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さよならを教える♯7 ∴ 他者は自分を写す鏡

ショウイチは私に責め立てられてると感じてるようで、顔を引きつらせ、不快感と驚きを露わにしていた。その表情を見つめながら、私は冷静に言葉を続けた。

「きっと自覚がないんだろうけど、ショウイチさんには何度も嫌なことを言われたんだ。不快になるようなことをしてくる人とは、関わりたくない」

自分が発した言葉にデジャブを感じた。過去に何度も同じような忠告を繰り返してきた気がする。私がこうして指摘しても、結局何も変わらなかった。言葉の単語を変えて、表現を取り繕ったとしても、彼が私を見下している本質が変わらない限り、言動の端々から滲み出る小馬鹿にするような態度が私に不快感を与え続けるだけだったのだ。

私の事を見下し、散々不愉快な思いをさせてきてるのに、彼にはその自覚がない。何だったら、私が勝手に見下されてると思い込んでるだけで、自分は被害者だと言うような顔をしている。それが堪らなく不愉快だ。でも、どれだけ説明した所で、今の彼にはきっと理解出来ない。

思わず彼の口癖である「ショウイチさんには理解できないと思うけど」という言葉が喉元に浮かんだ。その瞬間、ふと気づいた。この言葉を最初に口にしたのは本当に彼だったのか?もしかしたら、彼は私の言葉を模倣しただけかもしれない。自身の考えや、感情を言葉にして伝えることができる人は意外に少ない。多くの人が、誰かに言われたことや、テレビや映画の台詞を借りて、既存の言語表現に自分の気持ちを割り当てて表現する。ショウイチは、ただえさせ自分の気持ちを言葉で表現できず、叫んだり、暴力に訴えたりする事しか出来無いまま、中年になってしまった人物なのではないか。

そう思うと、「君には分からない」と侮辱的な言葉を最初に言い放ったのは、実は私だったのかもしれない。彼が嫌いで嫌いで堪らなかった私は、吐き気を覚えながらもその不快感を押し殺し、関係を維持してきた。その間、彼に対して何度も指摘や改善を求めてきた。その行為が、彼の心に傷を与え、彼を変えてしまったのではないかという疑念が胸をよぎった。

少なくとも意識として、最初に彼を変えようとしたのは紛れもなく自分だとしか思え無い。私の好みや価値観に合わないタイプの彼を「仲間外れにしてはいけない」と、自分なりに彼と関わろうとしたのは私だ。気づかぬうちに、彼を従属させようとする意図が、私の中にあったのかもしれない。もしかすると、不愉快を感じた時点で関係を断つことが、相手を尊重し、相手の心に踏み込みすぎない対等な関係を保つための、本当の意味での「尊重」だったのかもしれない。


「なんとなく顔が嫌いだから関わらない」「なんとなく好みじゃないから関わらない」──そういった人間味のない、淡白な付き合い方こそが、実は相手の心を尊重する一番の対応ではないかと感じた。好みでない人間と無理に関わりを持とうとせず、自然な形で距離を保つことが、互いの心の自由を尊重する本来の在り方に思えた。

これまで私は、まずあらゆる人と接してみることを心掛けてきた。その裏には、自分の「受け入れ基準」に合うかを判断するという意図が隠れていたのかもしれない。それは相手を知ろうとして、出来うる限り受け入れようとする行為でありながらも、どこか自分の領域に相手を取り込もうとする侵略的な思惑を含んでいたのだろう。自分の領域に、その人を「属するもの」として収めようとする姿勢は、表面的には親切心に見えながらも、相手の本質を尊重しない傲慢さを含んで行為だったのかもしれない。

夜の店で、素行の悪い客と隣同士になったら、本質的に私は戦い相手を大人しくさせたいと思う類の人間だ。さすがに社会生活を円満に送る為に、今では笑顔で相手に語りかけ、自分が敵でない事を相手に伝え仲良くなろうとするだろう。しかし、決して席を立ってその場を去ろうとはし無い。私は常に強者であり、誰かに対して恐れをなす事も無ければ逃げることは無い。自分の意思で相手に譲る事はあっても、恐れをなして奪われる事は生理的に出来ない。

誰にでも親切にして、人当たり良く接する私の行為が優しさに映ることもあるかもしれないが、それは錯覚に過ぎない。私の本質は「人当たりの良い支配者」であり、自分が力を持つものであることを心に秘めている。私が笑顔で語りかけるのは、相手を自分の思惑通りに従えるための手段であり、場の平和を維持すること自体が、私が場を支配してる証拠なのだ。


ショウイチを自分の思い通りに改宗するには、暴力や脅迫で徹底的な上下関係を強いるしかない。だが、彼にはそんな風に支配しようと、労力を割く価値は感じなかった。彼にそこまでの魅力はないのだ。

これまで彼へ向けてきた、私の善意のすべては、実のところ、彼を従わせるための悪意だったのかもしれない。そんな私の意図を感じ取り、彼は一度も洗脳されず、私に反発し続けてきたのだとすれば、それは評価されるべき精神の強さである。

実際、私は彼のすべてを知っているわけではない。私に映る彼はどうしようもない嫌われ者だが、もしかしたら彼の知られざる一面では、誰からも愛される人気者である可能性だってあるのだ。

もしかすると、私は彼に対して余計なことをしていたのかもしれない。出会った当初に、「気持ち悪いから喋るな」と心のままに言って、距離を保つべきだったのかもしれない。だが、彼との関係を通して学んだことは、私にとって大きく、かけがえのないものだった。

彼のような、人間と二度と親しくなることはないだろう。次からは、多くの人がそうするように、静かに距離を置いて去っていく。人生で唯一関わりを持った不愉快な男、それがショウイチであり、彼との出会いが私の人生に大きな実りを与えてくれた。私の人生の中で、一番気持ち悪い男。それがショウイチさんで良かったと今では思っている。

END

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