ひっこし|poem30
あなたは金曜の夜中2時に来た
いや、正確にはもう土曜だった
仕事が終わらなくて飛行機の時間をずらして、
その飛行機が遅れて、
終電に間に合わなくて、
タクシーに乗ってきた
じぶんは悪くないって、
言いたいみたいにそう言った
土曜は昼過ぎまで寝ていたあなたをどうにか起こして、
朝ごはん兼、昼ご飯を口に放り込んで、
大家さんにあいさつに行った
今時じゃない、なんて不機嫌なあなたを引きずっていった
約束しているのと言うと、なんだかんだ律儀についてきてくれるあなたのそういうところは嫌いじゃないわ
あなたのお土産だけ渡して終わりのつもりが、
あがっていくように言われて、お茶をいただいた
あそこは私の道楽なんだよ、と楽しそうに大家さんは最新設備の話をしていた
利益度外視という意味で受け取れば、入居者にとっては良い話だったが、
あなたは道楽ということばに不満そうだった
自分の人生の舵は、自分が握っていると思いたいタイプなのだ
帰り道、お洒落な今っぽい酒屋に寄って、日本酒を買って、
私が作ったつまみでその日は晩酌をした
あなたはご満悦で、
一緒にソファで映画を観た
次の日も昼近くまで寝ていた彼を、
どうにかひっぱって、ニトリと無印に行った
引越屋は、2時から8時の間にくるというからがんばったが、
けっきょく彼らが来たのは夜7時を過ぎた頃だった
あなたは午後はずっと不機嫌そうに仕事をしていて、
引越屋さんが来てもそれは変わらなくて、
わたしはしょうがなく、ひとりで荷ほどきをはじめた
翌日は、あなたの目覚ましが五時台になって、驚いた
しかもあなたは、ぱっと起きて、早々に身支度をはじめた
そして私が寝ぼけまなこでお湯を沸かしている間に、会社に行ってしまった
夜になって、軽く歓迎会をしてもらうことになったとあなたから連絡があった
わたしは仕方ないから、
大家さんにもらったパール柑をむいて、一人で夕飯にした
大家さんのご実家は天草らしい
甘すぎず、酸っぱ過ぎないそのでかい柑橘類は、わりとおいしかった
手持無沙汰になって、ひとりでまた荷ほどきをすることにした
とりあえず、
わたしが触っても怒られないであろう
食器たちをやっつけてしまおうかと思って封を開けたら、
食器はとてもきれいに詰められていた
プチプチで丁寧に包まれて、
隙間には新聞紙が入れられていて、
でもその隙間もほとんどないぐらいで、
テトリスみたいに美しく入れられている
きっと、あなたのお母さんが詰めたのだろう
わたしはそっと、ぷちぷちを剥がして捨てて、
皿を食器棚に詰めていく
大家さんは、分別にうるさそうだったから、
私はそれらをきちんとプラスチックごみに入れるし、
彼の完璧に梱包された食器を割らないように、
そっと棚に入れていく
皿はたまにセンスがいいのがあるなと思った
それはすべて、わたしがあなたにプレゼントしたものだった
ああ、そうだ
あなたは私の彼氏だったのだ
なんだか忘れていた
今から帰る、とあなたから連絡があった
わたしはとりあえず、お風呂を沸かして、
料理をはじめる
急に、お腹がすいてくる
なぜすでに夕飯を済ませているあなたのために料理をつくりはじめるのか
不思議だ
ああ、そうだ
わたしはあなたを喜ばせたいのだ
夫に、
たったひとりだけの私の旦那に
わたしの、わたしだけの、専用の男に
他の誰でもなく、あなたに、喜んでほしいのだ
他の誰でもなく、わたしのために
