友達に金を貸していたら、闇金ウシジマくんの気持ちが分かった
昔、やたらとお金を借りてくる知人がいた。
彼は悪い人ではなかった。むしろ一緒にいて楽しいタイプで、しょっちゅう飲みに行く仲だった。ただ一点、お金にまつわる感覚だけが、私とは決定的に違っていた。
始まりは、彼のクレジットカードが不正利用されたことだった。それも中国のサイトで200万円という、聞いた瞬間に飲んでいたお茶を吹きそうになる金額。ただ、ここで普通の人なら「なぜそんな額になるまで気づかなかったのか」と思うだろう。私も思った。彼はカードの明細を半年間まったく確認していなかったのだ。その結果、戻ってきたのは一部だけだったらしい。明細、たまには見よう。本当に。
その一件で参っている彼を見て、私はつい「大変だね」と1万円を渡した。コンビニで交換できるLINEギフトも送った。今思えば、この時点で私は「困っている人にすぐ何か渡してしまう人間」であることが、相手に完全にバレていたのだと思う。カモを見抜く目だけは、たぶん一流だった。
そこから、彼はちょくちょくお金を借りてくるようになった。借りるときの彼は、いつも徹底して腰が低い。「ほんとすみません……」「貸してください……」と、声のトーンが地の底まで落ちる。毎回カイジみたいな緊張感を醸してくるので、こちらはいつのまにか闇金ウシジマくんになった気分で対応していた。金貸し業を志したことは一度もないのに。
ちゃんと返してくるとはいえ、貸した直後は毎回そわそわした。今回は本当に返ってくるだろうか、このまま音信不通になったりしないだろうか、と。友達に数万円貸しただけで債権者みたいな不安を抱えるの、精神衛生上よくない。貸した側なのに、なぜかこっちが落ち着かない。立場がおかしい。
しかも、貸すときは決まって振込指定だった。今どき電子マネーでピッと送れる時代に、なぜか頑なに銀行振込。おかげで私には毎回440円の手数料がかかる。正直「この人、まさか足のつく方法を避けてる……?」と一瞬よぎった。借りたお金の使い道を、私は一度も聞いていない。聞かなかったというより、聞くのが怖かった。知らぬが仏という言葉を、こんな身近で使う日が来るとは思わなかった。
そして彼が返してくれるとき、その440円の手数料は一切考慮されない。借りた額をそのまま振り込んでくる。金額だけ見ればプラマイゼロ。でも実際は、毎回440円だけ、私がきっちりマイナスになっている。真綿で首を締めるという言葉があるが、あれの財布版だった。
削られるのは貸し借りだけではなかった。飲みに行くとき、私が少し遅れて合流するとなると、彼はよく買い出しを頼んできた。タバコ、ヘパリーゼ、頭痛薬。その3点を私に買わせてから登場するのだ。というか、飲む前からヘパリーゼと頭痛薬が必要な体調で飲みに来るな。寝てろ。
私は素直に買っていく。すると彼は、満面の笑みで「ありがとう!」と言う。言うだけだ。代金は、なぜかこの世に発生しない。お礼を言えば会計が完了する、という独自の経済圏に生きていた。
一つ一つは本当に小さい。440円、タバコ500円、ヘパリーゼ300円。どれも「まあいいか」で流せる金額だ。だからこそ、指摘するタイミングを完全に失う。「その440円さ」と切り出すには、金額が小さすぎる。小さすぎて、言った瞬間こっちがドケチみたいになる。この絶妙なライン設定だけは、天才的だった。人からストレスなく搾取する才能で言えば、彼は間違いなく有能だった。
こうなってくると、こちらの中のウシジマくんが疼き始める。「なあ……440円、どうすんの……?」「ジャンプすっか?」と、ドスの効いた声で詰め寄る自分を、何度か想像した。もちろん実際には一言も言えない。脳内のウシジマくんだけが年々貫禄を増していく。本体は、タバコを買いに走る係のままだった。
もちろん総額で見たら、大した被害ではない。数百円が何度か積もった程度だ。ただ問題は金額ではなく、「してもらって当たり前」という空気の方だった。感謝が「ありがとう」の一言に定額化され、それ以上は絶対に出てこない。ちりも積もればうざったい。
悪気はなかったと思う。たぶん本気で気づいていない。悪意があるなら怒れる。でも、そもそも見えていない相手には怒りの向けようがない。ぬかに釘、のれんに腕押し、彼に領収書。
結局、私は彼と少しずつ距離を置いた。大金を持ち逃げされたわけではない。ただ、一緒にいると、財布と好意が同時に、じわじわ目減りしていく。その感覚に、静かに嫌気がさしてしまった。私の「NOと言えない」性格が、優しさとして完全に裏目に出た形である。
学んだことは一つ。人にとって一番たちが悪いのは、悪意のある搾取ではなく、悪意のない搾取だ。悪意があれば警戒できる。でも「ありがとう」の笑顔とセットで削られると、気づくのが遅れる。しかも相手に自覚がないから、いつまでも続く。
とはいえ、こうして記事にできた今、あの440円たちも無駄ではなかったと思っている。搾取された経験を貴重な一本に変換する。これが私にできる、ささやかな回収である。ウシジマくんも、たぶんこうやって元を取っている。
