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適応障害 体の異変と不安【振り返り】

ある日突然不安で涙が止まらなくなった。
不安を消そうと、できることはやったけど止まらなかった。
適応障害だった。

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振り返ってみれば、異変は起きていた。当時は全く気にもしていなかったのだけど、異変とその後まとめます。だれかの不安が軽くなれば。。。

異変

選べない

仕事終わり、夕食買って帰ろ~とスーパーの総菜コーナーへ。
何を選んでいいかわからない。食べたいものがわからない。そもそもお腹が空いているかもわからない(時間だから食べる)。
忙しかったから一時的に決められないと思って気にしていない。
※診断される約10か月前~

関心が無くなる

本来は多趣味だが、好きなものに一つも心を動かされなかった。
どの程度かといえば、推しのコンテンツを見ても「無」。ただ「無」の時間を数分過ごすとコンテンツの再生が終わる。その繰り返し。
寝ても寝てもいつも眠いし、体は重いし、楽しくもない。このころ母が亡くなったのでそれも関係しているかも。。
※診断される約6か月前~

記憶と思考の著しい低下

「なんか最近記憶力が鈍いな」「脳の回転が明らかに遅くなってる」
具体的には、1時間前に話した事柄についての記憶や、ついこの前書面に起こした確認事項が全く思い出せない。考えるスピードも遅く脳のメモリが足りてない感じ。
このくらいから入眠しにくくなり、睡眠の質も悪化。
※診断される約3か月前~

字が読めない

「しかも字が読みにくい。いや、読めない。」
文字が認識できない感覚。字の形はわかるのに理解できない、または文字がただの影・コントラストに見える。目がかすんでる?と思ったけど、徐々にそのレベルではなくなってくる。
引き続き入眠しにくくなり、睡眠の質も悪化。
※診断される約2か月前~

涙が止まらない

もともと仕事の考え事をプライベートに持ち込んでしまうタイプではあったけど、明らかにおかしかった。
1つの事柄に対しての不安パターンが多すぎて、安心させるためのシュミレーションが追い付かなくなり、崩壊。そのまま病院を受診。
※診断される3日前

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受診してから

病室で号泣しながら事の経緯を話すと、即診断書を書いてくれた。診断書を出して休職してくださいと。その時のことはとてもよく覚えている。先生が「これをもって会社には行けそう?」と優しく聞いてくださり、泣きはらした顔で「なんとかします」と答えた。あと眠れているかを確認され、状態を話すと睡眠導入剤をくれた。
これで不安から逃れられる、というより、これでよく眠れるという安心の方が大きかった。

病院に駆け込んだのが土曜だったので、月曜にとにかく診断書だけ出してくることを目標に心の準備を始めた。週末は久しぶりによく眠れた。

診断書提出

月曜。直属の上司に診断書提出。幸いすぐに手はずを整えてくれて、翌日から休職。

復職面談

休職できる期間が決まっていたので、その期限にあわせてオンライン面談があった。大嫌いな上司が担当で、終始キーボードを見ていた。
有給もすべて使って退職することを合意。

休職期間・退職後

傷病手当生活

休職した月から傷病手当で生活することに。もちろん今までの給与より少ないので節約したいが、自分で生活する体力も能力もなくなっていたので、なにかとお金がかかる。
自炊すればいいのにその気力もない。そもそも何を作っていいかも決められないし、決まったところで材料はあるのか確認して、買い出しに行って、手順通り作るという工程がこなせない。となると何か買ってくるか、ウーバーか。そういうところでお金がかかった。

風呂キャン

思考が停止している上に、ただひたすら眠いし、いくらでも寝れた。だから起きてようと思うまで寝た。(病院でも推奨)
つまり家事、お風呂、スキンケアは全部キャンセル。汚い話で申し訳ない。
できるときにできることまでやる。シンプルにそれ以上は動けなくなるから。

うるさい世界

ちょっと動けるようになると、光と音に敏感になった。世界はこんなにも視覚・聴覚に刺激があるのかと驚いた。こんなにうるさい世界だったなんて。
体感としては、すべての光と音が今までの10倍くらいに感じた。晴れの日はサングラス必須だし、耳栓をして歩いていたこともある。
何故なら音楽すら聴けなかったから。ノイキャンイヤホンを付けたら、ノイキャンの音がしてうるさかったから。
あんなに大好きだったドラマも、画面はまぶしいし音量を下げても雑音に聞こえて見られなかった。
こんな自分が嫌だ。いつまでこんなのが続くんだ。とベッドに帰る日々。

寝て寝て寝たら

心ゆくまで寝つづけると、急に部屋が汚い、お風呂にも入っていないことが気になりだす。嬉しかった。前を向けた気がして。
でも、そこで一気に動いてはいけない。この時点では体感の50分の1くらいしか体力は戻ってない。(のだと後から知った)
だからちょっとずつ片づける、ちょっとずつ体を洗う。

おなかがすく

ちょっときれいになると、お腹が空いた。何を食べよう?と思う。全部美味しそうに見える。あるもののなかから、食べたいものが選べた。おいしかった。嬉しかった。

食べるものに気を配る

適応障害になる前もずっと栄養なんてさほど気にせず食べてきた。でも、体にいいものを食べなければよくならない。病院で最初に進められたのはタンパク質。とにかくお肉を食べて、と。
「お肉か、魚じゃだめですか?」と聞いたら「想像してみて、毎日お肉食べてる人とお魚食べてる人、どっちが強そう?」たしかに。
それから素直にタンパク質を積極的に摂りはじめた。

身体をほぐす

もりもりごはんを食べるようになって、散歩とストレッチをすすめられた。
食事と適度な運動は健康的な体を作る。まさにそうだった。
散歩することで、陽の光に当たり、風を感じ、景色が変わる、血流がよくなる。これは科学的にもストレスを軽減することが証明されている、一番手軽な方法だと知った。たしかに気持ちいい。散歩にハマった。(単純)
身体は凝っていてもいいことはない。身体の緊張は心も緊張させるということで、最初は30秒から毎日ストレッチを始めた。

「好き」の帰還

好きという感情が戻ってきた。楽しいも一緒に。
ドラマを見れるようになった。でも短時間しか見れないので、試しに本を読んでみた。これは無限に読める。読書ブームの再来だった。

直近の不安

休んだからといって不安がなくなるわけじゃない。
直近の不安は、傷病手当の受給期間がもう終わること、失業保険はどのくらいもらえるのか、そのころに仕事ができる体調になっているのか、そもそもどこかに雇ってもらえるのか、年齢や空白期間、これからどうやって生きたいか、どういう人生にしたいか。
全然見えないけど、なんとかなるでしょう。というか、なんとかするでしょう。それって自分を信じてあげることでもあるような気もしている。
何の解決もしていないけど、取り越し苦労な部分も多そうだから、その時考えようと思う。だぶんなんとかなる。未来の私はなんとかできる力を持っていると知っている。空白期間がなんちゃらとか言ってくるヤツ、こっちから願い下げ!っていうくらいのマインドでいようと思ってる。

ゆっくりやってこう

本当に簡単に適応障害関連について書いてみた。
実はこの記事を書くのはちょっと怖かった。症状を思い出したら引き戻されそうで、そのころの不安に飲み込まれそうで。でも大丈夫だった。まったくなんてことないということではないし、心がグレーになったりざわついたりした。その証拠にAppleWatchは心拍数が急に高くなったことを教えてくれた。
まだ静養中だし、外側からしたことだけを書いているので過程のすべてではない。今も真っ只中だし融解したとも思わない。長く付き合っていくのだと思う。
正直診断書が出てから退職までものすごいスピードで進んで、よくわからないまま方々への手続きをした。正気が少し戻ってからは、先の見えない体調とキャリアに不安な人も多いんだと思う。わたしも怖い。
でも、だから、誰かの不安が少しでも和らげられたらと願う。


ゆっくりやってこう。

せっかくだからのんびりしていこう。


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