大好きだから、逃げていた
私は書くことが好きです。というか、もともと口下手で話すのが苦手なので、文章でしかうまく気持ちを伝えることしかできないというのが正しいかもしれません。
過去を振り返ってみると、小学生の頃は、習い事で出会った遠方に住む友人と文通をしていたし、好きな男の子にもラブレターを書きました。
電話をすることも苦手だったので、インターネットの普及に合わせてメールができるようになったことは、私にとってありがたすぎることでした。
そして、その後のSNSの普及に合わせて日記(ブログ)を書き始め、書く媒体は色々変わったものの、15年以上書きつづけています。
しかし、3年前に1000記事ほど書いてきたアメブロからnoteに移行したものの、最初に何記事か書いて、結局そのままになってしまっていました。
ちょうど世の中はコロナ禍でロックダウンになり、世界が一変してしまった頃。
そんな頃の私はというと・・・
出歩いてはダメと禁止されると、動きたくてうずうずしてしまうもので。
当時は北海道の大自然の中に暮らしていたので、大自然の中でできることを、と初めて農家さんのお手伝いに行き、農業を学んでいました。
その後も、今までチャレンジしたくてもできていなかったダンスに挑戦してみたり、友人と登山をしたり、とにかく肉体を使って、動けないなりに動きまくっていた気がします。
その時間にももちろん意味があって、すごく満たされたのですが、
何かものたりないというか、何かがちがう…
という気持ちに気づきました。
改めて自分の心の声と向き合ってみると、私の魂が求めていることは、やっぱり文章を書くことでした。
自分の経験を文章にして、販売すること(出版)だと気づいたのです。
本当は前々からそれに気づいていたし、いつか自分の書いた文章を「本」という形にして世に出したい、とウィッシュリストにも書いていました。
でも、すごくすごく大切な夢だからこそ、失敗することへの恐怖や不安がものすごく大きくなってしまっていたのです。
私の文章に価値なんてあるんだろうか。有名人でもすごい実績があるわけでもない私に・・・
紙の本を出版というとハードルが高いのは事実だけど、最近はkindleで誰でも出版できる時代になったし、このnoteでも1記事100円単位で販売できるんです。すごくハードルが低くなったのに、なぜか重い腰がなかなか上がりませんでした。
大好きだからこそ、思いが強ければ強いほど、うまくいかなかったときの落胆が大きい。失恋したときのように・・・
だからずっとチャレンジするのが恐かったんだと気づきました。
そんな私に勇気をくれたのがこの方の記事。
あなたが、世界中であなたにしかできない経験や思考をして、それを時間や労力をかけて、大切に文章にしたわけです。
それは、果たして、無料でしょうか?
そんなことはないと、ぼくは言いたい。
いいんです、だからといって実際に有料にする必要はなく、あえて無料にするならいいんです。
あなたが書くもの、生み出す言葉は、有料であって然るべき
という前提に立ったうえで無料にするのと、無料で当たり前だよねと深く考えずに無料にするのとでは天と地ほどの差が生まれます。
時間が経てば経つほどに、その差はどんどん大きくなっていきます。
雷に打たれたような衝撃を受けました。本当に末吉さんのおっしゃる通り。
私は、私だけにしかできない経験をして、それを時間や労力をかけて文章という形にした、だからそこに価値がついて然るべきなのだ、と初めてそう思えました。
ずっとずっと自分に自信が持てなかっただけ。大好きだからこそ、逃げていただけなんだ、とやっと気づけました。
でもこれからは、大好きだからこそ、真正面から向き合っていきます。
「書くこと」に。
