちらを睨みつけてきた。何か言われる前に先回りする。
「失礼なことは考えてませんよ。先輩、ヒモやって食ってそうだなって思っただけで」
「それを失礼って言うんだ、ボケ。俺はヒモじゃねえし」
 がす、と脇腹に容赦ない肘鉄を食らわせてきた。僕は先輩と違って貧弱なんだから、手加減してくれても良いだろうに。
 先輩はコーヒーを啜りつつ、僕のパソコンのモニターを覗き込んできた。
「なんだ、お前、まだそれやってたのか」
「先輩はもう終わったんですか」
 天親先輩もこの研究所にリサーチ・アシスタントとして雇われている身である。ここ最近は僕と同様、索引づくりを任されているはずだった。
「終わった」
「え、はや……」
 僕とちょうど半分ずつ任されていたはずなのに。
「こないだ、先生から追加で依頼来てましたよね?」
「ああ、それも終わった」
 早い。いつも気だるげなのに、こういう作業はとんでもなく早い。しかも正確ときている。
「じゃあ、暇?」
「まあな」
「なら、手伝ってもらえませんか」
 じっとりとした視線が僕の顔面に注がれる。図々しいな、と言わんばかりだ。
「良いじゃないですか。できる人はその能力に合わせて、仕事を振り分けるべきじゃないですか? 僕は一年生、先輩は二年生。そこを考慮すると、先輩は僕の二倍の作業をするべきじゃないかと思います」
「その口を動かすエネルギーで手を動かせよ」
「手だけ動いても意味ないんですよ! 頭が限界なんです」
「知るかよ」
 なんて冷たい先輩なんだ。
「もう、このままじゃ僕、知恵熱出して倒れちゃいますよ。そうしたら、僕の仕事、ぜーんぶ先輩に押し付けることになっちゃうなあ。出しちゃおうかな、知恵熱」
「出しちゃおうかなって、それ、仮病だろ」
「仮病ででも仕事押し付けたいくらいには限界なんです」
 実際、そろそろ頭が疲れてきた。心なしか熱を帯び始めている気もする。
「古いスマホじゃあるまいし……」
 しかしそれでも先輩は「そうだな……」とちょっと悩んで、
「是空のチャーシュー麺セット、チャーシュー追加替え玉付き」
 是空とは大学の近所にある人気のラーメン店。僕が今夜行こうと考えていた店でもある。
 要は手伝う代わりに飯を奢れ、と言うことだ。チャーシュー麺セットって、是空のメニューで一番高いんだけど……。
「わかりました。今夜、食べにいきましょう」
 しばらく食事は少し控えめにしないといけないだろう。食べ盛りの二十代には苦しい話だが。
 にい、と僕の回答に満足げに笑う先輩。この人、ラーメン好きだよな、と思う。嘘か本当か知らないが、ラーメンを食べるために大黒は京都に出てきたのだ、という噂も耳にしたことがある。
 言いそびれていたけれど、僕も大黒先輩も京都の出身者ではない。大学進学と同時に上洛してきた人間だ。
 僕の出身地は群馬。先輩の出身地は……知らない。
「よし。さっさとデータよこせ」
 先輩がバッグからノートパソコンを取り出すのと、ぎい、と再び研究所の扉が音を立てたのはほぼ同時だった。
 こんな遅い時間に今度は誰だろう、と顔をあげる。来訪者は僕たちの雇い主、小鳥遊一先生だった。
 先生は僕たちの姿を認めると、
「お疲れ様。索引づくりはどうかな?」
 少し高めながら耳障りの良い声。先生の声を聞いていると眠たくなる、と講義中に不本意な眠気に襲われる学生も多いとか。
 すらりとした華奢な体躯、七三になでつけたロマンスグレーの髪がよく似合う。女子学生の間にはファンも多い。
 さて、先ほど小鳥遊先生は僕たちの「雇い主」と言ったが、この索引づくりの業務を僕たちに与えたのも、この先生である。小鳥遊先生が研究所七十周年記念編集委員会の委員長なのだ。
「すまないね、たくさんあって。でも、七十周年だから。四十周年を超えるものにしてほしいって声が強くてね」
 そう言って先生は本棚から書籍を一冊取り出した。何かと思えば、研究所開所四十周年記念として出版された『アジア仏教諸論概説』だ。ちなみに今回出版を予定しているのは、『世界各地における仏教概論比較論』。範囲が広くなっている。
 超えるものに、と言ったって「アジア」を「世界」にするというのはいささか発想が単純すぎる気がするけれど。
「発行部数も増やす予定だからね。それで需要がなかったら大量の在庫を抱えることになっちゃう。それとも著者買取かな」
 先生はそう言ってウフフと笑う。
 部数を増やす、だなんて、この出版不況の時代に強気なことだ。
「大黒くんは作業、もう終わったんだったね。ありがとう」
「ええ。だから、こいつの分を手伝います」
 こいつ、のところで先輩は親指で僕を示した。流石にラーメンと引き換えに、とは言わなかった。
「おや、そうなのかい」
 小鳥遊先生が目を細める。
「たまには先輩らしいことをしてるじゃないか」
「まあ」
 褒められても先輩は特段嬉しそうにもしない。先輩としてどうこうではなく、ラーメンのためだからか。
 それから先生は僕のことを気遣ってか、
「大黒くんの作業ペースが早いだけだから、焦らずやってくれたら良いからね。僕もこれの時に索引づくりを任されたけど、すごく大変だったから」
 そう言ってロマンスグレーの教授は懐かしむように『アジア仏教諸論概説』の表紙をなぜた。
「そうだったんですか」
「うん。三十年前、ちょうど君たちと同じようにリサーチ・アシスタントとして雇われていたんだよ。学生として勉強しながらね」
 三十年前の先生はいったいどんな学生だったのだろう。ロマンスグレーではなかったのは確かだろうが。
 女子学生たちからの支持率ナンバー・ワンの紳士も、思い出話を始めると止まらなくなるのは他の中高年と変わらないらしい。
「僕は最初の編集委員長のゼミ生でねえ。途中から違う先生のゼミに移ったんだけど」
 変な言い回しをするな、と思ったが、ああ、そういえば途中で編集委員長が代わったようなことが編集後記に書かれていたことを思い出した。
「亡くなったんですっけ?」
『アジア仏教諸論概説』を読んだのは修士課程に入学した時だから、もう三年前になる。一度通読して以降は、読み返すことはしなかったから、ずいぶん記憶も朧げになっていた。
 しかし、かつてのリサーチ・アシスタントの記憶は明瞭らしい。書籍を開きもせず、その表紙を眺めながら、
「うん。あと一年で定年っていう時にね、この研究所で倒れられて」
 先生はそう言いながら出入り口の方を振り返った。何を見ているのだろうと思ったら、出入り口そばの事務室にその視線は注がれていた。
 研究所には研究者が作業を行うための研究スペースと、事務員が事務仕事を行う事務室がある。
 研究スペースが研究所の八割型を占めており、研究員のデスクのほか、書棚やプリンタ、コピー機なんかが置いてある。
 一方事務室は、研究所の一角を壁と扉で区切って設けられており、平日は大学の職員数名が研究所専属の事務員として仕事を行なっている。
 また、この事務室内にちょっとした応接スペースがあって、来客があった時は先生たちもこの部屋を使うようだった。僕は何度か先生に言われて、お客さんにコーヒーを出しに入ったことがある。
 そのほか、会議を行う際もここを利用することが多い。
 昼間は職員さんたちの話し声で賑やかなのだけど、今はしんと静まり返っている。何せ、時刻は二十時を回っている。職員さんたちは全員帰ったあとで、人の気配は感じられなかった。
 先生は何か見えない人でも見るように、しばらく事務室の方を見ていたけれど、やがてこちらに向き直って、
「そのまま、田所先生は残念ながら帰らぬ人となってしまってね。でも、出版そのものを止めるわけにはいかない。原稿は集まっているわけだからね。それこそ、海外からも。そこで公認として白羽の矢が立ったのが、樋口先生だった。樋口先生は分かるね?」
「ええ。授業、受けたことがあります」
 中国の仏教が専門の先生で、中国語の講義も受け持っている。僕が受けたのは中国語の基礎クラスだった。
 ちなみに小鳥遊先生は日本の仏教史、特に近代の仏教が専門である。
 ついでに言えば、僕は大正時代の仏教をテーマに修士論文を書いた。専門分野の近さのおかげで、小鳥遊先生に雇ってもらえたわけだ。
 ちなみに、天親先輩の専門は……知らない。修士論文はメディアと宗教の関係性をテーマに書いたようだけど、それでなぜ小鳥遊先生に雇われているのかは分からない。
「樋口先生は、当時の編集委員会の中で唯一、田所先生の教え子でいらっしゃったからね。ご本人は、そんな重役はできないって最初は断ろうとされていたけど」
 でも、最終的には折れたということか。
「志なかばで亡くなった教授の仕事を教え子が成し遂げた、ということでね、当時、新聞記事にもなったはずだよ。小さなものだったけど。ずいぶん、ドラマチックに書かれていたっけ。その記事を見て、買いたいって連絡が大学に来て、そういうこともあるんだなって驚いたよ」
 そんなことがあったのか。確かに、メディア受けしそうな話ではあるが。訃報が出た有名人の出版物や作品が一時的に注目されるのと同じことだろう。
「さっき、先生はこの研究所で倒れられたって言っただろう?」
「え? ええ……」
「その時、僕も偶然居合わせていたんだよ」
 先ほどまでの話ぶりから、なんとなくそうなんだろうという察しはついていた。
「ところで、君たち、推理小説は好きかな?」
 唐突な質問に僕と先輩は顔を見合わせた。
「さあ……特別好きなわけではないですけど」
 そもそも、推理小説に限らず小説自体あまり読まない。時々、暇つぶしに書店で平置きされているものを買う程度である。
 天親先輩も、そこは僕と似たり寄ったりのようで、「いや、別に」と短い返事。
「少し、話を聞いて欲しくてね」
「推理小説の話ですか?」
「いいや、違うよ」
 僕の返答が可笑しかったのか、先生はくすくすと笑った。
「聞いて欲しいのは思い出話さ。推理小説じみた、ね」
 僕は再び天親先輩の顔を見た。しかし、今度は顔を見合わせるようなことはなく、先輩は先生の顔をじっと見つめ続けている。
 先生がなぜ、唐突にそんなことを言い出したのかは不明だけど、特別拒否をする理由もない。僕は「良いですよ」と頷いた。
 ワンテンポ遅れて天親先輩も「どうぞ」。「ありがとう。聞いて欲しいのはね、他でもない、田所先生が亡くなった事件について、だ」
 先生は『アジア仏教諸論概説』の表紙を僕達に向けて見せると、
「樋口先生は編集後記で田所先生の死因について明記はされていない。それとなく自殺であることを仄めかしてはいるけれどね」
 確かに、胸中には人に言えぬ悩みが、とかなんとか書いてあったような。ハッキリとそうとは書かれていなかったものの、あれは自殺したのだろうと受け止めるのが自然な文章だった。
「当初は他殺の可能性も疑われていたんだよ……結局、自殺と結論づけられて終わったわけだけど」
 他殺の可能性。穏やかではない。
 自分が今いる研究所で殺人事件が起こった可能性があるなんて、考えただけで恐ろしい。そもそも、人がここで亡くなったと知っただけで、なんだか空気が重苦しく感じてしまうというのに。
「でもね、僕は時々、あれは本当に自殺だったのかって疑問に思うんだよ。自分が編集委員長を務めていた本が発行される直前に、自殺なんてするだろうかって」
 なるほど。だんだん、先生の言いたいことが見えてきた気がする。
「つまり、先生は今でも田所先生は誰かに殺されたと思っていらっしゃって、僕達にその殺人犯を見つけろと?」
「まさか!」
 先生は僕の言葉に驚いたように目を見開いた。
「そんなこと求めちゃいないよ。ただね、今回、編集委員長を任されてみて、思い出すようになったんだ、田所先生のことを」
 先生は考え込むようにちょっと唇を噛み、言葉を続ける。
「思い出すとね、考えてしまうんだ、色々と。考えすぎて最近、どうも落ち着かなくてね。歳かな?」
 あはは、と笑ってみせる。
 どう反応するのが正解なんだろう。「はあ」と曖昧な相槌を打つことしかできない。
 僕はちら、と天親先輩の方を盗み見た。相変わらず、先輩は無表情のまま、まっすぐ先生を見つめている。その目はどこか冷ややかに感じられた。
 一方、教授はまるで大教室で講義をするかの如く、学生の反応を気にすることなく口を動かし続けている。
「誰かに話したいんだよ。それだけさ」
 そうして小鳥遊先生の思い出話、あるいは田所先生殺害事件の回想が幕を開けたのだった。
「今でもね、忘れることができないんだ。六月二十五日っていう日付までハッキリ覚えているよ……」
 
   三  
 二月二十五日っていう日付までハッキリ覚えているよ。あの日は日曜日で、大学図書館も休館だったし、学内にはほとんど人はいなかった。
 研究所にいたのは、田所先生と僕、それに畠山啓順先生と、樋口政彦先生。畠山先生は知ってるかな? もうご退職されてる……今も非常勤講師として一コマだけ講義をお持ちだけど……受けたことがある? そう。
 田所先生を含めた三人の先生が編集委員会のコアメンバーでね……いや、他にもいらっしゃるんだけど、メインで動かれてたのがこの三人なんだ。
 もう一人は事務担当の職員さん。当時、研究所は今より規模が小さくてね。そもそも大学自体、今より学部数も少なかったから、その分、教職員の数も少なかった。まあ、だから研究所専属の事務職員さんは一人しかいなかった。
 海野さんっていう方で、この方ももう、ご退職されてるけど、当時で三十代中頃だったかな。応天大学のご出身の方でね。お父さんとお祖父さんも応天大学出身者で、お二人ともここで大学教員として定年までお勤めされていたんだよ。
 お父さんは愛校心の強い方でねえ、海野さんは三兄弟の末っ子だったけど、一番勉強ができたからはるばる上洛して応天大学に入学されたらしいんだ。
 うん? ああ、海野さんは京都出身じゃないよ。長野とかだったかな。おうちはお寺らしい。お父さんやお祖父さんは、大学で教鞭をとりながら、お寺のお仕事もこなされていたんだよ。そこは海野さんのお兄さんが継がれたらしいけどね。
 話が逸れたね。
 その海野さんも日曜日は本当は出勤日じゃなかったんだけど、朝から出勤されていた。当時も今と同じように、ミーティングをするときはそこの事務室を使わせてもらっていたんだけどね(と言って、小鳥遊先生は事務室の方を指で示した)。鍵は事務職員さんが管理しているから、事務室を使おうと思うと、どうしても職員さんに出てきてもらう必要があるんだよ。
 本当は平日にできれば良いんだけど、先生方それぞれ授業や他の学内会議で忙しくて、日曜日しか予定が合わなくてね、それで、海野さんも日曜日出勤。
 田所先生だったかな、「休みの日に申し訳ないですね」って声をかけられたら、海野さん、「ベストセラーにしてくださいね」って笑ってたよ。彼のお父さんがそう言ってたらしい。
 ほら、出版物が売れれば、それも研究所や大学の知名度を上げる良い広告になるからね。さっきも言ったけど、海野さんのお父さんは愛校心の強い人だったからねえ。それに研究所にも立ち上げの際、立ち上げメンバーとして関わってらっしゃったそうだし。
 それを聞いて畠山先生は渋い顔してたっけ。ベストセラーだなんて、金儲けのために本を作るわけじゃないって。田所先生は「社会に研究成果を還元するのも、研究所の使命のひとつですから」って言っていたけど。
 そもそも、「研究成果を社会に還元」という田所先生の考え方自体、畠山先生の考え方とは相容れないものだったらしくてね。
 畠山先生はどちらかというと、研究者内での評価を第一に考える人だったから。
 今じゃ大学が学外向けに講座を開く、なんてことも珍しくなくなっているけど、当時はまだ大学を学外に開放するなんて考え方は広まっていなかったからね。理系ならともかく、文系、それも仏教系の研究成果を社会に還元すべき、なんて田所先生の意見の方が珍しかったんじゃないかな。
(と、ここで僕はつい「小鳥遊先生は、どちら派だったんですか?」と訊ねてしまった。単純な好奇心である。)
 え? 僕かい。僕は、うーん、両方とも賛成、だったかな。研究者界隈での評価は当然高めたいし、せっかく出した結果なら社会の役に立ってほしいし……まあ、それに、せっかくの成果だもの、いろんな人に知ってもらうべきだって、今もそこは変わらないけどね。
 まあ、そんなわけで、畠山先生には田所先生も一般ウケ重視、すなわち金儲けが研究の目的に入っている、というふうに見えたんだろうね。……もちろん、実際は違うさ。あくまで自身の研究成果が社会の役に立つことが重要であって、自分の利益は度外視するのが田所先生だった。
 それはゼミの学生に対しても同じでね。特に大学院生に対しては、週に一度は面談の機会を設けて、研究の進捗報告をさせたり、今後の研究方針について相談したりしてね。
 今思えば非常に有り難かったんだけど、当時はそれがプレッシャーでねえ。仮病を使って休もうかって考えたこともあったよ。友人が風邪を引いた時には、自分も風邪をひけば進捗報告しなくて済むって考えて見舞いに行ったりね。結局、移してもらうことはできなかったけど。(と、小鳥遊先生はカラカラ笑った。)
 まあ、とにかく、そんな私利私欲のために動く人じゃなかった。
 でも、畠山先生は「社会への還元=金儲け目当て」の認識を捨てることができずにいらっしゃったから、会議でもしばしば田所先生とは意見が真っ二つ。
 田所先生も温和だけど、研究に関して言えば、頑固というか譲らない人だったからね。話は平行線。いつまでたっても会議が終わらない、なんてこともままあった。
 その二人の間で板挟み状態だったのが樋口先生だね。あの当時、先生は三十代半ばで大学教員としては若手。それこそ新人に毛が生えたようなものだったから、編集委員会に抜擢されてずいぶん大変そうだったよ。
 樋口先生としては、兎にも角にも平穏に出版ができれば、社会への還元だとか、あるいはその後の評価はどうでも良かったみたいだね。それくらい必死だったって、ご本人は笑っていらっしゃったけど。
 この四人に大学院生だった僕。この五人が、主な登場人物というわけだ。
 事件前後の出来事のことは、時系列順に話した方が良いだろうね。
 
   四
 あの日、僕が大学に着いたのは午前十時頃だったと思う。
 会議自体は十一時半からの予定だったんだけどね、自分の研究に関する作業もしたかったから、少し早めに出てきたんだ。ほら、家より学校の方が集中できるかなと思って。
 海野さんは既に来ていてね、事務室でお茶を啜っていた。当時はインスタントコーヒーじゃなくて、緑茶が置いてあってね。
 皆、研究所のポットでお湯を沸かして各々、自由に飲んでたよ。
 海野さんの飲み方は変わっていてね、急須で淹れたお茶をわざわざマイボトルに移し替えてから、さらに湯呑に注いで飲んでたんだ。ちょうど、酒を手酌で飲むような感じだね。
 二個しかない急須を独占するのは悪いからって。
 ま、そんなわけで、私は海野さんと軽口を叩きつつ自分の仕事に取り掛かった。
 ……軽口は軽口さ。最近、ジメジメして嫌ですねとか、夏休みどう過ごすかとか。まあ、お互い独身だから実家に帰省するだけだけど。
 海野さんのご実家はお寺だからね。夏はほら、お盆でかき入れどきだろう。海野さんも僧籍はお持ちだから、夏は臨時僧侶として檀家をまわっていたらしい。
 炎天下を自転車で駆け回るんだからね、それも僧衣を着てだから大変でしょうねって言ったら、海野さん、体力的には大変だけど楽しいって。いろんなお家をまわって檀家の方達と話をするのが性にあってたって言うんだな。普通のご家庭から農家、喫茶店とか……昔ながらのお家やら、イギリス庭園みたいなお庭のあるお家やら、見聞きしたことを話してくれたよ。
 事務室だと、ひとりぼっちだし、先生方も雑談を楽しめるほど暇じゃない。話をする相手が僕ぐらいしかいなかったんだな。時折、冗談混じりに小鳥遊くんがいなくなったら、イマジナリー・フレンドを作るしかないって笑ってたよ。
 事務室で一人、パソコンと睨めっこしてると夏が待ち遠しくてたまらなくなってくるって笑ってたなあ。
 本当は自分がお寺を継ぎたかったけど、自分は長男じゃないし、お父さんの期待にも応えたいしって……。
 元々はお父さんと同じように大学教員として教壇に立つことを期待されていたそうなんだけどね、ほら、大学教員の募集って少ないから。なにせ、枠が少ない上、離職率は低いからねえ。なかなか席が空かないんだよ。
 だから、大学職員として働いてるんだって、母校で働くことを期待されていたからって。
 そんなこと言っていたっけな。僕も両親から博士課程まで進むなら、金は出してやるから大学教員になれ、それが一番安定しているからって言われてたもんで、お互い気持ちがわかってね。期待されるのも大変ですねえ、って慰め合ったりしてね。
 まあ、そんな雑談をしながらね、作業を進めていたら、あっという間に十一時になった。
 そこで樋口先生がやって来たんだ。三人の中じゃ一番の若手だったからね。こういう会議の時は決まって樋口先生が昼食を用意することになっていた。
(僕は「ご飯を食べながら会議ですか?」と訊ねた。先ほどから口を挟むのは僕ばかりだが、天親先輩がダンマリなので仕方がない。)
 ああ。先生たちスケジュールも詰まっていたしね。いつもそうされていたよ。大学の近くにホラ、お弁当屋さんがあるだろう。あそこで樋口先生があらかじめ買って来てらっしゃったんだ。もちろん、代金は先に樋口先生に渡されていたよ。
 樋口先生が事務室のテーブルにお弁当を並べ出したから、僕もお茶を淹れることにした。会議用のお茶を淹れるのが、僕の仕事の一つなんだよ。
 あと、頼まれた資料を用意するのも。会議自体には参加しなくて良いから楽だったよ。お弁当は先生の奢りのをもらえるしねえ。
 海野さんもボトルが空になったらしくて、もう一個の急須を使ってお茶を淹れてたよ。よく飲みますねえ、って言ったら、お茶はお酒と違ってカテキンが入ってて体に良いからって言ってたっけなあ。
 お湯を沸かしてお茶を淹れているうちに、田所先生と畠山先生もいらっしゃった。先に畠山先生、少し遅れて田所先生の順番だったよ。
 ……これは、僕の気のせいかもしれないけれど、田所先生はずいぶん疲れていらっしゃるように見えた。
 元々、受け持っている講義も多かったし、頼まれれば日本全国どこででも行って講演会だの、研究大会での発表だのする人だったから、多忙ではあったんだろうけど。それにご年齢も、六十代だったしね。
 それだけじゃなくて、その五年ほど前だったかな、奥様がご病気で倒れられたらしい。お子さんは北海道に住んでらっしゃるとかで頼れず、他にご親戚もなく、田所先生お一人で介護を続けてらっしゃったそうだ。田所先生はお子さんに京都に戻って欲しがっていたけど、それは拒否されたらしい。奥様とお子さんの奥様の間が、あまりうまくいってなかったらしくてね。そのせいだって聞いている。
 それがあったから、後々、あっさりと自殺として片付けられたわけなんだけど。
 それでも食欲はあったらしい。お弁当は受け取っていらっしゃったからね。……その後、お弁当には口をつけず亡くなってしまったわけだけど。
 もう少し、詳しく説明した方がいいな。
 君たちも知っての通り、事務室の一番奥、窓際にちょっとした応接スペースみたいな所があるだろう? パーテーションで仕切られた……あれは、昔のままだからね。そこのスペースで当時、先生方三人はお昼を摂りつつ、会議をされていた。
 僕はお茶をお出しした後は、同じ事務室内の別のテーブルで食べるのが習慣になっていた。最初は事務室の外の研究スペース……今いるここで食べていたんだけど、ネズミが出るようになってしまってね。当時は大騒ぎだったよ。
 ホラ、ここは貴重資料も多いからネズミは天敵なんだ。だから、研究スペースでは飲食禁止というお達しが出た。今はもう解禁されているけどね。
 まあ、そんなわけで、先生方にお茶をお出しして、自分も事務室内でお弁当をいただこうとしたその時だった。
 パーテーションの向こうで、突然うめき声が上がったと思うと、大きな音を立てて誰かが倒れる音がした。それとほぼ同時に、畠山先生と樋口先生が田所先生の名前を呼ぶ声がしたから、倒れたのは田所先生だと分かった。
 海野さんと二人、慌てて駆け寄ってビックリしたよ。田所先生を畠山先生が助け起こしている所だった。樋口先生は呆然としたような顔をして立っていた。
 ……僕自身、気が動転していて、もしかすると思い違いもあるかもしれないけど、お弁当はほとんど手付かずだった。みなさん、食べ出して間もないくらいっていう感じで。お茶は、畠山先生と樋口先生は手付かずで、飲んだのは田所先生だけだったらしい。田所先生の席のところには、薬のケースが置いてあった。飲んでいらっしゃったのは、花粉症の薬だったそうだ。
 お茶で食前に飲む薬を飲んで、すぐに倒れられたらしい。
 樋口先生はポカンと立ち尽くしていたけれど、海野さんに頼まれて救急車を呼びに行った。と言っても、事務室の固定電話を使っただけだけど。
 で、畠山先生と僕で田所先生を運び出した。動かしちゃダメだったのかもしれないけど、みんな気が動転していたからね。
 救急車はすぐに来たよ。警察もほとんど一緒に到着した。待っている間、皆、変な動きはしなかったと思う。
 畠山先生はずっと田所先生のそばにいたし、樋口先生は僕の隣に立っていた。海野さんも落ち着かないのか、机の上の急須を抱えたり置いたり、モゾモゾしてたっけ。
 心臓マッサージとか、人工呼吸とかすれば良かったのかもしれないけど、誰もしなかった。なんだろうな、多分、気が動転してはいたって言うのもある。情けないけど、何をすれば良いかわからなかった。
 でも、それだけじゃなくて……なんとなく、ああ、これはもうダメだって分かったんだ。先生はもう助からないって。
 実際、最初は苦しんでいらっしゃったけど、すぐに静かになっちゃって……医者でもないのに、そんな判断できるのはおかしな話だと思うけどね。
 実際、救急隊が到着して、田所先生はその場で死亡が確認された。で、そうなると今度は警察の出番だ。
 田所先生を動かしたのはずいぶん怒られたよ。現場保存の観点からだろうなあ。皆揃ってペコペコ頭を下げたっけ……。(と、先生は力なく笑った。)
 なんだかね、夢でも見てるようだったよ。急に先生が……ついさっきまでお話していた先生が倒れて帰らぬ人になって、さらに、目の前では警察の捜査が始まってる。自分は彼らにとっては重要参考人の一人、だなんてねえ……。
 警察からは当時、先生が倒れる前後に自分が何をしたのか訊かれたよ。特にお茶を淹れる工程は、ね。
 先生はお茶で薬を飲んだ直後、倒れたんだから、お茶のことを特別気にするのは当然だったと思う。
 この刑事さんがまあ、コワモテの恐ろしそうな人でねえ、緊張しちゃって。
 ヘドモドしながら「ポットのお湯と、事務室にあった急須・茶葉を使って淹れました。湯呑に注いで、それぞれの先生にお出ししました。急須の中にお茶が残っていたので、テーブルの上に置いてきました」みたいなことを話すのが精一杯だったよ。
 淹れている様子は海野さんも見ていて、変な動きはなかったって証言してくれた。
 警察はテーブルの上にあったもの……弁当や湯呑、急須なんか全部回収していってね。全て変なもの、つまり毒物が入っていないか調べたらしい。田所先生の体も、だ。
 その結果、主に二種類の毒物が検出された。ワルファリンとコンバラトキシン。このうち、田所先生の死因となったのはコンバラトキシンの方だったらしい。それが心臓麻痺を引き起こしたそうだ。
 で、ここから少しややこしいんだけどね。ワルファリンが検出されたのは、田所先生の体内及び薬のケース。
 一方、コンバラトキシンが検出されたのは、田所先生の体内及び飲み残したお茶。それ以外は、急須に残されたお茶や他の先生方のお茶からも、全員のお弁当からも検出はされなかった。
 今度は田所先生の薬ケースから検出されたワルファリン。こちらも、少なくとも当時現場にいた人間は触りようがない。ご自宅には奥様がいるけれど、こちらもほぼ寝たきりでワルファリンを入れるのは至難のわざだろう、と言うことになった。
 でも、元々ワルファリンの方はそんなに問題視されてなかったんだ。直接の死因となったのはコンバラトキシンの方だからね。
 ワルファリンは当時、誰でも入手できるような環境にあった。ほら、ネズミが出て飲食禁止令が出たって言っただろう? それで研究所だけじゃなく、建物のあちこちに殺鼠剤が仕掛けられていたんだよ。当然、ストックもあった。研究所の倉庫だったから、誰でも出入り可能だ。
 一方、死因となったコンバラトキシンはスズランが持つ毒らしい。でも、研究所には花壇どころか花瓶の一つもなかったし、その場にいた人間の誰も、花なんか育てちゃいない。
 全く無理とは言わないけれど、入手は難しいという結論になったそうだ。
 それに、誰かがスズランを入手できたとして、その毒を田所先生のお茶に入れられないだろう、と言う話になった。
 まず、お茶を淹れた僕は一番怪しいかもしれないけれど、淹れているところは海野さんが見ているし、その後も、お盆に載せてテーブルに運ぶまでは海野さんが、配っているときは先生三人がしっかり見ている。
 で、海野さんは僕に気づかれずに、僕が淹れているお茶に毒物を入れることは難しい。海野さんは僕が淹れている間、急須にも湯呑みにも触れなかったからね。
 テーブルの上に配った後は、樋口先生、畠山先生共に田所先生に気づかれないよう毒を入れるのは不可能。お互いの目もあるわけだしね。
 そんなわけで警察は至極単純な消去法の結果、田所先生自身が、自分の薬に毒を入れたのだろう、と言う結論に至った。
 樋口先生と畠山先生の話によると、田所先生は薬を飲もうとして誤ってカプセルをお茶の中に落としちゃったらしいんだ。で、もういいやとそのままお茶ごと飲んだ、と。
 だから警察は薬にあらかじめ毒を仕込んでいて、お茶に落としてしまった際、毒が溶け出したのだろう、という結論になったらしい。
 家庭環境のこともあって、自殺してもおかしくない、と判断したんだな。何か診断がおりていたわけではないにしろ、ご体調が悪そうだったのは事実だし、精神的に弱っていたと思われたらしい。
 結局、田所先生の死は自殺として処理された。
 
   五
 そこまで話すと、小鳥遊先生はふう、と疲れたように息を吐き出した。
 そして、僕たちの顔を交互に見比べ「どうかな?」と訊ねて来る。
 どうかな、と言われても……。僕らド素人探偵に話してどうこうできることじゃないと思う。
 話してもらっておいてなんだけど、警察が自殺と判断したなら、そうでしょうね、としか言えない。
 大体、先生の話によれば他に田所先生に毒を盛れる人はいなかったと言う話ではないか。それなら消去法で自殺となるのは不思議ではない。
 しかし、ここまで長い話をさせておいて「警察の判断以外ないんじゃないですか」と言うのも躊躇われた。
 そろそろ天親先輩も口をきいてくれりゃ良いのに、居眠りでもしているのか、と心配になる。幸い、もう一人のド素人探偵の目はきちんと開いていた。
 僕の視線に気づいているのかいないのか、先生のことを真っ直ぐ見据えたまま、
「どうも思いませんよ」
 そう言ってコーヒーを啜る。こいつ、ずっとダンマリだから何かしら考えているのかと思えば、そんな感想が飛び出て来るとは。
 でも、先生は大して気を悪くした様子も見せず「そう」と微笑んだだけだった。
「じゃあ、大黒くんも田所先生は自殺だと?」
「そんなことは言っちゃいません。どう思うと訊かれたから、どうも思わないと言っただけです」
「え? じゃ、先輩、田所先生は自殺じゃないって言うんですか?」
 思わず僕がそう言うと、先輩は眉間に皺を寄せ、
「そうとも言ってねえ」
 と吐き捨てるように言った。
「じゃあ、なんです。思うところがなくても、考えるところはあったんでしょう? なんか考えついたから、そんな妙な言い方するんでしょう?」
 おそらく、説明が面倒だったのだろう。先輩はしばらく渋い顔をして黙ってしばらく考えたのち、
「明日の昼飯、芥川の豚骨ラーメン定食替え玉付きな」
 芥川は大学の近くにある、行列ができる超有名店……って、おい、マジかよ。今日の夜ラーメン食って、明日もラーメン食べるのかよ。血圧どうなっても知らねえぞ。しかも、両方奢らせるつもりかよ、ラーメン強奪魔かよ。
 と、思ったが、その奢る金の惜しさより、先輩の考えていることへの好奇心の方が勝った。先輩の血圧はどうでもいい。
 僕は「自殺だろうなあ」くらいにしか思わなかったのに、先輩の脳内では今の話で何が分かったと言うのだろう。
「それは、今の先生のお話を受けての先輩の考えを聞く代償ってことですよね?」
「ああ」
「……良いでしょう」
 いよいよ素寒貧になるが仕方がない。
 見かねたように先生が「それなら、僕がお金を出そう」と言ってくれたが、先輩の返事は、
「いえ。俺、雇い主からの奢りは受けない主義なので」
 難儀な主義もあったものである。これには先生も苦笑するしかないようだった。
 明日も後輩の金でラーメンを食べられることが確定し、ようやく先輩は乗り気になったらしい。おほん、と咳払いを一つし、話し始めた。
「まず、先に言っておきますが、これは可能性の話であって事実じゃない。あくまで『自殺』と言う結論に対して、他の可能性を提示するだけで、何か、『自殺』と言う結論を決定的に裏返せるわけじゃない。一方で『自殺』の結論を強化するわけでもない。そこだけは分かってくださいよ」
 これは主に先生に向けられた言葉のようだった。
「もちろん」
 先生の返答に、先輩は安心したような表情をみせた。話を続ける。
「では、まずいくつかの疑問点について。第一に田所先生の体内から複数の毒が検出されたこと。本当に死ぬ気があるのなら、ハナから致死率の高いコンバラトキシンを使えば良い。ワルファリンの致死量が成人で約三百グラムなのに対して、コンバラトキシンはおおよそ二十ミリグラムもありゃあ良い。グラムに直せば〇・〇二グラム」
「確かに三百グラムは飲むのも一苦労ですね」
 お菓子のように美味しいわけでもあるまいし。それだけの量のワルファリンとやらが、先生の薬のケースに入ったとは思えない。 
「そう。そして、ちょっと調べればそれぞれの致死量なんか分かったはずだ。ましてや大学の先生だぞ。文献調査はお手のもののはず。にもかかわらず、わざわざ二種類の毒を飲む、と言うのは非効率的すぎる」
 先輩は先ほどまでのダンマリが嘘のように饒舌だった。
「この非効率さは他殺の場合も同様です。本当に殺すつもりなら、最初から致死率の高い方を盛れば良いわけだから。そこで考えられるパターンは二つ。一つは二人の人間から、それぞれ別の毒を盛られた可能性。これも妙だ。コンバラトキシンは命を奪えるし、ワルファリンも命に別状はなくても、体調不良にはなるから、立派な嫌がらせだ。しかし、二人から悪意を抱かれ、しかもほぼ同時に毒を盛られるほど、田所先生は恨まれちゃいなかったんでしょう」
「ああ。僕の知る限りは」
「いたとしても、その二つが同時に盛られる……同時に先生が摂取する可能性は高くない。そこで、もう一つの可能性。一つは先生自身が盛り、もう一つは他の誰かが盛った、というパターン」
「その場合、どちらの毒を先生ご自身が盛ったんですか?」
 何気なく言った質問だったが、先輩には睨まれてしまった。「どうしてお前はそう、話を急ぐんだ」と不満げである。
「すみません」
「他の人間が毒を盛るタイミングの有無で考えてみろ。先生が肌身離さず持っていたという薬のケースと、小鳥遊先生が海野さん、樋口先生の目の前で淹れた茶。どちらの方が他人が入れやすいか、一目瞭然だろ」
「えーと……お茶?」
 こく、と探偵殿は頷いた。
「と言うことは、薬ケースの方は田所先生自身が入れた、と?」
「より厳密に言えば、自分の薬に塗すか、カプセルにねじ込んだんだろう。まあ、カプセルを落とした湯呑みから検出されなかったってことは、カプセルの中に入れたんだろうな。お茶の中に落とした後、カプセルが溶ける前にそれを飲んだ。だから、湯呑みからは検出されなかった」
 薬ケースに残っていたのは、カプセルの閉め方が甘かったものがあり、中身が溢れた、ということだろうか。
「でも、なんでそんなことしたんでしょう……」
 ワルファリン自体は学内に殺鼠剤が置いてあったそうだから、簡単に手に入る。でも、自殺願望があったなら、そんな微量のワルファリンじゃ死ねないことくらい、調べればすぐわかったはずだ。
「田所先生は元々体調がすぐれない様子だったと仰っていましたよね」
 天親先輩の問いかけに先生は首肯した。
「え? ああ、うん」
「その時には既に、田所先生はワルファリンを飲んでいらっしゃった可能性があります。と言うより、その事件より前から継続的にワルファリンを飲んでいた可能性が」
「……なんでそんなまた」
 まさか、自分の体に致死量が貯まるまで飲み続けようとしたわけでもあるまい。しばらくすれば尿や便と一緒に排泄されてしまうはずだし。
「体調不良になって終わるだけなのに」
 という僕の呟きに天親先輩は「それだよ」と言った。
「体調不良になりたかったんじゃないのか」「田所先生が? なぜ?」
「さあね。今の先生の話の内容だけで推測するならば、奥さんの介護のことが関係している、と言う可能性が考えられる。(と、ここで先輩は小鳥遊先生に向かって)先生、田所先生の奥さんとそのお子さんの奥さんの仲があまり良くなかったと仰っていましたけど、田所先生ご自身とお子さん夫婦の仲はどうだったんでしょう?」
「うーん、あまり詳しくないからなあ……でも、悪くはなかったんだと思うよ。うん、先生は北海道に行ったときお子さん夫婦と食事に行ったりしてたみたいだし」
「じゃあ、もし、最初に倒れたのが奥さんじゃなくて田所先生ご自身だったなら、お子さんの態度も違っていたかもしれませんね」
 その言葉に小鳥遊先生はぴく、と眉を動かした。
「ミュンヒハウゼン症候群か」
 ……なんだ、そのポケモンみたいな症候群は。
 しかし、そんな疑問を口に出せる空気ではなく、仕方がなく手元のスマホでこっそり検索する。精神疾患の一つで人の関心や同情を引くため自分自身の体を傷つけてしまうらしい。
「お子さんの関心を惹きたかったのかはわかりませんがね。自分自身も倒れれば、奥さんを介護する人はいなくなる。そうなれば、流石のお子さんも京都に戻ってきてくれると踏んだんじゃないですか。
 仮病だとお子さんが帰ってきても、すぐバレる恐れがある。そうすると、ご自身とお子さんの関係も悪化してしまいますからね、死なない程度に体調不良になる方法を取ったんじゃないでしょうか。……まあ、この方法もバレれば関係悪化に繋がりかねませんけど」
 世間話のような調子で言ってのける先輩の横顔を見ながら、僕は考える。
 薬ケースの方は田所先生自身による物だとわかった。
 では、お茶の方は? 先輩の話によれば、そちらは田所先生以外の誰かによって入れられたことになる。
 でも、そうなると、毒を入れるチャンスが大きかったのは小鳥遊先生ではないか。ここへきて、小鳥遊先生を犯人として名指しするつもりなのだろうか。
 と、この僕の考えは顔に出てしまっていたらしい。こちらを見た先輩は、はあ、と呆れたようにため息を吐くと、先生の方に向き直った。
「先生は先ほど、誰にも茶に毒を入れるチャンスはなかったと仰いましたが、本当ですか」
「それは、どういう意味かな」
「そのままです。本当に、誰にも毒を入れるチャンスはなかったか、もう一度考えてみてください」
 そう言われて先生は、遠くにある過去の情景を見るように目を細めた。
「……ない、と思うけどね」
「お訊ねしますが、先生がお茶を淹れたとき、海野さんもお茶を淹れたと仰ってましたよね」
「うん。でも、その時、別に変な動きはなかったけれど」
「急須はどうでした」
「急須?」
「急須は二人で一つのものを使いましたか?」
「いいや。それぞれ別のもので淹れたな……言っただろう、急須は二つあったって。そうそう。海野さんはその前にも一度淹れてるから、それを使うって言って余ってる方を受け取ったんだ……」
「じゃあ、海野さんが先に自分の使う急須を決めていたわけだ」
「そうなるね」
 少し先輩の言いたいことが見えてきた。
「つまり、海野さんが先んじて片方の急須に毒を入れていた、と? そして、それを小鳥遊先生に使わせた?」
「そう。誰もきていないうちから入れておくんだ。目撃者もいねえ。簡単だろう」
 でも、と思う。
「それだと小鳥遊先生が淹れたお茶は全て毒入りになるじゃないですか。実際には、毒が出てきたのは田所先生のお茶だけ……他のお二人や急須に残ったお茶からは出てこなかったんでしょう? 先輩の推理は無理がありますよ」
「アホか、お前」
 べちん、と頭を叩かれた。どうしてこの先輩はこう、気軽に暴力を振るってくるのか。僕の脳細胞に何かあったらどうしてくれるんだ。
「てめえの脳細胞なんざ、ハナから大したことないだろうが。むしろ、多少叩いたほうが活性化するわ」
 なんで僕の思ったことを読んでくるんだ。
 すると、今度は眉間にデコピンを食らってしまった。
「顔に出てるんだよ」
 だからって暴力はいけないだろう、暴力は。
 この思いもきっと顔に出ていたはずなのに、先輩はそれは無視して話を進めた。
「入れ替えたんだよ。田所先生が倒れた後、そのチャンスがあった人間がいたろう」
「いました?」
「樋口先生が救急車を呼び、畠山先生と小鳥遊先生が田所先生を運ぶ。その間、海野さんは何をしていました?」
 これは言うまでもなく、小鳥遊先生への問いかけである。
 思わぬ質問に先生は「え?」と目を見開いたが、その回答は「いや、わからないな……」というものだった。
「気が動転してたから、正直、樋口先生が電話をかけていたのは覚えていても、その内容はさっぱり思い出せないし、畠山先生と一緒に運び出したのに、畠山先生の表情は思い出せない……視野が狭まっていたみたいだ」
「あまりにも非日常的過ぎますからね。仕方がありません」
 これは先輩なりのフォローのつもりらしい。
「おそらく、畠山先生と樋口先生にしても同じだったでしょう。お互いの動きが全て見えていたとは思えない。さらに、現場はパーテーションで区切られていて、見通しが悪い。多少、怪しい動きをしても見えなかった可能性がある」
 怪しい動き、とは、先輩がさっき言っていた「入れ替え」のことだろう。何を入れ替えるのか、さっぱり分からないが。
「田所先生が倒れた時、海野さんは何をしていました」
「……ええと、確か、淹れたお茶を自分のボトルに移そうとしていたような」
「その時、田所先生が倒れた。二人で駆けつけた、と仰いましたが、その時、海野さんは手に急須を持ったまま駆けつけたんじゃないですか」
「……そうかもしれない」
 記憶が曖昧なようで、先生の眉間に皺が刻まれた。
「急須だけ入れ替えても、樋口先生と畠山先生の湯呑が残りますよ」
「良いから黙って聞けよ。海野さんがパーテーションのかげでできたことは三つ。まず第一に残されていた樋口先生と畠山先生のお茶を、小鳥遊先生が用意した急須に戻す。続いて、自分自身で淹れたお茶を樋口先生、畠山先生の湯呑みに淹れる。その前に、二人の湯呑みに残った微量のお茶はハンカチか何かで拭い取ったかもしれない。
 そして、急須を入れ替えて元々自分が持っていた急須をテーブルに置く。そうすれば、毒はテーブルの上には残らない。警察も海野さんが持っていた方の急須は回収しなかった。違いますか?」
「ああ……警察が来た時、それは海野さんのデスクの上にあったし、どうも関係がないと判断されたらしい。僕も含めて皆、田所先生が飲んだのはテーブルの上に置いてある急須のお茶だって証言したし……」
「それに、今の話だと海野さんが一番、毒の入手がしやすい立場にいるだろう」
 そうだろうか。海野さんのデスクの上に一輪のスズランが飾られていた、なんて描写はなかったように思うけど。
「スズランは長野県の名産物だ」
 それを聞いてようやく納得できた。海野さんの出身地は長野県だ。
「しかも、休み期間中に檀家の家をあちこちまわっていた。ガーデニングの立派な家もあったそうじゃないか。そこでスズランの花粉なりなんなりを手に入れていてもおかしくない」
 なるほど、そうやってあらかじめスズランの花粉を手に入れておいて、田所先生に飲ませたのか。
「でも、先輩」
 と僕はここで素朴な疑問を口にする。
「それだと海野さんは別に田所先生を狙って殺したというわけじゃないですよね?」
 他の二人の湯呑みにも入っていたのなら、全員抹殺するくらいの気持ちでいたのではないか。それとも、田所先生だけがお茶を飲むよう、何かしら心理的な細工を仕掛けていたのだろうか。
 すると先輩は至極面倒くさそうに髪の毛をかきあげながら、
「誰でも良かったんだろ」
「ええ……なんですか、それ。無差別テロリストじゃあるまいし」
 いや、実は殺人願望のあるテロリストの素質を持った人なのかもしれないけど。
「お前、いちいちくだらないツッコミを入れるなよ。テンポ悪くなるだろ」
「すみません」
 でも気になったらつい口に出てしまう。思ったことがほとんど顔と口に出るのが僕の悪いところである。
「動機なんかそれこそ、憶測の域を出ないけど、思うに仕事を辞める最もらしい口実が欲しかったんじゃないのか」
「はあ?」
 これは小鳥遊先生も意味がわからなかったようで、怪訝な顔をしている。
「お前、さっき、仮病してでも俺に仕事を押し付けたいって言ってただろ」
 そう言う先輩の顔には、少し意地悪な笑みが浮かんでいる……ように見えた。よりによって雇い主の前でなんてこと言ってくれてるんだ。
「そんな言い方してませんって」
「おおよそ、そんな言い方だろう。小鳥遊先生にしても、同じようなことを仰っていましたよね。ほら、田所先生の指導の話のくだりで」
 ああ、と先生は笑って、
「指導から逃げるための仮病、ね」
「要は、それと同じようなものかと」
「ふむ?」
「海野さんは大学職員として研究所で事務仕事をするより、僧侶として檀家を回る方が楽しいと言っていたんですよね」
「うん」
「寺を継ぎたかった、でも、お父上の期待に応えるべく大学職員として働かねばならない、と」
「まあ、おおよそそんなところだね」
「大学職員を辞めて寺の仕事がしたい。でも、そんなこと父親に向かって言うことはできない。
 最初は我慢して大学職員として勤めていたんでしょう。しかし、たった一人の部署に配属されて、いよいよ精神的にしんどくなってきた。研究所は今以上に人がおらず、雑談相手は当時学生の小鳥遊先生ぐらい。人と話をするのが好きな人だったんでしょう? それなら、精神的にかなりしんどかったんじゃないですか。
 一方、研究所配属となって父親の期待はさらに大きくなった。海野さんの父親が研究所立ち上げメンバーだったと仰っていましたよね。自分が立ち上げた研究所で息子が勤めるようになって、喜んだんじゃないですか。退職した自分に代わって、研究所をもっと盛り上げてくれ、とか、なんとか」
「かもしれないね」
「辞めたいのに、そうは言えない。期待はどんどん大きくなる。でも、いよいよ限界が近づいてきた。
 では、どうするか。辞めたがってもおかしくない、父親も納得するような状況を作れば良い。
 では、それはどういう状況か。
 怪我、病気。しかし、海野さんに自分を傷つける度胸はなかった。
 ほかに考えられるのは? 事件、事故。例えば京都で大災害があったり、大学が燃えてなくなったりすれば、離職するのも不思議じゃない。
 でも、個人の力で災害は起こせないし、火事は放火すれば良いけど、規模が大きすぎる。
 そこで辿り着いたのが、〈人の死〉だったんじゃないでしょうか。
 目の前で人が亡くなれば、精神的なストレスも相当なものだ。仕事を辞めたがっても不自然じゃない、とね。
 そのために、急須に毒を入れた。死ぬのが田所先生でもそれ以外でも良かったんでしょう。誰かが死ねば、それで」
 仕事を辞めたいから、その口実のために人を殺す? 要は殺すのは目的じゃなくて、手段だったということだ。それはあまりにも非人間的なことのように思えた。
 知らぬ間に俯いてしまっていた。視線を感じて顔を上げると、天親先輩がこちらを見ていた。
「人間的な事件だぜ、とても」
 その声音はいつもより優しく、それが余計に不気味だった。
「それに」と天親先輩は言葉を続ける。
「父親の期待に応えることもできる」
「……人を殺すことで?」
「そう。海野さん自身、どこまで計算していたかは知らねえけど。事件の影響で、『アジア仏教諸論概説』は話題になった。問い合わせもあったんでしょう」
「ああ」
「ベストセラーとまではいかなかったかもしれないが、それなりに売れた。結果を出せたんだ。その上で、辞めてもおかしくない状況になれば、父親も流石に許してくれるんじゃないか……そんな期待があったんじゃないか」
「そうだね」と口を開いたのは小鳥遊先生だった。
「確かに海野さんは仕事を辞めたよ。その事件の十年後に、だけど。田所先生が亡くなった後、研究所の担当は外れられてね。全く違う部署に異動になった。研究所自体、しばらく活動を止めていたしね。
 異動にあたって荷物の運び出しを少し手伝ったんだけどね、お父様からは『亡くなった田所先生のためにも、より一層、大学で頑張って働きなさい』って言われたらしい」
 その目には僕たちではなく、その当時の海野さんの姿が映っているかのように思えた。同情の色がそこには浮かんでいた。
「十年後、お父様が亡くなられてね。そこで海野さんは仕事を辞めた。その当時、僕はここの大学で助手として何とか教壇に立ち始めた頃でね、退職日に会いに行ったんだけど、そこでさ、言われたんだ。『君はすごいな』って。なんとなく、忘れられなくてね」
 その時、『蛍の光』のメロディが天井のスピーカーから流れ出した。図書館の閉館十五分前の合図だ。
 時計を見ると午後八時四十五分。
「ああ。もうこんな時間か。申し訳ないね、遅くまで引き留めて。今日はもう帰りなさい。作業の方は、スケジュール、まだ多少余裕はあるから、遅れても大丈夫だからね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、僕は先に出るよ。悪いけど、戸締り頼むよ」
 そう言って去ろうとする先生を天親先輩が呼び止めた。
「先生」と声をかけ、何か考え込むように視線を泳がす。空中に浮かんでいる言葉から、より適切なものを選んでいるようだった。
「夢から目は覚めましたか」
 小鳥遊先生は、少しの間黙って天親先輩の顔を見つめていたけれど、やがてフッと微笑を浮かべ、
「覚めたよ。ありがとう」
 それから「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」と言い残すと、踵を返してさっさと出ていってしまった。
 それを見送ってから、天親先輩も立ち上がる。
「さ、ラーメン食いに行くぞ」
「え? 今日の分の作業、全然やってくれてないじゃないですか」
「じゃ、今日の話のお代が、今夜のラーメンだ。明日の昼飯が作業分」
 どこまでラーメン食べたいんだ、この人。
 でも、反論するにはお腹が減りすぎた。今にも胃袋がぐう、と情けない鳴き声をたてそうだ。
 こうも空腹じゃ、作業もできない。先生も多少遅れても良いって言ってたし、今日はもう良いだろう。
 そう考え、先輩と共に研究所をあとにした。
 
   六
 ラーメン店へ向かう道すがら、僕は先輩に訊ねる。
「さっき、先生に言ってたことってどういう意味ですか」
「んあ?」
「夢から目が覚めたとかなんとか」
「ああ……夢をみてるみたいだって言ってたろ。それでさ」
 続けて何か説明してくれるのかと思ったら、先輩は黙りこくってしまった。
「……先輩、味玉つけても良いですよ」
「お前、俺のことラーメン関係でなんでも釣れると思ってる?」
「思ってますけど……」
 脳天にゲンコツを食らってしまった。
「先生があんな話をしてきたのはなぜか、考えてたんだよ」
 あ、でも説明してくれるのか。味玉追加で。やっぱりラーメン関係で釣れるんだな。
「あんな話って田所先生の事件の話ですか。聞いて欲しいだけだって仰ってたじゃないですか」
「ああ。でも、ちょっと妙だと思ったんだよ。わざわざ学生相手に思い出話だっつって、あんな長ったらしい話するかね」
「うーん、そんなのたまたまじゃないですか? 偶然、目の前にいたのが僕らだったと言うだけで」
「そうかもしれねえ。けど、その割には随分詳細に覚えてるなって思ったんだ。ひょっとしてこの先生、この何十年間、ずーっとその事件のこと、考え続けていたんじゃないかって」
 確かに、先生は何かカンニングペーパーを用意しているわけでもなかった。それなのに、話ぶりは随分スムーズなものだったと思う。
 僕はさすが大学の先生は話しなれているな、くらいにしか思わなかったのだけど。
「ずーっと事件のことを考えていたとして、それがどうかしたんですか」
「早まるなよ。事件のことを、ずっと考えていたのは何故か。人は忘れる生き物だと言うのに」
「まあ、そうですね」
「思うに、先生も海野さんのことをなんとなく疑ってたんじゃないかと思うんだ」
 思わず「へえ?」と間抜けな声をあげてしまった。
「俺が今日話したことは、先生も思いついてたんじゃないかと思う。思いつきもしなかった、みたいな顔してたけど」
 そうだろうか。でもそれなら、「田所先生は他殺であり、犯人は海野さんである可能性が高い」という結論は出ていたことになる。それなのにわざわざ、僕たちに探偵役をさせようとしたのか。
「それなら、その推理を思いついた時点で警察にでも言えば良かったのに」
「時効が既に成立してたかもしれないだろ。一九九四年の事件なら、殺人事件の時効制度撤廃前に時効が成立してる」
 なるほど。それなら確かに、警察に話してもあまり意味をなさない。
「それに、時効成立前に思いついていても、心理的にできなかったのかもしれないと思ったんだ」
「心理的に?」
「先生と海野さんは当時、立場が似ていただろう。親の期待に応えようと各々、仕事なり勉学なり励んでいたわけだ」
 ああ、そういえば、小鳥遊先生もご両親から大学教員になるようプレッシャーをかけられてたって言っていたっけ。
「俺の想像だ」と言ったうえで、先輩は話を続けた。
「先生は海野さんに自分の姿を重ねた。彼は先生にとって、近い将来なるかもしれない姿だったわけだ。つまり、教員になって欲しいと言う期待には応えられず、特別やりたいわけでもない仕事に就くと言う将来像。
 故に海野さんが犯人じゃないか、と思った後もそれを警察や他の人間には話せなかったんじゃないか。同情心もあったし、自分もそうなるんじゃないか、と言う思いもあったんじゃないのか」
「でも、先生は海野さんと違って大学教員になってますよね」
「だからって、すぐに言い出せるものでもなかったろうよ。たとえ大学教員になれたって、海野さんが自分のありえたかもしれない未来の姿だったことに変わりはないだろ」
 それは、そうかもしれない。僕は誰かに自分の将来像を重ねたことはないので、なんとも答えることができなかった。
「そして、歳を重ねて今度は自分が編集委員長になった。当時の田所先生の立場、つまり殺す側である海野さんの立場から殺される側にまわってしまった」
「まさか、自分も殺されるって心配になったんじゃないでしょうね」
 その言葉に先輩はちょっと肩をすくめた。
「頭じゃそんなわけないって分かってただろうさ。でも、ずうっと犯人側の視点から事件を見続けていたのに、気づいたら被害者の立場に立ってしまった。視点の分裂だ。このまま事件のことを自分の中だけでぐるぐる考え続けることはできない。
 しかし、同僚に話すのは躊躇われた。当事者である樋口先生は学内にまだいるわけだから。一歩間違えれば、編集委員長を任されている立場でそんな話をするなんて、実は委員長を辞任したいのか、と思われる恐れもある。話が巡り巡って解任でもされたらことだ。別に編集委員長という役割を捨てたいわけじゃなかったんだろうしな、先生は。
 かと言って、家族だと今度は大学内のことが分からなさすぎる。研究所内の配置図が頭に入っていないと分からない部分もあっただろう。ほら、事務室の中の様子なんかは、学外者の家族じゃ分からないわけだから」
「編集委員長解任の権限もなく、かつ、研究所内のことがある程度わかる人間として選ばれたわけですか、僕らは」
「まあ、本当にたまたまそこにいたから、の可能性もないわけじゃないけど。とりあえず、自分の中だけで考え続けていた事件に第三者を介入させることで、事件に終わりを迎えさせたかったんじゃないか」
 ふと、先生が推理小説云々と言っていたのを思い出した。
 僕は推理小説愛好家でもなんでもないけど、そのジャンルは大抵、起こった事件を探偵役が解決することで幕を閉じる。
 先生も自分の頭の中でぐるぐる回り続けていた事件に、幕を下ろして欲しかったのだろうか。夢を終わらせて欲しかったのだろうか。誰か、探偵に。
 そして、その役割を担ったのが天親先輩だったというわけだ。
「良かったですね。夢が終わって」
 先輩は不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らした。
「だいたい、期待に応えようなんて考えるからいけねえんだ。そんなもん、応える義務がどこにある。応えられねえなら、さっさと断ればいい。そうすれば田所先生も死なずに済んだだろうに」
 僕はそうですね、と頷くことはできなかった。それは自分自身、少なからず心当たりがあったからだと思う。
 予備校に通わせてもらったんだから、大学合格しなくちゃ、先生に指導してもらったんだから学会発表で恥をかかないようにしなくちゃ……今のリサーチ・アシスタントの仕事だって任せてもらってるんだから、きちんと仕事しなくちゃって思っている。
 僕だけじゃない。小鳥遊先生だって、樋口先生だって、他の先生、学生たちだって、ほとんどの人間はそうじゃないのか。
 僕はきっと、これからもずっとそうなのだと思う。周りの目が、期待が気になる。それは原動力であると同時に、自分を縛る呪いでもある。
 ところが、先輩にはそれがないんだ、きっと。自分ができる範囲内でしか対応しない。その範囲が人よりずっと広いからこそ、できる芸当なんだろうけど。
 だからこうやって自由気ままに動くことができる。
 それが羨ましくないと言えば嘘になる。
「でも」と僕は考えた末に言う。
「先輩、先生の期待にはきちんと応えてたじゃないですか」
 最後に先輩が先生にかけたセリフ。あれはきっと、事件はもうお終いですよっていう探偵からの宣言なのだろう。これ以上、その事件について物語が綴られることはありませんよ、という。
「探偵役、お疲れ様でした」
「誰が探偵だよ」
 肘で小突いてくる。
 そうは言いつつも、車のライトに照らされる先輩の横顔は、少し微笑んでいるようにも見えた。
 そうこうしているうちに、ラーメン店の看板が見えてきた。
                   了
 

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