「腕なんてなくなればいいのに」——“グレーゾーン”の息子が放ったひとこと
🟡はじめに
「腕なんてなくなればいいのに」
小学1年生だった息子が、ある日ぽつりとつぶやきました。
その頃の彼には、まだ“発達障害”という診断はありませんでした。
きっとそうだろうと感じながらも、「グレーゾーン」として通常級で日々を過ごしていた時期です。
授業中に立ち歩く。お友だちを叩いてしまう。怒られてばかり。
私も叱ってばかりで、息子の気持ちを本当に理解できていたかどうか——。
🟡「手が出る」——その背景にあった葛藤
ある日、またお友だちを叩いてしまった息子に私は聞きました。
「叩いちゃダメって言われてるよね? お母さんに怒られると思わなかった?」
息子はうつむいて、ぽつりとこう言いました。
「怒られるのはわかってる。お母さんの顔も浮かぶよ。でも、その前に手が出るんだ。だから……腕なんてなくなればいいのに」
この言葉に、私は胸を突かれました。
息子は“わかっている”子でした。ただ、その“わかっている”の先にある衝動に、自分でもどうしたらいいかわからなかったのです。
🟡一緒に考えよう。大人の「決めつけ」からの脱却
「じゃあ、一緒にどうしたらいいか考えてみようか?」
息子にそう声をかけました。叱るのではなく、対話をすること。
それができるようになるまで、私自身にも時間がかかりました。
立ち歩きの場面では、「トイレに行きたい」と先生に伝えるように作戦を立てました。
お友だちとトラブルになりそうな時には、「その場を離れる」練習もしました。
もちろん、うまくいかないこともたくさんあります。
でも、“行動の裏にある理由”を見ようとしたことが、私たち親子にとっての大きな一歩だったと思います。
🟡「困っている子」を支える視点へ
今ならはっきりと言えます。
息子は「問題行動をする子」ではなく、「困っている子」だったのです。
ADHDや自閉スペクトラムなどの発達特性は、外からは見えにくい。
でも、確かに存在していて、子ども自身が一番苦しんでいます。
「理解してもらえない」「叱られるだけ」
そんな経験を重ねるたびに、自己肯定感は削られてしまいます。
私たち大人ができることは、まず「聴くこと」。そして、一緒に考えること。
あのときの私は、
この言葉の意味をまだ理解できていませんでした。
でも今ならわかります。
息子は、
自分の行動ではなく、
「生き方」そのものと
向き合い始めていたのだと。
⸻
🟡おわりに——あなたは、ひとりじゃない
もし、今「育てにくい」と感じているお子さんがいたら——
もし、「どうしてこの子はわかってくれないの?」と悩んでいたら——
もしかしたら、その子も「わかっている」のかもしれません。
でも、その“先”が、まだ見つけられないだけなのかもしれません。
大丈夫。私もたくさん悩んできました。今も日々、悩みながら子育てをしています。
このnoteが、どこかの誰かの“少しのヒント”になれたら嬉しいです。
🔜次回予告
「“なんで僕だけ怒られるの?”にどう応える?」
― 感情が爆発する子どもたちの背景にある“理不尽さへの敏感さ”。
叩いてしまったあとにこぼした一言から見えてきたのは、
ただの“問題行動”ではなく、子どもなりの正義感でした。
次回はそんなエピソードを綴ります
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