Chapter2:妻が麻雀プロになって最初に感じた喜び
会社員の妻が突然、麻雀プロになった話は前回書いた。
なお、麻雀の卓上も含め、リスクヘッジに長けている我が妻は、勢い余って会社員は辞めてプロ一本!…などという親のドラ切りを見た後にペンチャンリーのみみたいな愚かなことはせず、兼業として麻雀プロの活動をスタートさせた。
妻が麻雀プロになって最初に感じたこと。それは、「妻(家族)が勝ったり負けたりして帰ってくるって、すごく面白い!」ということだ。
これを今読んでいるあなたは、家族が勝ったり負けたりして帰って来ることはあるだろうか。
例えばパチンコや公営ギャンブルなどで「今日は勝った!」「負けた!」とか言いながら玄関のドアを開ける夫(妻)は、全国にごまんといるだろうが、それって本当に「勝ち」「負け」なのだろうか。所詮はお金の増減の話であって、家計に響かない程度、ポケットマネーの範疇であれば、負けたとて「残念だったね」程度の話なのである。
一方で、麻雀プロというのはお金ではないのである。むしろ純粋な「麻雀プロ」だけならお金はほぼ出ていく一方だ。そこにあるのは、純粋純度の「勝ち」「負け」のみでしかない。
だからこそ、妻が勝てば自分も嬉しいし、負ければ自分も悲しい。
ちなみに、これが対局がある日の我が家のLINEである。妻からは対局間のスマホに触れていい時間に逐一結果が入ってくる。

もちろん麻雀である。負けるときは負ける。

傘を忘れたのは知らん。取ってきてほしい。
なお、最近ではABEMAを中心に麻雀の放送対局も増えており、プロ入り間もない妻もすでに放送対局デビューを飾っている。妻の放送対局については、また今度別の章を設けてつづりたいが、放送対局は結果だけ送られてくる対局の比ではないぐらいアドレナリンの分泌がハンパないことだけは、お伝えしておく。テレビで家族が和了ったり放銃したりするを見るのは、とんでもなく興奮するのだ。
もちろん、全ての試合に勝ってほしい。応援する配偶者として当たり前だ。しかし、逆説的ではあるが、負けることがあるからこそ、勝ったときの喜びもひとしお。だから「妻が勝つから面白い」のではなく、「妻が勝ったり負けたりするから面白い」になる。
妻が麻雀プロになった。その後で私が感じた最初の喜びはこれである。
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チップありがとうございます。妻が好きなシラス買って帰ります!