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さよならを教える♯3 ∴ 中年男性の自慢話

焼き鳥屋でショウイチは、口から鶏肉を撒き散らしながら上機嫌で自分の武勇伝を語り始めた。ヤクザに蹴りを入れて逮捕された話や、空手を習っていて周囲から恐れられているなど、自分がいかに強く凄い人間かを店中に聞こえるほど大声で誇示する。初めは彼の話に耳を傾けていた女性の同僚や、遠巻きに彼の自分語りを聞いていたお店の女性従業員たちも、ものの数秒でその虚飾が透けて見え、ショウイチが単なる残念な中年男性であることに気付き始めた。

特に彼が自分の好みの女性について得意げに語り出した時、周囲の誰もが殺意に似た嫌悪感を抱いたことだろう。大半の女性から恋愛対象として認識される余地が全くない見苦しい人物が、若い美女への「理想」を語り出した時には、吐き気を催すほどの嫌悪感に襲われた。彼の話は誰の耳にも不快で、店全体の雰囲気はどんどん悪くなる一方だった。

彼の声が店中に響き渡り、店の空気を一気に冷やしていく。この焼き鳥屋を紹介して後から合流した上司も、とんでもない客を連れて来た事を店の店主に拝み手で詫びていた。徐々に無視され自分が話題の中心でいられなくなり、周囲が彼を疎ましがっていることを敏感に感じ取ると、途端に不機嫌になり、一人でふて腐れ始めた。

そして、自分が会話の輪に入れなくなると、唐突に「俺を退屈させるな!」と叫び出した。私は彼の幼稚な振る舞いに呆れ返り、「退屈なら帰れば?」と冷たく言い放ち、彼を無視することにした。彼の存在感は、もはや店全体にとってただの迷惑でしかなく、周りの人々の視線が痛いほどにそれを物語っていた。

なぜ周囲の人から無視され、煙たがられてるのか理解できず憤慨してる彼を諫めるために、「自分より30近くも年下の女性が好きってことは、ショウイチさんが70歳や80歳の女性と恋に落ちるようなものだよ」と現実を突きつけてみた。しかし、彼は私の言葉の意味をまったく理解していない様子で、「いや、歳上じゃなくて歳下が好きなんだよ」と、半笑いで小馬鹿にするように返してきた。私は呆れながらも、「相手の女性にとって二回り年上と恋をするということは、ショウイチさんに置き換えれば、それくらい歳上の人と恋をするということだよ」と、さらに説明を加えた。

彼は一瞬、自分の願望がどれほど現実からかけ離れているかを薄々察したようだったが、それでもなお、自分の理想を周囲に聞こえるように語り続ける。その言葉がどれほど不快感を与えているかには、まったく気づいていないようだった。彼の言動は、現実を受け入れることを拒む、哀れなほど歪んだ世界観の中で生きていることを如実に物語っていた。

若い女性を好むこと自体を咎めるつもりはない。男には多かれ少なかれ、そうした欲望が本能的に存在するものだろう。しかし、その欲望を女性の従業員や他のお客さんがいる前で、臆面もなくさらけ出す醜い中年男の姿は、同じ男である私から見ても、ぞっとするほど悍ましかった。

店主もついに堪忍袋の緒が切れたのか、「声を小さくできないなら出て行ってくれ」と彼に厳しく告げた。彼は一瞬、店主の言葉に黙り込んだが、その直後、店員の態度に激怒し、再び声を荒げ始めた。

このままではさらに迷惑をかけてしまうと感じた私は、強引に彼の腕をつかんで店の外へ連れ出した。彼は店主の言葉に納得がいかない様子で、声を張り上げて「こっちは金を払ってる客だぞ」文句を叫び続けていた。私は上司がが紹介してくれた行き付けの店で問題行動を取る彼を連れて来た事で、先輩の顔に泥を塗った事になる。そう言った倫理観が一切欠如して自分の感情を周囲の人に押し通そうとす彼の態度に怒りを感じた。

彼が幼稚な事は理解していたが、私への配慮が微塵もない彼の自己中心的な姿勢感に嫌悪感を感じた。


私が彼に怒りながら周囲に迷惑になる言動を控えるように叱責すると、彼は激昂して「俺を退屈させるお前達が悪い」と威圧して来た。私が彼のうんざりするほど繰り返される喧嘩自慢を聞き流せるのは、自分の中で心のそこから自分に自信があるからだ。私は彼より弱いから彼の横暴を我慢していた訳では無かった。自分の方が圧倒的に強いから下の者の無礼を寛大な気持ちで受け止めていただけだ。しかし、目に余る彼の言動と、この場で彼を止めるのは自分の役割だと感じた私は、山口弁の巻き舌で恫喝するように「お前の言ってる事は小さな子供が母親に強請るような事だろうが!お前、幾つになったんか!!」と怒鳴りつけた。

彼は怒られた恐怖と、周囲の人から嫌悪される悲しさなどがゴチャゴチャになったのか、その場で崩れ落ちるようにしゃがみ込んで、大声で号泣しながら「自分でも止められないんだ!」と叫び散らしていた。そこに自転車に乗った警察官二人が到着して場を収めるため話を聞こうとした。彼はそんな警察官に突然「人を殺していいですか?」と質問した。警察官は、こう言う人間への対応も慣れているのか、驚く様子もなく「駄目です」と真顔で答えて、彼が泣き止むまでそばに居た。

私はその光景を目の当たりにし、こうした人間がこの世界に存在すること、そして彼と同じ社会で生きていかなければならない現実に打ちひしがれていた。もし、彼が何らかの理由で激昂し、逆恨みして私に危害を加えてくる可能性を考えると、心底恐ろしく感じた。たとえ彼自身が、私に直接危害を加えることはなくとも、彼と同じような考え方の人や、自己中心的で我慢ができない性質を持った人々が潜んでいる社会に生きているという事実そのものが、私を不安にさせたのだ。

その日を境に、私は彼に対する嫌悪感と恐怖感が心の奥底で膨れ上がり、やがてそれは単なる嫌悪を超え、彼の存在そのものを気持ち悪いと感じるようになった。翌日、彼は「ヤヨイの連れてきた後輩の女性を奪ってもいいか?」と冗談めかして尋ねてきた。だが、私はまったく笑えなかった。平然とそんな冗談を口走る事が出来る彼の異常性に、心の底から彼女の身の安全を案じた。

彼は自分の言動がどう受け取られるかまったく理解していない。彼女を巻き込んでしまったことに対して深い後悔が胸を締めつけ、私自身の判断の甘さを責めずにはいられなかった。今や、彼の冗談すらも危険な兆候に思え、いつか彼が本当に何かをしでかすのではないかという恐怖が常に頭を離れなかった。

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