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黒羽藩の上屋敷が東洋文庫にある大地図で分かりました。うれしいです。

東洋文庫に行って来ました。「怖い」本を見にいったのですが、もっとすごいものに目が入ってしまいました。
『江戸大絵図(えどおおえず)』です。
これ電車の中で読み気になっていた、黒羽藩「上屋敷」の変遷が追えるかもしれない。最近出たばかりのシリーズ藩物語「黒羽藩」64ページに載っていた大関家の江戸屋敷の拝領とその変遷を読んだ直後でした。
 まずは企画展を見てからその展示の前に行き本をひろげて場所を特定できるような記述を見て行く、私の夢中ぶりを見ていた義妹や義弟もスマホを使って協力してくれて、
10分後にあった見つけた「大関」の名前その後以前に上屋敷があった毛利邸も見つけました。
興奮しました。こちらの方が私にとって最高に「怖い」そして「うれしい」地図でした。
うれしい一日でした。

黒羽藩上屋敷


元の黒羽藩上屋敷 毛利邸になっている。
貞享3年(1686年)暮れには、隣の毛利家で藩主綱広が嫡子吉就の婚礼を控えて新夫婦の屋敷地をさがしていた。
大関家でも5代藩主増栄の嫡子増茂が婚礼を前にして,広い屋敷を求めているという状況となっていた。
毛利家側で老中大久保忠朝に相談したところ、大関・毛利両家で内談の上、話しを決めてから幕府に申し出るようにとの回答を得た。
両家の利害は一致していたので、大関家が毛利家に上屋敷を提供し、毛利家側で大関家の新たな屋敷を探すことになった。
結果的に翌4年、大関家は、毛利側から家・土蔵・塀の普請・作事料として1773両を受け取り、拝領屋敷同士の交換という形で、下谷(東京都台東区下谷)の旗本島田大学(利久,2千石)の敷地3600坪の屋敷を手に入れることとなった。
(シリーズ藩物語「黒羽藩」64ページ)より


東洋文庫の江戸の地図の原本の名前
正式名称は『江戸大絵図(えどおおえず)』、または『改選江戸大絵図』と呼ばれています。
東洋文庫が所蔵する古地図コレクションの中で最大のもので、原本1枚の大きさは横267.7cm × 縦320.0cmという極めて巨大な絵地図です。
制作年月日(年代)
元禄年間(1688年〜1703年)頃に制作されたとされています。
1657年に起きた「明暦の大火」をきっかけに、江戸幕府が都市復興と正確な状況把握のために実測を命じて作られた地図の流れを汲む、きわめて歴史的価値の高いものです。
黒羽藩が確立した時代です。
元禄時代(1688年〜1704年)における下野国黒羽藩(現在の栃木県大田原市付近)の藩主は、5代大関増栄および6代大関増恒です。
元禄時代の黒羽藩の状況と、藩主に関する詳細
1. 元禄時代の歴代藩主
元禄の始まりとほぼ同時に、藩主の交代が起きています。

  • 5代藩主:大関 増栄(おおぜき ますなが)

    • 在位: 1662年 〜 1688年(元禄元年12月に江戸藩邸にて50歳で死去)

    • 特徴: 寛文検地を断行し、中世から続いていた家臣団の「地方知行制(家臣が領地を直接支配する制度)」を徐々に蔵米支給制へと移行させ、藩主権力を強める基礎を築きました。

  • 6代藩主:大関 増恒(おおぜき ますつね)

    • 在位: 1688年 〜 1714年(元禄元年に家督を相続、元禄期を通じて在位)

    • 特徴: 増栄の嫡男(増茂)が元禄元年に早世したため、その長男である増恒が急遽跡を継ぎ、元禄時代の黒羽藩を治めました。


2. 元禄時代の黒羽藩
① 藩体制の確立(兵農分離と全領検地の完了)
黒羽藩は1万8000石の小藩でしたが、中世からの名門・那須氏の有力国人であった名残から、家臣たちが独自の強い権力(知行地)を保持していました。
元禄時代へと至る前の1679年から進められていた「全領検地」などの強硬な改革により、家臣の不満や血盟徒党といった大混乱を経て、元禄期にようやく地方知行制が事実上撤廃され、藩主による一元管理(石高制・兵農分離)の集権化が完成しました。
② 松尾芭蕉の長期逗留(文化の興隆)
元禄2年(1689年)には、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅の途中で黒羽を訪問しました。
当時の黒羽藩城代家老・浄法寺桃雪(高勝)とその弟が芭蕉の門人だった縁から、芭蕉は全旅程の中で最長となる14日間(13泊14日)も黒羽に滞在し、厚いもてなしを受けました。小藩ながらも、上層家臣団をはじめとする領内の文化的レベルや教養が非常に高かったことを物語っています。
③ 幕府の役職負担と財政の窮乏
黒羽藩主は江戸城の柳間詰を務める外様大名でしたが、幕府より「大坂城加番(警備役)」や、京都からの勅使を迎える「馳走役」といった出費のかさむ役職をたびたび命じられていました。
元禄期の経済活況の裏で、これらの役職負担や江戸藩邸の維持費は黒羽藩の財政を大きく圧迫し始め、のちの宝暦期以降に深刻化する藩財政の窮乏と農村荒廃の引き金となりました。

東洋文庫の入り口です。
すごい本棚です。


 

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