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『お金が無い』と思っていたら、実は資産家だった話【創作大賞2025応募作】



第1章 憧れのマイホームと現実


1.インテリアにはお金がかかる!


約10年ほど前、夫婦で節約に励み、念願の庭付き一戸建てを手に入れました。

「インテリアは暮らしに合わせて少しずつ整えていけばいい」
——そう思っていたのですが…。

新居には玄関、リビング、寝室、などにウォークインクローゼットがあり、収納も広くて申し分なし。

でも、そのシンプルな造り(ポールと棚のみ)に合う収納アイテムを買い揃えていくと、どんどんお金がかかる!

特におしゃれで天然素材のカゴやボックスって、意外と高いんですよね。

家具やカーテンも、以前のアパートで使っていたものではサイズが合わず、新居ではどこかチグハグ。ちょっと良いものを買おうとすると、あっという間に家計が悲鳴を上げました。

私は持病があるため、結婚以来ずっと専業主婦。夫の収入だけで、なんとか平均的な暮らしができている…我が家はそんな家庭。

「お金に余裕は無い。でも妥協したくない。」

こだわりと現実のギャップに、せっかく手に入れたマイホームなのに、理想の暮らしは遠く感じていました。

そして、引っ越し後の未開封の段ボールが山積みの中

「ミニマリストに憧れるけれど、ちゃんとした家具?が無さすぎて来客すら呼べない……」

そんな気持ちのまま、インテリア迷走生活が始まりました。



2.『まだまだ足りない』病


ローン返済が始まる中、インテリアにお金をかける余裕も無い。
それでも「新居のお披露目の時くらい、せめて“ちゃんとしているように見せたい”…」という見栄(?)が働いてしまいました。

夫は多忙なため、家の中を整えるのは私の役目。
チェックリストを作り、週末ごとに買い物へ。

トイレが2つになれば、掃除道具も2倍必要。そんな当たり前なことすら意識が及ばず、地味に出費がかさみました。

話は前後しますが、引越し前に準備したことは、まずは窓まわりのインテリアから。

前の住まいで使っていたレースのカーテンを流用しつつ、和室の窓には和紙ブラインド、寝室と2階の一部にウッドブラインドなど、目立つところだけある程度こだわって整えました。

専門店のオーダーカーテンはとても高額で、小窓はインド綿の“のれん”や、ソファーやベッドカバーにもなるような、長方形のインテリアファブリックをカフェカーテンとして代用。

テンションポールとカーテン用クリップで吊るせば、節約しつつも、海外インテリアにあるような、頑張りすぎないさりげないおしゃれ感が感じられ、満足感がありました。

リビングだけは、来客を意識してこだわりの国産ソファー&ローテーブルを奮発して購入。

いまでは、夫の“特等席”になっています。

でもその頃の私は——
『まだまだ足りない病』にどっぷりハマっていました。



3.節約とDIY



リビング・和室・キッチンをざっくりと整えた時点で、資金はすでに限界。
「このままじゃ家計が破綻する!」と震えつつ、思いついたのが「自分でできそうなものはDIYでなんとかする」という苦肉の策。

「もう自分で作って節約するしか無い」と思いながらも、素敵なオーダーカーテンや輸入生地のクッションに惹かれる日々の中で、ハンドメイドには少し抵抗もありました。

「結局、上質な生地って生地そのものが高いし、作る手間を考えたら既製品のほうが簡単じゃない?」という心の声を遮り、ネットで散々探し、ようやく理想の生地屋さんを発見。

そのお店では輸入生地やオリジナル生地も扱っており、お値段もそれなりにします。

それでも当初カーテン専門店で気に入ったオーダーカーテンを見積って貰うと、1室2窓でなんと50万円!と比べたら、圧倒的にコスパが良く、ようやく前向きになれました。

こうして私は、本格的ソーイングDIYのためにネットで生地を注文。

ついに『自己流ハンドメイド生活』が始まろうとした矢先・・。




第2章 『人生は思い通りにはいかないけれど—』


1.やがて全てゴミになってしまうモノ



ハンドメイドに意気込んだ矢先、新たな病を発症し、長期間寝込むことに。

発症当時、数か月は日常生活すらままならず、ハンドメイドやDIYどころか、エンディングノートを書かなくては・・と思うほどの辛さと不安に襲われました。

病床で感じていたことは

「せっかく買った生地はずっとクローゼットにしまいこんだまま・・」

「私が持っている物は、生きているうちに私が使い切って、もっと減らしておかなければ、夫も困るだろう。」

「高価な美しい布も、クローゼットいっぱいの服も、やがて全てゴミになってしまう…」


そう思い、少しずつ身の回りものを整理するように。


2.持っているものを改めて見直してみる


ハンドメイド用に集めた素材や生地、洋服、インテリア小物、家具。すでに持っているものに改めて目を向けると

・「いまの自分たちにもう合わないなら、手放してもいいし、節約やリメイクを楽しんでも良い」

・「今すぐお金が無いからといって、そんなに悲観しすぎることは無い」

・「本当に欲しいなら、またお金を貯めて好きなものを買ったって良い」

そうやって、肩の力を抜いて考えられるようになり、重い病気で辛い時に、そばにいてずっと支えてくれている夫にも、いっそう深い感謝の念を抱くようになりました。



3.いつの間にか受け継いでしまった価値観


言い訳がましく自己分析すると、私の根底にあったのは、子供の頃、父がいつか建ててくれると言っていた憧れのマイホーム。

その頃の家族の夢は叶わぬ夢となりましたが、結婚後、その夢を夫が叶えてくれたのです。

もちろん夫婦で家計を見直し、節約に励んで協力しあってきたつもりですが

その夢に、私の子どもの頃からの強い憧れや理想が膨らみすぎていたのかもしれません。

少し打ち明けると、氷河期世代である私は、昭和世代の田舎の親の価値観を一部、色濃く受け継いでいる部分もあるのではないか・・と反省しました。


4.故郷の田舎の思い出


故郷の田舎では、先祖代々の土地をいくつか所有している家が多く、

結婚後、家を建てるとなれば、土地は相続するか、親の住んでいる実家の、広大な土地の一角に「離れ」と呼ばれる別世帯の大きな家を建てるのが一般的。

それが長男の家ともなれば、和洋折衷というスタイルが多く、広い玄関には、ちょっとした来客なら、腰掛けてお茶を飲めるほど余裕のある上がり框(かまち)があり

仏間のある和室は、冠婚葬祭や、親族が何かと大勢集まって会食できるよう、大体ふすまを開けると隣り合った続き間の和室となっています。

広いお宅だと6〜8畳の和室4室を1室に開放できる造りに。豪邸と呼ばれるお家だと、10畳〜12畳の和室が何部屋もあるような造りでした。

その和室の横には長い廊下と縁側があり、突き当りは来客用と家族用の2種類のお手洗いをそれぞれ備えたお宅もあり、

「お勝手」(おかって)と呼ばれる台所やダイニングルームの他に、家族がくつろぐための居間、来客用の応接間や、エレクトーンやピアノの専用部屋、

祖父母は母屋、もしくは和室で寝起きするので、それとは別に、2階には若い夫婦用の寝室や子供部屋もあるのが、それほど珍しい間取りではありませんでした。

他にも、あらかじめ子供部屋を作らなかった家は、子どもが受験生の年ごろになると

都会の大学を受験する子のために、庭の一角に、これまた「離れ」と呼ばれるプレハブ小屋を建て、専用の勉強部屋を設けることも。

私の子どもの頃の田舎では、割とよくある話しでした。


5.田舎の風習


そんな田舎では新築の家が完成すれば、ご近所中を招いて家中をお披露目したり、

「餅まき」と呼ばれるイベントが開催され、餅や菓子を2階の窓から投げ、庭先に待機している大人や子供たちが歓声を上げながら「餅拾い」をする。

その後、近しい親族や身内、お世話になった工務店や大工さんなど招いての大宴会。みたいな風習がありました。

自分たちが家を建てられたことに感謝し、そうやって地域の人との繋がりを大事にしつつ、親族や来客を大勢呼んでもてなすのは当然のことでした。




第3章 “今の自分たちに本当に必要なものとは”


1.”ちゃんとしなきゃ”の呪い


「夫婦二人の暮らしなら十分」と、手に入れたのは、青々とした芝生、赤い実のなるジューンベリーの樹やフェイジョア

白い可憐な花が咲くのが楽しみな小梔子(こくちなし)など、たくさんの植物が植えられた、南向きで日当たりの良い、庭付きの小さくて可愛いお家。

ついに手に入れた憧れのマイホーム——

私たち夫婦は、親世代の価値観に縛られず、自分たちの生き方や、現代のライフスタイルにフィットした、もっと自由で多様な価値観

「身軽でミニマムでいたい」という思いに基づいて、シンプルに生きているはず・・でした。

それなのに、知らず知らずの内に、マイホームを持つことへの憧れと共に、過大に膨らんでいった費用と「こうあるべき」という理想。

「来客用のスリッパは用意した?、どこに座ってもらうの?」「ちゃんとした座布団や椅子の数は足りてる?」「お湯呑みは?ティーセットは?トレーは?」

「おもてなしセットも椅子も足りず、どうするの?一度に全員お招きできないじゃない?」

そういった、今思うと、まるで実家の母に心配されているような心の声(笑)

他にも・・

「おしゃれな新築戸建てに反して、家の中の家具は不揃いだし、雑多な小物や収納。」

「生活感丸出しの雰囲気だし、家は買えても、家に合わせたインテリア用品を揃えるお金も無くって、ちゃんとできないなんて、みっともなくない?」

などと、実際友人から批判された訳でもないのに

「もはや誰のための家なんだろう・・」というような言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡って、まるで悪い呪いにでもかかったようでした。

「早くちゃんとして、親族を招かなければならない」という、謎の焦りとプレッシャーも感じていたのかもしれません。


2.欲しいものと、必要なもの


浮かれて“マイホームハイ”のようになり(※憧れの家を手に入れたことで、高揚感から冷静さを失ってしまう状態)、次々とおしゃれな家具やインテリアを買い揃えたくなっていたことへの反省と

謎の焦りやプレッシャーを感じながら、大病を患ったことで、改めて自分の気持ちや価値観とじっくり向き合うきっかけとなりました。

そして段々病状が落ち着き始めると、少しずつハンドメイドも再開。


今の自分たちに本当に必要なもの”が少しずつ見えてきました。


結局、新居のお披露目会は別として、日頃そんなに頻繁に来客があるわけでも無く、それほど見栄や見栄えを気にする必要は無かったのでした。

「家をまるごと、インテリアショップのように整えなくちゃ」と思い詰めて、来る日も来る日も理想の部屋を探しては、ネットで家具を検索していた——そんな時間を、手放しました。

予算をかけても良いと思えるところと、節約したい物や箇所との差し引きをして、バランスを大切にすることに。


3.すでにあるものが"宝物"だった


そうして「不要なものは手放し、活かせるものは活かしつつ、自分たちらしくいられたら良いじゃない?」という考え方に変わっていきました。

かつては「マイホームを買ったら、インテリアにかけるお金が無い」と嘆いていた私ですが、健康を失い

「夫がいて、安全に住める家があって、通院費用や生活費はなんとかなっている。幸い神様がくれた残りの人生時間まである。」そういうことに意識を向ければ、

もう、すでにこんなにもたくさんの“資産”を持っているじゃない』と思えるように。

家にある布や家具、道具たちを眺めていると
「これまでに自分たちで気に入って、選んで迎え入れた物のはず」

実際、経済的に大した価値は無くとも、それは私たち夫婦には『もうすでに手に入れている、十分な暮らしの資産』だと。

それらを活かせば、多少手間暇はかかっても、その時間ごと全部、自分たちの贅沢な思い出の資産になるのではないか——

そんな風に考えると、自分たちの手で暮らしを整えることで、自分たちらしい、心地良い暮らしを作っていけそうな気がしています。

そんなわけで、私のハンドメイド&DIYライフは、なるべく”今持っているもの”を使い切ったり、活かすスタイルです。

ほかの人から見たら、到底インスタ映えしない・・ちょっと風変わりかもしれず、謎センスで、でもリアルな今を一生懸命生きている、等身大の私の思いがいっぱい詰まっている

そんな愛おしい、私の手仕事のひとつひとつを、これからも少しずつ綴っていけたらと思います。


おわり


※プライバシー保護や創作都合上の理由により、一部内容にフィクションが含まれます。

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