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紫式部日記第142話丹波守の北の方をば (赤染衛門)

(原文)
丹波守の北の方をば、宮、殿などのわたりには、匡衡衛門とぞ言ひはべる。ことにやむごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしく、歌詠みとてよろづのことにつけて詠み散らさねど、聞こえたるかぎりは、はかなき折節のことも、それこそ恥づかしき口つきにはべれ。ややもせば、腰はなれぬばかり折れかかりたる歌を詠み出で、えも言はぬよしばみごとしても、われかしこに思ひたる人、憎くもいとほしくもおぼえはべるわざなり。

※丹波守:「丹波守」大江匡衡。文章博士。式部大輔。
※匡衡衛門:赤染衛門。大江匡衡の妻。道長北の方倫子に仕え、その後中宮彰子に仕えた。中古36歌仙。勅撰和歌集に93首入集。清少納言、紫式部と親交があった。

参考:小倉百人一首
やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな
 (あなたが来ないと知っていたら) さっさと寝てしまえばよかったのに、(あなたの約束を信じて待っていたので) 結局、明け方の月が西に傾くまで眺めておりました。

(舞夢訳)
丹波の守の奥様のことを、中宮様の御所や道長様のお屋敷では、「匡衡衛門」と言われております。このお方は、特別に優れていると認められてはおりませんが、実に本格的であって、歌人としては、どんな時でも詠み散らす、とはいたさないのですが、私が噂を聞く限り、ふとした機会に詠んだ歌は、それこそ「頭をさげるしかない」、そんな詠みぶりなのです。それを考えれば、「腰折れ歌」どころではなく、腰が離れてしまっている、そんな珍奇な歌を詠んで、どうとも言いようのない風流を気取るだけのくせに、「自分こそは賢い」と思い込んでいる人については、憎らしいとも思いますし、ある意味、その身の程知らずに、かわいそうにも思えてしまうのです。

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