「何をしているか」ではなく、「なぜしているか」を語れるセラピストへ〜治療の目的と効果を説明することの大切さ〜 理学療法士
「楽な仕事で良いですね。」
これは、私が前職場で主任をしていた頃、リハビリ見学(コロナ禍以前)に来られた患者さんのご家族から実際に言われた言葉です。
その時、患者さんは担当セラピストと風船バレーをしていました。
確かに、外から見れば遊んでいるように見えたのだと思います。重いダンベルを持っているわけでもなければ、歩行練習をしているわけでもありません。風船を打ち返しながら笑顔で過ごしている時間は、リハビリらしく見えなかったのでしょう。
しかし、私たちが見ていたものは風船ではありませんでした。
患者さんの身体が、風船にどう反応しているかを見ていたのです。
風船はボールと違い、動きがゆっくりです。
そのため、次にどこへ飛んでくるかを予測しながら身体を準備する「予測的姿勢制御(anticipatory postural adjustment)」を引き出しやすくなります。
また、手を伸ばす際の体幹の安定性、重心移動、バランス反応、立ち直り反応なども観察できます。
さらに、単調な反復練習よりも楽しさがあり、患者さん自身が意欲的に身体を動かしやすくなります。
私はご家族にこう説明しました。
「風船を見ているようで、実は身体の反応を見ています。今日まで練習してきた体幹機能やバランス能力が、実際の動作の中で発揮できているかを確認しているんです。」
すると、
「そういうことを見ているんですね。」
と、ご理解いただくことができました。最初は怪訝な表情で見学されていたのが、説明を聞いていただいた後に、ご納得いただき、すっきりした表情に変わったので、この経験は今でも忘れられません。
なぜ風船バレーなのか——そこには明確な治療目的がある
風船バレーは、一見するとレクリエーションのように見えるかもしれません。
しかし臨床では、単なる遊びとして実施しているわけではありません。
私たちが見ているのは、風船を追う患者さんの身体反応です。
風船にはボールにはない特徴があります。
軽く、ゆっくりと飛び、落下速度が遅い。
この特性によって患者さんは風船の軌道を視覚的に追いながら、「次はどこへ飛んでくるのか」を予測し、それに合わせて身体を準備することになります。
この身体を先回りして準備する機能を、予測的姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustment:APA)と呼びます。
例えば右手を大きく伸ばして風船を打とうとするとき、人間の身体は腕が動く前から腹横筋や多裂筋といった深部体幹筋を活動させ、重心が崩れないよう準備を行っています。
これが予測的姿勢制御です。
脳卒中患者や高齢者、心不全患者では、この予測的姿勢制御が低下していることが知られています。
その結果として、
「手を伸ばした時にふらつく」
「立位で方向転換すると不安定になる」
「歩行中にバランスを崩しやすい」
といった問題が生じます。
風船バレーでは、患者さん自身が楽しみながら自然と手を伸ばし、身体を傾け、重心移動を繰り返します。
その中で私たちは、
体幹が安定しているか
支持基底面(身体を支える面積)の中で重心をコントロールできているか
左右への荷重移動ができているか
立ち直り反応や平衡反応が出現しているか
を観察しています。
つまり風船を打つこと自体が目的ではなく、その過程で現れる身体反応こそが重要なのです。
また、近年の運動学習研究では、意味のある課題(Meaningful Task)を用いた課題指向型練習(Task-Oriented Training)が運動機能改善に有効であることが示されています。
単純な反復運動だけではなく、「届かせたい」「落としたくない」という目的を伴った運動は、患者さん自身の注意や意欲を引き出しやすくなります。
特に高齢者や循環器疾患患者では、運動耐容能だけではなく活動への意欲そのものが予後に影響します。
実際に風船バレーでは、
「もう一回やりたい」
「次は負けたくない」
という言葉が自然に聞かれます。
これは単なる楽しさではありません。
自発性を引き出し、運動量を増やし、結果として身体機能改善につながる重要な要素です。
私たちセラピストは風船を見ているのではありません。
風船に対して患者さんの身体がどう反応しているのかを見ています。
そして、その反応が日常生活の安定した動作へつながるかどうかを評価しています。
だからこそ、風船バレーも立派な治療なのです。
治療の目的を説明できることは、治療の質そのもの
私たちはつい、「何をやるか」に意識が向きがちです。
歩行練習をする。
自転車エルゴメーターを漕ぐ。
呼吸練習をする。
風船バレーをする。
しかし本当に大切なのは、「なぜ行うのか」です。
例えば心不全患者さんへの歩行練習。
歩行練習そのものが目的ではありません。
・病棟内を安全に移動できるようになるためなのか
・退院後に買い物へ行けるようになるためなのか
・運動耐容能を改善するためなのか
目的によって見るべき指標も変わります。
SpO₂、心拍数、血圧、Borg Scale、歩行距離、歩行速度、疲労感。
どれを重視するかは目的次第です。
目的が曖昧なままでは、評価も曖昧になります。
評価が曖昧であれば、治療効果も分かりません。
そして治療効果が分からなければ、その介入は本当に必要だったのか判断できなくなります。
アウトカムが決まっていない治療は、地図のない航海と同じ
若手セラピストの頃の私は、
「とりあえず身体を動かそう」
という発想で治療を組み立てていた時期がありました。
しかし経験を重ねるにつれ、それでは治療にならないことを痛感しました。
重要なのは、
「何を改善したいのか」
を最初に決めることです。
例えば呼吸器疾患患者さんであれば、退院後の生活(自宅や他)を想定し、必要な動作を把握します。そのうえで、各動作を細分化し、各相でどんな問題があるか、機能面との結びつきを捉える、適切な評価を選択する必要があると思います。
まずゴールを決める。
次に評価する。
その結果から介入を選択する。
そして再評価する。
この流れがあって初めて、治療は意味を持ちます。
患者さんの理解は治療効果を高める
近年のリハビリテーション研究では、患者さん自身が目標設定や治療選択に参加することの重要性が繰り返し報告されています。
共有意思決定(Shared Decision Making)は、患者さんの理解や満足度を高めるだけでなく、治療目標への主体的な参加やモチベーション向上にもつながるとされています。
また、患者さんが目標設定に関与することで、リハビリへの意欲が高まり、治療目標の達成につながりやすいことも報告されています。
つまり、
「なぜこの練習をするのか」
を説明することは単なるサービスではありません。
治療効果そのものを高める可能性がある重要な介入なのです。
明日からの臨床で意識したいこと
患者さんに運動を指導するとき、一度だけ立ち止まって考えてみてください。
私は何を改善したくてこの練習を選んだのか。
この練習で何を観察しているのか。
何が改善したら成功と言えるのか。
患者さんやご家族に1分で説明できるでしょうか。
もし説明できないのであれば、目的設定が曖昧なのかもしれません。
私たちは運動を提供しているのではありません。
患者さんの生活を変えるために介入しています。
だからこそ、治療の目的と得られる効果を自分自身が理解し、それを患者さんやご家族に分かりやすく伝えられることが大切です。
風船バレーも、歩行練習も、呼吸練習も、ただの動作ではありません。
そこに明確な目的があるからこそ、治療になるのです。
患者さんが見ているのは「何をしているか」です。
しかし私たちセラピストが見なければならないのは、「その先に何が得られるか」。
その視点を持ち続けることが、臨床家には必要なのだと思います。
