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あり得ない職場の記録|退職届がむき出しで机に置かれていた日


これは、私がその職場を離れる直前に起きた出来事の記録です。

当時は驚きましたが、今はただ、  
「そういう場所だったのだ」と理解しています。

退職届の扱いは、その組織の文化を静かに映し出します。

これは、その一例です。




「21番の席に退職届を置いておきます」

そう言われていた。

21番の席は、トイレの隣にある講師用の座席だ。
私はそこに退職届を提出することになっていた。

数日後、職場に行った私は、念のためその退職届を確認しようと思った。

けれど、21番の席には何もなかった。

代わりに見つけたのは、面談室の机の上だった。

クリアファイルにも入らず、封筒にも入らず、
ただ一枚、むき出しのまま置かれていた。

一瞬、目を疑った。

これが、退職届?

自分の名前が書かれたその紙は、
誰でも入れる場所の机の上に、無造作に置かれていた。

私は講師チャットで確認した。

「21番の座席に置いておくと伺っていたのですが、面談机に置かれていたものが該当でしょうか」

返ってきたのは、

「こちらの伝達に不備があったようで申し訳ございません。面談机に置かれているもので間違いありません」

という返答だった。

つまり、伝達ミスだったらしい。

そして同時に、
この管理状態そのものは、特に問題とは認識されていないようだった。

個人情報を含む書類が、
封もされず、保護もされず、机の上に置かれている状態。

それが、この職場では“通常の状態”だった。

そのとき、不思議なことに、悲しさはなかった。

ただ、

「ああ、最後まで、そういうところなんだな」

と理解しただけだった。

怒りが全くなかったわけではない。

正直に言えば、
(いい加減にしろよ)
とは思った。

けれど、それ以上に強かったのは、
感情ではなく、理解だった。

退職届は、ただの紙だ。

けれど同時に、それは
その人間が、その場所に属していた証明でもある。

そして、その扱い方には、
その組織が人をどう扱っているかが現れる。

丁寧に封をされているか。

管理者の手元に保管されているか。

それとも、

むき出しのまま、机の上に置かれているか。

そこには、言葉よりも正直な文化が現れる。

私は、自分の退職届がむき出しで置かれているのを見たとき、

「ああ、私はもう、この場所の人間ではないんだな」

と、はっきり理解した。

それは、寂しさではなく、

ただの事実として。

その紙は、私の退職届だった。

そして同時に、

この職場のすべてを象徴する、一枚の紙でもあった。



退職届は、ただの一枚の紙です。

けれど、その扱われ方を見たとき、  
私はこの場所のすべてを理解した気がしました。

怒りはもうありません。

ただ、あのとき感じた違和感の意味を、  
今ははっきりと言葉にできます。

これは、「あり得ない職場の記録」の、ほんの一例です。

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