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#002|マンモスは大ピラミッド建設後も生きていた?|歴史・心理・言葉の雑学3選

「マンモスって、いつごろ絶滅したと思う?」

そう聞かれたら、多くの人が「氷河期の終わり、大昔でしょ」と答えると思う。僕もずっとそう思っていた。でも調べていくうちに、ちょっと信じがたい事実にぶつかった。

今日はシリーズ第2号。歴史・心理・言葉の3ジャンルから、僕が「これは誰かに話したくなる」と思った雑学を3本。最後には、中身が無いのになぜか怖い、という不思議な怪談も置いておく。

マンモスが生きていた頃、ピラミッドはもう建っていた

エジプトの大ピラミッドが完成したあとも、地球にはまだ生きたマンモスがいた。

初めて知ったとき、僕は思わず二度見した。マンモスと古代エジプト文明が「同じ時代に存在した」なんて、頭の中でまったく結びつかない。順番に説明しよう。

ケナガマンモスといえば氷河期の生き物。ユーラシアや北米大陸にいた群れは、たしかにおおむね1万年前ごろに姿を消していった。ところが、シベリア沖のウランゲリ島という孤島には、取り残された小さな群れが生き残っていた。海面が上がって島が本土から切り離され、天敵も人間の狩りもほとんど届かない。そんな環境で、彼らは200世代以上も命をつないだ。

その最後の個体群が絶滅したのは、少なくとも約4,000年前(おおむね紀元前2000年頃)と考えられている。いっぽうで、ギザの大ピラミッド(クフ王のピラミッド)が完成したのは紀元前2560年頃とされる。どちらも書かれた記録がないための推定値だが、突き合わせると、ピラミッドが建ったあとも、さらに500年以上、島の上にはまだマンモスが生きていたことになる。

もう一段おもしろい話を。「マンモスは近親交配でジワジワ弱って滅びた」というのが、長く定説とされてきた。でも2024年にCell誌で発表されたゲノム解析では、この島の群れは絶滅の直前まで、頭数(個体数)としてはむしろ安定していたと分かった。遺伝的な多様性はゆるやかに減っていたものの、近親交配で急激に弱っていくようなサインは見られなかったという。だからジワジワ弱って滅びたというより、極端な気象のような突発的な出来事で、比較的あっけなく姿を消した可能性が高いと考えられている。

誤解しやすいのは、「マンモス=1万年前に絶滅」で話が終わっていること。それは大陸の群れの話で、孤島の群れだけは、仲間が消えたあともさらに約6,000年、古代エジプトが栄えた時代まで生き延びていた。ここが、すっぽり抜け落ちやすい。

10秒で誰かに話すなら——「マンモスってさ、ピラミッドが建ったあとまで生きてたんだよ。シベリアの孤島に、氷河期を生き延びた群れが約4,000年前まで残ってたんだって」。歴史や動物の話題になったとき、あるいは博物館デートでさらっと出すと、かなり効く。

Photo by Jonathan Cooper on Unsplash

新しく覚えた言葉が、急にやたら目につく理由

新しく知った言葉が、その後あちこちで目に入るのは、実際に増えたからではない。あなたの「気づきやすさ」が変わっただけだ。

これ、心当たりのある人が多いと思う。ある単語を覚えたとたん、テレビでも本でも会話でも、急にその言葉に出くわすようになる。まるで世の中が突然その話題で持ちきりになったみたいに。

でも、世の中での実際の出現頻度は、ほぼ変わっていない。変わったのは自分側だ。これを「頻度錯覚(frequency illusion)」と呼ぶ。仕組みはシンプルで、2つの心理が組み合わさっている。ひとつは選択的注意——気になったものに、自然と目が向くようになる。もうひとつは確証バイアス——「ほら、またあった」と、自分の予想に合う例だけが記憶に残る。だから「急に増えた」と感じる、というわけだ。

名付け親は、スタンフォード大学の言語学者アーノルド・ツウィッキー。2005年に、この現象を「頻度錯覚」と呼んだ。ちなみに通称の「バーダー・マインホフ現象」には、別の由来がある。1994年、アメリカ・ミネソタの新聞の投書欄に「ある組織の名前を24時間以内に2回も見聞きした」という体験談が載り、その組織名がそのまま呼び名になった。現象の中身とは関係のない、たまたま使われた固有名詞だ。

10秒で誰かに話すなら——「新しい言葉を覚えると急にあちこちで見かける、あれ『頻度錯覚』って名前がついてるんだよ。実際に増えたんじゃなくて、自分が気づきやすくなっただけなんだって」。相手が「最近やたら見る気がする」と言い出したら、すかさず出すと盛り上がる。

「失笑」は、あきれて笑えないことではない

「失笑」の本来の意味は、こらえきれずに噴き出してしまう笑いのこと。あきれて笑いも出ない、ではない。

「あまりのひどさに失笑した」——こう使うと、たいてい「あきれて言葉も出ない」というニュアンスで受け取られる。でも本来は、むしろ逆に近い。「失」の字には、うっかり外に出す、思わず漏らすという意味があり、「失笑」は笑いをこらえきれずについ噴き出してしまうことを指す。デジタル大辞泉でも「おかしさのあまり噴き出すこと」と説明されている。

面白いのは、この誤解がかなり広まっていること。文化庁の「国語に関する世論調査」をもとにした文部科学省の解説によると、本来の「こらえきれず吹き出して笑う」を選んだ人は27.7%、つまり3割弱。いっぽうで「笑いも出ないくらいあきれる」という、本来とは違う意味で理解している人が約6割(60.4%)にのぼった。もはや誤用のほうが多数派、という状態だ。

言葉の意味は時代とともに移り変わるものだから、どちらが絶対に正しいと決めつけるのは難しい。ただ、本来の意味を知っておくと、小説やニュースで「失笑」に出会ったときの読み取りが、少し変わるはずだ。

10秒で誰かに話すなら——「『失笑』ってあきれて笑えないことだと思われがちだけど、本当はこらえきれず噴き出す笑いのことなんだよ。しかも本来の意味で使えてる人、3割もいないんだって」。言葉の話や、誰かが失笑を使った場面でそっと出すと、ちょっと物知りに見える。

今日、増えた3つの引き出し

マンモスは、ピラミッドが建ったあとも生きていた。新しく覚えた言葉が急に目につくのは、気のせいに近い。そして「失笑」は、あきれる笑いではなく、噴き出す笑いのこと。今日も、誰かに話したくなる引き出しが3つ増えた。

今日の都市伝説:中身のない怪談「牛の首」

この世でいちばん恐ろしい、とされる怪談があると言われている。その名も「牛の首」。

語り継がれてきたところによると、この話を最後まで聞いた者は、あまりの恐ろしさに死んでしまう、あるいは発狂してしまうという。だからこそ、中身を語れる者が誰もいない。「とにかく怖い」という評判とタイトルだけが、世代を超えて伝わってきた。中身を知る人が一人もいないのに、怖さの噂だけが独り歩きしている——そんな不思議な話として囁かれている。

実際のところ——実体のある「牛の首」という怪談は、確認されていない。つまり、恐ろしい中身は最初から存在しないと考えられている。SF作家の小松左京が同名の掌編で「中身が語られない怖い話」という構造そのものを描いており、これが広まる一因になったといわれている。怖い噂そのものが本体、というメタ的な怪談なのだ。

あくまで都市伝説。でも、中身が無いのに怖い、というのが逆にゾクッとしないだろうか。

情報源

3つのうち、あなたがいちばん「まじか」と思ったのはどれだろう。よかったら、コメントで教えてください。

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