AIの「飾った正解」が、僕の凝り固まった価値観を壊してくれた話​


**「以前、多職種連携のズレについて書きましたが、今回はその解決策を探る中で出会った、自分自身の変化についての記録です」**

「本当にこれで良かったんだろうか」

​誰もいない夜の事務所で、完成したケアプランを前にそう自問自答したことはありませんか?

医療と福祉の狭間で、制度と本人の希望の間で、私たちは常に「正解のない痛み」を引き受けています。

​そんな時、僕はAIに問いかけました。自分一人では抱えきれない「迷い」への助言を求めて。

しかし、返ってきたのは、あまりに冷たく、どこか他人事のような、美辞麗句で飾られた「100点満点の正解」でした。

​1. 突き放されたような、AIの「飾った文字」

​「利用者の自立支援を第一に考え、多職種との連携を密にし、安全な生活環境を整えましょう」

​画面に並んだ文字を見て、僕は突き放されたような感覚になりました。

「そんなことはわかっている。その『安全』と『本人の意欲』がぶつかっているから、僕は今、こうして夜遅くまで悩んでいるんだ」と。

​効率化だけを謳うAIには、現場の空気も、本人の震える手の意味も、僕の葛藤もわからない。

やはり、AIに魂を吹き込む(Antigravity Writing)なんて、理想論に過ぎないのだろうか。そう諦めかけた時、ふと、その「飾られた言葉」を違う角度から眺めている自分に気づきました。

​2. 違和感が教えてくれた「自分のバイアス」

​なぜ、僕はこれほどまでにAIの言葉にイラ立っているのか。

その違和感を掘り下げていくと、驚くべき事実が見えてきました。

​僕は、無意識に「自分の価値観」というフィルターを通してしか、利用者の人生を見ていなかったのです。

「この方にとっては、安全に暮らせることが一番の幸せなはずだ」

「プロとして、リスクのある道は選ばせてはいけない」

​僕がAIの回答を「飾っている」と感じたのは、僕自身が「こうあるべき」という一本のレール(正解)に固執し、そこから外れる選択肢を無意識に排除していたからでした。

​3. 「一本道」から「複数の道」へ

​AIの的外れな回答は、逆説的に僕を縛っていた「専門職としてのバイアス」を映し出す鏡になりました。

「僕が正解だと思っている道以外にも、違う価値判断があるのではないか?」

​そう思い直し、自分のこだわりを一度捨てて、AIに「別の視点」を求めました。すると、AIは今度は「正解」ではなく、思いもよらない「可能性」を提示し始めたのです。

指示の出し方で道は開ける

​それは、僕の価値観では「間違い」だと思い込んでいた、でも利用者にとっては「希望」かもしれない、いくつもの道でした。

​4. 結び:AIを触る理由は、もっと「人間」でいるため

​僕は、最短距離で正解へ辿り着くための一本道を探していました。

でも、現場の痛みを知るとは、一本道を選べない苦しさを知ることです。

​AIという「異質な知性」との対話は、僕に「答え」をくれたのではありません。

僕が背負いすぎていた「正解への執着」を下ろし、複数の道をテーブルに並べて、利用者と一緒に「どの道を歩こうか」と笑い合える心の余裕をくれたのです。

​「対象者を軸に考える」

その言葉の本当の意味は、自分の価値観を疑い、目の前の人の数だけある「道」を肯定することから始まる。

飾られた言葉の先に、僕はようやく、本当の意味で自由な支援の形を見つけた気がします。

​「AIからきれいごとしか返ってこなくてガッカリした僕を救ってくれたのは、実は**『問い方』の視点**を変えることでした。そのヒントになったのがこの本です……」


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