【連載小説】ダッチン! ~日本の寄付を文化に変える男~ ≪5≫
5 岩田尚樹の談
これは、ご丁寧に、ありがとうございます。
岩田と申します。3年前に定年退職したものですから、今は、名刺を持っておりません。ご容赦ください。
警察官ではありません。警察事務員でした。
一般の方には、一見、同じように見えるかもしれませんね。警察署内での勤務ですから。
警察事務員は、刑事や警察官が捜査などの本業に専念できるよう、裏方業務の一切を担当いたします。
ええ。その業務の中に、拾得物の問い合わせ対応も含まれております。
20年も前のことですか。
ウサギ? ……ウサギですかぁ。
さあ、さすがに20年も前のことですからね、残念ながらシッカリと憶えております。
ははは、憶えております、憶えております。
ウサギの落とし物というのは大変珍しいですからね。今でも鮮明に記憶しております。
あれは、8月の下旬でしたね。
あと数日で9月というのに、あの日は、えろう暑かった。たぶん、30℃以上の真夏日だったと思います。
今では9月も、ほぼ真夏です。しかし、ご存じのように20年前は、お盆をすぎると、暑さがホンの少し和らいだものです。あの頃には、秋というものがキチンとありました。
しかし、あの日は太陽がギラギラと煮えたぎっておりましてね、そんな日の午後の2時か3時か、その時分です。
署に、1本の電話がありました。新人の事務員が、なにやら困惑しておりましたので、私が対応を代わったのです。
お電話は、若いママさんからでした。ママさんの背後から、2人の男の子の声が、ちょくちょく聞こえたのです。
そのママさんは、「ウサギが1羽、ゲージごと河原に捨てられていた」と、そして「今は、わが家で保護している」と、言いました。
丁寧な話し方で、でも何か不自然で、……思えばあれは、怒りを必死に抑えていたのかもしれません。そのウサギは、今は少し元気になったが、最初はグッタリしてほどんど動かず、瀕死に近い状態だったと……。
放っておけないので、わが家にゲージごと持ち帰り、すると、子どもたちは「ウチで育てよう」と言い出し、しかし、それは、遺失物横領になると思うのだが、実際のところどうなのでしょうか?
……とまあ、そういう内容でした。
なんというか、正義感の強いママさんだなぁ〜、という印象を受けました。
怒りを抑え冷静に、理路整然とした話し方で、後ろで子どもたちが「ええやん」とか「なんで」とか言っていたのですが、それに対して、やさしく道理を説いておりました。
まず私は、ウサギを保護した場合の一般論を説明しました。
ペットは、法律上【物】であること。
保護してくださったウサギは、【拾得物】であること。
所有権は、飼い主にあること。
そのまま飼育することは、遺失物横領になるかもしれないこと。
そして、飼い主が探している可能性が、ゼロではないこと。
そういう説明をしたワケです。
手順としては、まず、拾得物の届出が必要となります。
ただし、保護されたウサギは、今、たいへん衰弱している。
また、たまたま保護してくださった方のご自宅は、署のすぐ近くです。
さらに、保護者はそのウサギを、自ら「飼育したい」と訴えている。
ウサギを預かっている現状を、迷惑だとは思っていない訳です。
私は、「飼い主から問い合わせがあるかもしれませんので、そのまましばらく保護していただけますか?」と伺いました。
ひとつは、署に持ってきてもらった場合、「保護」というよりも「保管」に近い状況となるからです。
署で保管するよりも、ママさんや子供たちに世話してもらった方が、ウサギにとっても良いだろうと考えました。
もうひとつは、小動物を一時的に保管するということが、本音を申しますと、大変めんどうでして……。
こちらから押し付けることはできませんが、発見者が自発的に保護すると言ってくださった場合、大変ありがたいと言うか、何かと大いに助かる訳です。
とは申しましても、小動物を警察署で保管できるのは、数時間から1日です。
例外はありますが、原則、一両日中に飼い主が現れなかった場合、保健所や、動物愛護センター、動物保護センターなどへ相談することとなります。
もし、発見者が飼育を希望しても、3か月は飼い主に所有権がありますので、動物保護センターで預かるのが普通です。
しかし、これも原則であって、例外的に発見者に保護をお願いすることもあります。
とまあ、長々と説明いたしましたのは、仮にウサギが捨てられていたとしても、飼い主を探すことが原理原則なのですよ。飼い主を見つけ、飼い主にお渡しする。
これが原則です。
捨てたとは限りませんし、捨てたのは事実だったとしても、心変わりし、今は探しているかもしれません。
警察も、保健所も、保護センターも、飼い主を探す、あるいは、飼い主が現れるのを待つ、という原則で動きます。
法的には、飼い主の【物】であり、飼い主の【財産】なのです。
そういう原則がありますので、発見者の子供たちやそのママさんが飼育を望んでも、また私も、その方が良いと思ったとしても、私は、飼い主を探す努力を行なわない訳にはゆきません。
まあ、警察事務員の仕事は、拾得物の対応だけではありませんので、できる努力もごくごく限られております。
私は、近隣のペットショップへ電話をしました。たったの数件です。
ウサギの飼い主さんに、心当たりがないでしょうかとお訊ねしました。付け加えて、もし、飼い主さんから問い合わせがあったなら、署へ電話するようお伝えいただきたいと、協力の要請をいたしました。
私の行なった飼い主探しの努力は、たったそれだけです。
その作業の途中で、事務員の部下から思わぬ情報がもたらされました。その部下は「あくまでもウワサ話なのですが」という枕詞を付けて、発見者のママさんは、ご近所のママさんたちから「変わり者」とか「常識がない」などと言われて、少々、煙たがられていると……。
保護されたウサギを、どこに預けるか。飼い主が現れたなら、どのように対応すべきか。私は、そのような判断を行なう立場にあります。
だからこそ部下は、私が、より正しい判断を下せるようにと、判断材料の1つを正確に報告した訳です。
「あくまでも噂話」という枕詞を、キチンと付け加えての報告でした。
事実なのか噂話なのか、この違いは重要ですからね。
そんなこんなで、夕方5時半のちょっと前でしたね。
電話が鳴りました。
「ウサギがいなくなって、警察に届けられてませんか?」と、かなり切羽詰まった声でした。
ええ、私が直接、電話に出ました。
河原にウサギを置いて、ちょとして河原に戻ったら、ゲージごとウサギがいなくなったという説明でした。
あのウサギで間違いないでしょう。
でも、慎重に言葉を選びました。例えば、こちらから「ああ、あの茶色の」とか「あの子ウサギですね」などと、特徴を口にしてはイケません。そのような特徴は、必ず相手から言ってもらいます。
ですから最初は、総合窓口かというような体で話をします。
まずは、その方のお名前を伺います。
探しているのはウサギで間違いないですか?と聞き、相手は「はい」とか「ええ」と言いますので、では、そのウサギの特徴は?と、質問するのが基本です。
足立さんは、フルネームを名乗り、「まだ1歳にならない子ウサギです」「色は、薄い茶色というか、ベージュ色というか、そういう色です」と、迷うことなく特徴を語りました。飼い主ならではの答え方でした。
同時に私は、足立さんの口調から、不良少年の気配も感じました。不良少年が頑張って敬語を使っている、その口調に似ていたのです。警察署では、少年の補導は日常茶飯事ですから、何百回と耳にした口調です。
はじめは、保護してくださったママさんの住所を教えて直接行ってもらおうと考えていたのですが、その考えを改めました。
足立さんには、署に来てもらうことにしたのです。足立さんとママさんとを、2人だけで直接会わせてしまうと、ひょっとしたら揉めてしまうかもしれません。それを回避するためです。
足立さんが署に来て、私は、自分の判断が正しかったと確信しました。
ダボダボのズボンにダボダボのシャツ。
庇が一直線の野球帽。
猫背で少しアゴが出ていて、かつ、下から睨む。当人には睨んでいるツモリはないのかもしれませんが、しかし、眼光が鋭い。
私くらいの年代の者にとっては、眉をひそめたくなるファッションであり、姿勢であり、眼つきなのです。
シャキッとせんか、とか、何だその眼はと、昔なら言ったかもしれません。
ママさんは若いですから、私と同じような嫌悪感を抱くとは限りませんが、しかし、一度ウサギを捨てた人で、かつ、その若者は不良っぽい……。
正義感の強そうなママさんは、ウサギのことを案じ、返したくないと言い出すかもしれない。その結果、彼と揉めるのではないか。
……とまあ、そんな心配をしたワケです。
その心配から私は、彼を案内することに決めたのです。私が一緒なら、ママさんを守れますからね。
ママさんは、小さな男の子2人と一緒に玄関から出てきました。
そして、いきなり、かなり厳しい言葉で足立さんを責めました。
「命を何だと思っているの! ウサギはあなたのオモチャじゃない、生き物なの! 命なのよ! 猛暑の河原に放置するなんて、そんな人にペットを飼う資格なんて無いわ! 直射日光にさらされてグッタリしてて、瀕死の状態だったのよ……。そんな人は生き物を飼っちゃいけない! 違う?」
驚きましたよ。完全な、お説教です。
目の前の若者は、そんなことを言ったなら、売り言葉に買い言葉で、罵声を上げるタイプです。
手が出るかもしれません。普通なら怖くて言えませんよ。
私は、緊張しました。
足立さんが、感情的な反応を返すと思ったからです。
ところが足立さんは、静かに立ったままでした。
そして、「申し訳ありません」と、きちんと頭を下げたのです。
「かつおを助けてくれて、ありがとうございます」と言って、さらに深く頭を下げました。
これまた、私にとっては驚きでした。
「てめえ!」とか「なんだ~」とか「返せ!」とか、そんなセリフしか予想できなかった。罵倒されたらキレるのが、不良少年の常ですから。
ママさんも、不思議に感じたようでした。
予想していた反応と違ったのでしょう。
足立さんは、「かつおを、二度とこんな目には、絶対にあわせません。僕が責任を持って大切に育てることをお約束しますので、かつおを返して下さい。お願いします」と、重ねて頭を下げました。
ママさんが、首を小さく傾げました。
私も同じ思いでした。
「あなたが捨てたんじゃないの?」と、ママさんは質問しました。
実は、足立さんが河原に捨てたのでは、なかったのです。
ウサギを預けていた友人が、一時的に河原に置いたそうです。その一連の経緯も聞きましたが、ウソを言っているとは思えませんでした。
足立さんは無実なのに、ママさんに厳しく糾弾されて、それでも一切、言い訳をしなかった。友達のせいなのだ、という説明もしなかった。
そのような事情があったのなら、普通「河原に置いたのは、友人なんです」って、真っ先にそう言いたくなるものです。
私なら間違いなく、会話の冒頭で、そのように説明します。
若い彼が、言い訳をしない方が印象が良くなると、そんな計算をしたとは考えにくい。
おそらく彼は、ウサギを保護してくれたことに、心から、感謝をしていたのでしょう。
それしか考えられません。
ママさんは、表情をゆるめて、優しい声で、「ちゃんと育ててね」って言いました。
すると、お兄ちゃんが泣きだしました。お兄ちゃんは、ウサギを飼う気満々だったのでしょう。
するとね、ママさんは、こんなことをお兄ちゃんに言ったのですよ。
「見てたでしょ? 私は、この飼い主のお兄さんを思いっきり叱ったよね? お兄さんは逆ギレした? そんなことなかったよね? そもそもこのお兄さんが河原に捨てた人じゃないのは、タケシも聞いてて分かったでしょ? 良い飼い主さんだったなら、ウサギをお返しするって、約束したよね?」
足立さんはヒザをついて、2人の子供に目線を合わせました。
「ウサギの名前は『かつお』って言うんだ。…かつおを助けてくれて、ありがとう」
弟くんが、「ママ、この人も泣いてるよ」と言いました。
なんか、その一言が、タイミング的に妙に可笑しくて、みんなが笑顔になったのです。
泣いたカラスがもう笑ったの、そのお手本のように、お兄ちゃんは笑顔になって小指を出しました。
「ちゃんと育ててね」と言って。
「ちゃんと大切に育てる。約束する」と足立さんが小指を出すと、「僕も」と弟くんが言うので、3人で指切りげんまんをしていました。
ママさんが、ゲージに入ったウサギを持ってきて、「かつおって、可愛い名前ですね」と言って、足立さんに渡しました。
足立さんは、元気なかつおを見て、心底ホッとしていました。
かつおの動きも、足立さんを飼い主と示していましたね。嬉しそうに小さく跳ねるのです。
子供2人が「かつお、バイバイ!」と言って……。
お兄ちゃんの目には、涙が溜まっていて……。
実は私、もらい泣きしたのです。
こうして話していると、あの時の光景が浮かんできて、また泣いてしまいそうです。
そうそう。
そのあと、ちょっとしてから分かったことがありましてね。
ウサギを保護してくださったママさんのことです。
彼女は、変わり者でも非常識でもなかったのです。
竹を割ったようなスカッとした爽やかな性格で、イエス、ノーを、誰にでもハッキリと伝える方でした。今でいう忖度などを全くしない人でした。
そのような性格ですから、一部の方からは誤解された訳です。
実際は、賢く、冷静で、正義感もあり、ブレない方です。忖度はしないが、思いやりの精神は豊かで、大切な人への配慮を欠かしたりはしません。ただ、自身の評判には無頓着なんですね。
要は、純粋な方だったのです。
徐々にその真実が伝わり、悪いウワサは完全になくなりました。
逆に、あっという間に、信頼のおけるママさんだと、ご近所の方たちに認知されました。
私の部下の、「あくまでも噂話」という一言は、的を射ていたのです。
それなのに私は、悪い噂話を、多少、先入観に加えてしまっていた。恥ずかしながら、そうだったと思います。
そして、足立さんに対しても、私は酷かった。
私は、第一印象で、足立さんの人となりを決めつけてしまい、警戒心を抱き、本当に礼を逸してしまった。
彼は、口調や服装とは真逆で、実に礼儀正しかった。失礼な発言は皆無。相手を睨み、脅すなども、全くありませんでした。
あのママさんは、おそらく、外見で人を判断する方ではなかったのですね。私とは大違いです。
おかげで私は、襟を正すことができました。
人を外見で判断しない。一切の先入観を捨てる。
この気づきは、以後の私の業務を、確実に良いものに変えてくれました。
オラつくチンピラ風の人でも、礼を欠くことなく、先入観を捨てて対応しました。すると彼らは、お前イイ奴だなと、手のひらを返し優しくなったりします。
逆もありました。
良いスーツをパリっと着こなし、高級車で訪れ、物腰柔らかく、言葉遣いも丁寧。しかし、その実は嘘つきで、財布の落とし主ではなく、落とし主だという演技だった。
私は、そんな演技にも、引っ掛かることはありませんでした。
人を見た目で判断しない。
先入観を捨てて接する。
この座右の銘は、業務だけではなく、私の人生も豊かにしてくれました。
岡さんは、この座右の銘の効果が想像できますか?
この座右の銘の最大の効果は、私が、私を好きになれることです。
例えば私は、噂話を信じません。
そのような噂話があるのは事実。しかし、噂話が事実とは限らない。
私は、常に、自分の目と耳で確かめるように心がけました。
自分で判断することを習慣にすると、ごく自然に、人のせいにしなくなります。人のせいに出来ないのです。
分からないときは、分からないで良しとします。
昔は無意識に、「分からない」と言うことは恥ずかしいことと思っていましたが、今は真逆です。
軽々に「分かった」という方が、そっちが恥ずかしい行為だと思います。
そんな自分の変化を、いいな、って思えるんです。
自分のことを、より好きになれるのです。
あのとき私は、本当に大切なことを学ばせていただきました。
ということは……。
私は、ウサギを河原に置いた、足立さんのご友人にも感謝しなきゃいけませんね。
ところで、かつおのその後は?
そうですか。14年の天寿を全うされましたか。
良かった、良かった。
きっと、かつおは幸せだ。そう思っておりました。
本当に、良かった。
6 に続く
PS.
この記事は、小説です。
連載します。週1の投稿を目標とします。
でも、ときどき隔週になるかもしれません。ご容赦くださいませ。
おそらく、21話前後となります。
1話から読みたい方はコチラからどうぞ ↓
雅樹さん ⇓ が主人公の物語です。
雅樹さんに、Zoomインタビューを行ないました。
それを元に書いています。
あと、
雅樹さんのnote記事も参考にしました。
雅樹さんのkindle本も参考にしました。
ゆえに、雅樹さんのことはほぼ実話です。
それ以外の登場人物についての描写は、
インタビュー、note記事、kindle本、などの実話を元にして
僕が創作したものです。フィクションです。
登場人物には、一部、架空の人物もいます。
物語の案内役である小野寺未唯みいは、
ミイコさん ⇓ がモデルです。
モデルと言っても、描写は僕の創作です。
『かつおクラブ』はコチラです。
『宇宙兄弟』寄贈プロジェクトはコチラです。
このように、noteにはリンクも貼ります。
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テイルズはこちらです。
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