ローリィの旅立ちと、大阪へ。
2024年
リル新年を迎えられた!
超低空飛行でここまで頑張ってくれた
本当に奇跡だ。
2024年1月22日
買い物に出ていた先で、母からの連絡。
実家の愛犬ローリィが亡くなってしまった。
鼓動が早くなって、心臓が飛び出そうな中、
嘘嘘嘘....とぶつぶつ言いながら大急ぎで帰ってテレビ電話を繋いだ。
これが愛犬が亡くなるということか….。
この出来事は、「いつか来る日」を否応なく現実にした。
とても恐ろしかった。
でも、大好きな母の帰りを待って、母の腕の中で息を引き取って。
『ローリィならきっとさいごはこうするよね。』
家族でいつも話していた通りだった。
悲しくて、あたたかくて、不思議な気持ちだった。
脳炎を患って5年、あと1ヶ月で18歳。
愛されて、たくさん奇跡を起こして、立派な生涯だった。
母は生前から『本当は仕事やめてずっとお世話してあげたいのにごめんね』とローリィに話していたので、その後悔が強かったけど、
『ローリィはそれがもう日常なんだから。ルーティンなんだよ。帰ってきたらこんなに溺愛されてるんだから顔も安心してるし、いつもめちゃくちゃ幸せな顔だったよ』と伝え続けた。
そしてわたしはローリィが亡くなって約1週間後の2月から、ちょうど舞台稽古で実家のある関西に1ヶ月強戻る予定だったので、母にリルのお世話を手伝ってもらった。
バタバタさせたけど、一緒にローリィの話をして泣いたり、笑ったり。
『忙しくしてたおかげで、少し悲しさが紛れてたかも』と後から話してくれた。
なんてベストタイミングだったんだろう。

舞台中は本当に、母のおかげで助かった。
リルのお世話を手伝ってもらい、溺愛されて、リルの顔は完全におばあちゃんに甘える孫の顔だった笑。
ずっとひとりで向き合っていたので、信じられないぐらい心が軽やかになった。
舞台にも集中できた。本当に感謝。
と同時に、
え、舞台終わったら東京に帰って、またひとりといっぴきで病気と向き合うの?ちゃんとできるかな。と不安でたまらなくなるぐらいだった笑。
点滴だけは、相変わらず。
毎回虐待を疑われるレベルで叫ばれるし、また血出しちゃったし、いまだに慣れず。
毎回新鮮な気持ちでビビり散らかしております。
いつ慣れるんだ?笑。
そしてリルの体調ですが、
東京で、息つく暇もないくらい急変急変だったから、先生とたくさんお話しして、
何か起きたらこうしようああしようと作戦を立ててきていたけれど、
不思議なことに舞台期間中、
小さな波はあったものの、一度も大きく体調が悪化することはなかった。
どういうこと!?
ただただびっくり。
リルが頑張ってくれていたとしか、考えられなかった。
あとはきっと、
久しぶりの大阪、家族のみんなが嬉しかったのかな。とっても満喫している様だった。
もしかすると、私が好きな仕事に没頭しているのもリルは安心して、嬉しいのかもしれない。と感じた。
ローリィが亡くなって間もないので、
リルは部屋中の匂いを嗅いでしばらくローリィを探していて、その姿は切なかったな。
家族のみんなありがとう。
リルも頑張ってくれて、安心の時間を作ってくれてほんとにありがとうね。
リルの想いも受け取れた気がした。
