ワインの熟成と分子の科学:ヴィンテージワインのコルクが吸い込まれる理由
なかなか経験することは無いかも知れませんが、20~30年経ったワイン、この年数になると赤ワインということになるのでしょうが、コルクを抜こうとしたときにボトルの中に吸い込まれる手ごたえを感じる時があります。
実際、ゆっくりコルクを抜いて一旦手を止めると、じりじりとコルクが戻っていく現象を眼にすることもあり、そして、1/3~1/4程を残して折れるといった状況になります。
もう少し、といっても40~50年以上を経たワインになると、さすがにコルクの劣化が進んで、側面がボトルの首に密着してしまっているためか、中心部がコルクスクリューの分だけ抜き取られるような状態になります。

この状態になる以前の、コルクがワインボトルに吸い込まれる状況において、ひとつの仮説を持っていました。
分子量の小さな「水」がコルクの微小な隙間から蒸発するため、ワインのコルクの鏡面から、数ミリという大きさであるものの、ヘッドスペース空気濃度が薄くなってしまっているというものです。

【水分子(H₂O)、酸素分子(O₂)、二酸化炭素分子(CO₂)の重さ(分子量)と大きさについて。】
分子の重さは、それを構成する原子の重さ(原子量)の合計で決まります。
水(H₂O): 分子量は18(水素1×2 + 酸素16×1)
酸素(O₂): 分子量は32(酸素16×2)
二酸化炭素(CO₂): 分子量は44(炭素12×1 + 酸素16×2)
このように、水分子は酸素分子より軽く、二酸化炭素分子は酸素分子より重いという関係になります。
分子量は重さで求められるものですが、重い、ということは当然大きさにも違いが出てきます。

ワインが熟成する過程でボトル内の圧力は変化します。コルクを抜くときに吸い込まれるような感覚は、コルクと液面の間にあるわずかな空気(ヘッドスペース)が、熟成に伴ってその体積を減らしていることの証拠です。
ワインの成分の減少:熟成によって、ワインに含まれるアルコールや水分などがごく微量ながらコルクを通して蒸発します。
酸素の消費:微量に入り込んだ酸素がワインの成分(特に色素やタンニン)と反応し、別の物質に変化することで消費されます。
コルクと酸素の関係
コルクは完全に空気を遮断するわけではなく、その多孔質な構造によって、ごく微量の酸素をゆっくりとボトル内へ透過させます。この微量の酸素こそが、ワインの長期熟成に不可欠です。
熟成のメカニズム: ボトルに入り込んだ酸素分子は、ワインの色や渋みの元であるフェノール類やタンニンと穏やかに反応します。これは「酸化」反応ですが、燃焼のような激しいものではなく、非常にゆっくりとしたものです。
この反応によって、タンニンは分子が大きくなり、口当たりがまろやかになったり、香りが複雑に変化したりします。この過程で、タバコやキノコのような「熟成香」が生まれます。

酸素が選択的に入る理由: 大気中には窒素が最も多く、二酸化炭素も存在します。
物理的なサイズだけで見ると、酸素よりも窒素や二酸化炭素の分子は大きかったり、同程度だったりしますが、酸素が優先的にボトルに入るのには理由があります。
それは、酸素がワインの成分と化学的に反応して消費されるためです。これにより、ボトル内の酸素濃度は常に低く保たれ、大気中との間に大きな濃度差が生まれます。この濃度差を埋めようとする拡散の力によって、酸素分子はコルクの隙間を通り、ボトル内へ一方的に供給され続けるのです。
一方、窒素や二酸化炭素はワインとほとんど反応しないため、ボトル内外の濃度差が小さく、出入りはほとんどありません。
酸素が入ってくる一方で、水蒸気が出ていくという一見矛盾した現象は、それぞれの分子の振る舞いの違いから説明できます。
酸素はボトル内で消費されることで濃度差が生まれ、外から供給され続けます。
一方、水は化学的に消費されず、蒸発して外へ出ていくだけです。一般的に、蒸発して出ていく水分子の数が、消費される酸素分子の数よりも多いため、ボトル全体の気圧は低下し、コルクが内側に吸い込まれる現象が起こるのです。
酸素は消費され、水は放出される。
これは「燃える」という現象と非常によく似ています。
燃える現象とは、物質が酸素と結びつく「酸化反応」であり、可燃物にあたるのがフェノール類やタンニン、酸素が送り続けられれば燃焼し続けるように外部から供給される必要があります。
一方で燃焼は、酸素を使って「水」や「二酸化炭素」を生成します。

正にボトルの中で静かに静かに「ワインは燃えている。」
これが熟成のプロセスと呼ばれるものかも知れません。
初田 智
