教師ほどタイプロにハマる理由
timelesz Project: Auditionと教育
あなたはtimelesz Project: Auditionを目撃しただろうか?
Netflixで2024年9月から公開されたオーディション番組。アイドルグループ、timeleszの新メンバーをtimeleszの3人が自ら選抜する「仲間探し」のオーディション番組。これが2月15日、ついに最終回を迎えた。
私がこの番組に日常を侵食されたのは、アイドル好きだからでも、オーディション番組フリークだからでもない。世代的にも、timeleszについてこの番組を見るまでほとんど知らなかった。Sexy Zoneが名前を変えてtimeleszになったことすら知らなかったのだ。学生時代、バラエティー番組でV6やSMAPなど、男性アイドルには人並みに親しんでいたものの、その活動に詳しいわけでもなかった。およそ一般的な男子程度の興味だ。
しかし、このtimelesz Project: Audition(タイプロ)には信じられないくらいにハマってしまった。この数か月、オーディションに参加した(特に6次審査まであった審査の3次以上勝ち残った)候補生のことを、他人事とは思えないくらい考えてしまう毎日だった。
青春群像劇として~日野健太の衝撃~
なぜ30代の男性教員である私が、こんなにもタイプロのことを考えてしまうのか?
確かに、2次審査までは単に新しいリアリティショーとして面白いだけだった。だが、青・緑・黄・赤チームに分かれて課題曲をパフォーマンスする3次審査、ここで事件は起きたのだ。プロのR&Bシンガーでありながらタイプロに参加した日野健太さんの衝撃だ。
日野さんは「プロのシンガー」というだけあって、他の候補生と比べても圧倒的な歌唱力を持っていた。また、年齢も候補生の中では最も高く、おそらく自分の歌については絶対的な自信を持っていたし、実際、他にはない魅力的な歌声を持っていた。しかし、アイドルグループの歌唱としては、どうしても他との声のバランス的に異質に感じられてしまい、ボイストレーナーの宮本先生にもその確立された歌い方を矯正されてしまう。日野さんにとっては、それで飯を食っている武器でもあり、誇りでもある歌声に難癖をつけられ、あまつさえ矯正されるなんてことは、簡単に許せることではなかっただろう。
しかし、3次審査の本番、課題曲であるSMAPの「SHAKE」を歌うとき、まるで闇に落ちた父ベイダーを前にしてライトセーバーを捨てたルーク・スカイウォーカーのように、日野さんは自分の歌い方を捨て、他の候補生と調和し、団体として1つの作品を作り上げることに身を捧げていた。元々のソウルフルな歌声をポップに寄せ、その歌唱力を見事にアイドルの歌に昇華させて見せたのだ。
今まで一度も弱い部分を見せなかった日野さんが、timeleszの菊池さんに、自分らしく歌えない、気持ちよく歌えないことは辛かったと思う、と言われて涙するシーンは、何か1つのものに努力し、誇りを持ったことのある人なら必ず胸に迫るものがあるはずだ。
続く4次審査で、日野さんはラップまでマスターし、ダンスのレベル、パフォーマンスや表情に至るまで目覚ましい成長を遂げる。結局、日野さんは4次審査で落選してしまうのだが、彼の存在がなかったら、私はここまでタイプロにハマらなかっただろう。
ある1つの目的(例えば合唱コンクールとか)に向かって集団で動くとき、個々が何かを我慢したり、やむを得ず折れたり、結果的に変化することになったり……その集団の構成員の個の苦悩や変化を起爆剤として、集団が急激に成長する、ということがある。
合唱コンクールなどは、みんなが強制的にさせられている行事であって、そもそも個々の生徒に一生懸命にやる義理はないのだけれど、クラスの誰かが奮起したり、勇気を見せたりしたとき、クラスが勝つことに集中しはじめ、突如、飛躍的に成長するということがある。こういう「集団」ならではの「妙」みたいなものを、タイプロは数多く見せてくれた。そこが、面白さの肝なのではないだろうか。
終わりが見えているということ
「学校」というのは、終わりが見えている。
入学式があれば卒業式があるし、3学期が終わればこのクラスは解散だ。どうせ終わるんだから、誰と仲良くなっても意味なんかない。
……いやいや、そんな訳はない。この限られた時間で、たまたま居合わせた仲間と、どれだけのものを作れるのか? ほんとうに1つになれるのか? 分かり合えるのか? 尊重し合えるのか? そこが学校の面白さだし、それができる人はどんな場所でも輝ける。少なくとも自分はそう信じたい。
タイプロが面白いのは、timeleszに入るメンバーは個人として選ばれるのに、3次は9人グループ、4次は6人グループ、5次は4人グループ(6次はtimelesz3人を入れて7人グループ)という小グループで戦わされるという点だ。
そのかりそめのグループの中で、自分をアピールすることが個人として選ばれるためには肝要。けれども個人をアピールすることばかり考えていては、ダンスや歌初心者もいる中ではグループとしてのパフォーマンスの質は上がらない。グループの質が低ければ、個人としても評価されない。個人がtimeleszに入るということを目標にしているのに、グループ全体のことも考えなければならない矛盾。技術のある者は、ないものが足かせのように感じられる。技術のないものは途方もない焦りの中、まざまざと他の候補生との差を見せつけられる。個人の目標を叶えたい。しかし、自分はすでに何だか分からない大きな力によって集団の目標に走り出している。一体俺は何をすればいいんだろう? このヒリヒリ感がたまらなく面白く、これがたまらなく「学校」なのである。
そんな中でtimeleszが選ぶのは、それでもグループのために尽くし、グループの原動力となった者、そして、それを楽しいと思える者だったのではないだろうか。
入学があれば卒業があるように、オーディションというものは、必ず終わりがある。最終審査以上はない。審査のために組んだ仮のグループも時が来れば解散する。数日後、誰かが落ちていなくなる。そんな終わりのある時間を本気で慈しめる者をtimeleszは探していたのではないか。私はこのオーディションが必ず終わりの来る残酷なものだからこそ、こんなにも熱中し、愛せたのだと思う。
もちろん、timeleszに入れなかった人たちが(特に4次審査以降は)グループを慈しめない人だとは思わない。むしろ慈しめる人ばかりだったから面白かったし、毎回、毎週気になった。全員受かってほしいと思った。
タイプロは、そんな限りある日々を大切にすること。大切にするからこそ成長できるのだということを教えてくれた。
菊池、松島、佐藤という教師の物語でもある
そして、もう1つの見どころは、やはりtimeleszの3人、菊池風磨さん、松島聡さん、佐藤勝利さんの三者三様の魅力だろう。タイプロは彼らの仲間探しのオーディション。しかし、選考途中のパフォーマンスに向けての練習期間や合宿期間、共同生活期間において、ダンスや歌、パフォーマンス、アイドルとは何ぞや……いろんなことを教え導く立場にあるのもまたtimeleszの3人なのだ。
まさに教師集団のように、この3人がそれぞれが全く違うアプローチで候補生を導き、候補生の才能を見出していく。悩みながら、厳しい言葉をかけながら、驚きながら、候補生の素質と将来を真剣に考えていくのだ。
菊池風磨さん 〜「言」の人〜
菊池さん。彼はこのtimeleszというグループをどう持っていきたいか、明確にイメージできている人だ。それは、パフォーマンスだけではなく、バラエティー番組での立ち居振る舞い、メンバー同士のコミュニケーションのあり方まで、詳細に理想のtimeleszイメージを持っている。
5次審査では、自らプロデュースするグループの候補生に交じって踊っていたり、行動でぐいぐい引っ張っていくイメージが強いが、何といっても彼の魅力は「言葉」の力である。彼は「言」の人、だと思う。
彼は恐れることなく強い言葉、熱い言葉、臭い言葉を使う。
「売れてぇんだよ」
「アクセサリーいるかな?」
「こんなんじゃ終わっちまうよ」
「イメージできないなんて悲しいこと言うなよ」
菊池さんには理想のtimelesz像が明確にあるから、言葉に迷いがない。候補生にとってその強すぎる言葉は当初恐怖だったと思うが、このあまりに真っ直ぐで、恐れを知らない彼の言葉が、timeleszにかける思いや熱を、最も効果的に候補生に伝えたと思う。
彼の言葉にはいつも「timeleszをこうしていきたい」「タイプロはこうあるべき」というある種の恣意性が見えるが、それは計算しつくされた言葉でありながらも、全く嘘のない言葉であるから、候補生も自身の心の底の底を見つめ、語らざるを得なくなる。
菊池さんは理論派でその理論を言葉にする能力に長けている。彼には明確な基準があり、具体的な求めるメンバー像があり、timeleszの将来についての理想がある。それを実現するのに最も効果的な言葉を紡ぎ出し、その方向へ人を変化させる資質を彼は持っているのだ。
松島聡さん 〜「徳」の人〜
松島さん。彼は「徳」の人だ。
彼のコミュニケーションには、一切のトゲがない。彼の言葉は、話しかけている人はもちろん、その場に同席する人、関係者、視聴者……およそ誰も傷つけることがない。全方面に配慮されつくした、優しい言葉を使うのだ。意識的に穏やかな言葉を使っているというのもあるだろうが、松島さんはそもそも絶対に誰も傷つけたくない人なんだと思う。
松島さんは候補生が壁にぶち当たったとき、まずは1対1で落ち着いて話せる場を整え、相手の困っていることを汲み取り、理解しようとすることから始める。菊池さんが候補生の先頭に立ち、イデオロギーを掲げて引っ張っていったのに対して、松島さんは一度候補生の目線までおりていって、一緒に考える、というスタンスをとるのだ。
彼のすごいのは、本当は「こうしたら解決する」という答えを自身が持っているのに、一度候補生に困っていることを吐きださせ、その上で「~してみない?」「~してみよっか?」と、まるで強制感なく、道を示してやっているところである。
また、彼は今困っている候補生を見つける嗅覚も鋭い。もうそろそろ手助けが必要な候補生に、ときにふざけている体を装いながら、候補生のプライドも守りながら、陰でコソッと自然に声を掛ける。
候補生にとってはある種畏怖の対象であったはずのtimeleszだが、候補生・鈴木亮さんは5次審査で松島さんプロデュースのチームに所属することが決まったとき、彼と「話してみたかった」と漏らしていた。松島さんには本音で話してもいいと思わせる力があるのだ。
彼のプロデュースする集団では、彼が悲しむような言動は歓迎されない。松島さんがそういう言動を非難したわけではないが、松島さんの前ではそんなことできないのである。そして、そのあまりに非暴力的な彼の優しさがチーム全体に伝染していく。彼が良いと思っているものが良いとされている集団というのはすなわちお互いに配慮ができている集団である。松島さんの「徳」がいつの間にか候補生の、チーム全体の「徳」になる。彼は人柄というか、彼そのものが持つ人間力で集団を互いを尊重し合える集団にしていく。そんな離れ業をおそらく計画でなくできている。凄い人だ。
佐藤勝利さん 〜「才」の人〜
佐藤さんはあの端正な顔立ちで、誰が見てもセンターというスター性を持ちながら、タイプロにおいては菊池さん、松島さんに比べると派手さがない。いや、スターとしての輝きは圧倒的なのだが、菊池さん、松島さんのような対人的なアウトプットの強度、影響力は少ないように最初は見えた。佐藤さんはごく大人しい人だったからだ。
しかし、タイプロを見ていくうちに、そうではないということにだんだんと気付いてくる。
佐藤さんの指導者として突出しているところは“目”だ。これは私の考察、というか想像だが、佐藤さんは誰しもを虜にするスター性ゆえ、自分がどう見えるか、自分の一挙手一投足がグループに、ひいては会社にどのような影響を与えるかを常に考えてきた人なのではないだろうか。
候補生の中にも圧倒的なスターがいた。浜川路己さんである。
佐藤さんはこの浜川さんの才能を一番早くに見抜き、最終審査までずっとセンターとしての在り方を伝えようとしていたように思う。浜川さんはアイドルになるために生まれてきたような人で、パフォーマンスに対する理想が高く、3次審査の際は周囲のレベルや意識に物足りなささえ感じているように見えた。(これは私の想像だが)浜川さんはアイドルになるともう決めてしまっている人であり、もし受かったらアイドルになろうという気持ちで来ているメンバーとは最初から一線を画していて、だからこそ、グループでの審査にもある種冷めていたのだと思う。(最初の方の彼は、他の候補生と全く打ち解けている感じはしなかった)
3次審査の練習のワンシーンで、佐藤さんが嵐の「MONSTER」でセンターを務める浜川さんのある振り付けに対して、「一回はみ出してみたら?」「画面から超えようとしてみたら?」とアドバイスするシーンがある。浜川さんのパフォーマンスはその時点で私には悪くないように見えたのだが、佐藤さんに言わせれば……足りない。これはダンスの振りに対して言っている言葉なのだが、佐藤さんは多分、浜川さんのもっと根本の部分に駄目を出していた。完璧くらいで満足するな。まだ何か乗せられる、と。
結果、3次審査における浜川さんのセンターとしてのパフォーマンスは100点以上のものになった。浜川さんに呼応するようにチームも成長したのである。……振りを完璧にすることではない。チームの顔が死ぬ気でやる。その姿勢を見せることで、チームが活性化し、見る人を魅了する。
そう佐藤さんは伝えているようだった。また、その頃から浜川さんは他の候補生と会話しようとし始めたと思う。チームの顔はチームのメンバーとの繋がりを絶ってはいけない。
「肩外れてもいいと思ってやってるから」
「弱いんだよな。ていうかぬるいんだよな」
「移動じゃねぇんだ。ただの」
「スキルじゃないと思う」
4次審査において、浜川さんがいる人生遊戯チームに投げかけた言葉だが、やはり佐藤さんは技術ではなくやり過ぎるくらいやらねぇと誰の心も動かないという部分をこそ大事にしているようだ。センターでいることを運命づけられた彼だからこそ、そのスター性だけ、素材だけでやるのは怠慢に他ならない。持っている資質だけで獲った100点など彼にとっては意味がないのである。自分が持っている魅力を全て、最大限出しきってやっとセンターの責任を果たしたことになる、ということだ。それを浜川さんに伝えたかったのだろう。
浜川さんは5次審査では佐藤チームの所属となり、さらなる覚醒を見せる。佐藤さんをして「いいよいいよ」としか言えなくなるような努力を見せた浜川さん。5次審査では全候補生の中で明らかに突出したパフォーマンスをしていた。そこには「このくらいやれば充分でしょ」という余裕はなく、自分の全部を出し切って、消耗しながら、楽しみながら、自分の魅力を最大限効果的に出そうとするセンターの姿があった。
佐藤さんのことになると熱くなってしまうのだが、ここで教師という観点に戻る。
佐藤さんには、何といっても候補生の才能とその才能を生かす未来への道を見通す眼力がある。彼は「才」の預言者だ。前述の浜川さんの件では、その人の才能がどうやったら輝くのか? ということを何より大事にし、浜川路己というセンターを運命づけられた人には、センターとしての輝き方を示した。
チーム佐藤、チーム菊池、チーム松島とに分かれて新曲をパフォーマンスする5次審査。それぞれのチームの指導者を入れ替えて、指導するという場面があった。真面目過ぎて型にはまってしまい、楽しむことができなくなってしまったチーム松島に対して、佐藤さんは「0点出そう!」と助言する。その0点を思い切って出すことによって、カッコよさや上手さしか武器がなかった者が、自分の冒険心やお茶目さという本来の自分の姿を武器にできるようになった。
佐藤さんは、生徒の才能を見抜き、輝く道を見極め、その打開策を明確に示すことができる人だ。これは佐藤さんのこれまでの修羅の道が作り上げた能力なのだろう。
教師の世界において、「この人天才だなぁ」という先生がいる。生徒の生かし方、輝かせ方、身の振り方の指導の仕方、いつも完璧に正解を出せる教師だ。こういう人は「天才」ではなく、それだけ自分に厳しく生きてきた人なんだ、とタイプロにおける佐藤さんを通して思った。
3人の教師集団としての凄さ
以上のように、菊池さん、松島さん、佐藤さんという3人の教師はバランスが良すぎる最高の教師集団だ。
ゴリゴリ引っ張っていく菊池さん。
生徒の拠り所となり悩みを打ち明けられる松島さん。
生徒の才能を見極めてゴールを見通す佐藤さん。
教師がみんな菊池さんだったら不登校が続出するかもしれないし、教師がみんな松島さんだったら厳しいことへの心の耐久性がなくなるかもしれない。教師がみんな佐藤さんだったら自分の才能の限界に向き合い過ぎてしんどくなってしまうかもしれない。
しかし、3人がそれぞれ指導することによって、互いが互いの指導の不足を補うバランスの良い教師集団になっている。教師は1つのタイプだけでは駄目だ。1人の教師では必ず取りこぼす生徒が出てくる。色んな教師が補い合って人を育てていくのだ。
自分の才能との出会い・仲間との出会い
物語を読むとき、主人公が“自分が生きるべき道”に出会う瞬間、「俺はこれをするために生まれてきたんだ」「ここに来るために生きてきたんだ」という瞬間に、最も大きな感動があるように思う。
漫画「スラムダンク」で桜木花道がその辺のボンクラ男からバスケットマンに変わった瞬間、お前はバスケットと出会えて本当に良かった、その才能はこのためにあったんだ。それが幸せなんだと感じる。
もっとも幸せなことは自分が生きる場所、本当に命を燃やせる場所に生きているかどうかだ。
最終審査を勝ち残った橋本将生さんは、timeleszに入ってから、(顔、トーク力、ツッコミのセンスに至るまで)明らかに輝きを増している。まるでtimeleszになるために生まれてきたように。橋本さんは自分の才能を生かせる場所に出会ったのだ。その才能を生かしてくれる仲間に。それはまさに運命だ。それが人生において一番喜ばしいことなんだと思う。
そういうことか、と私は思った。タイプロはtimeleszに入るために生まれてきた人を見つけるためのものだったんだ。勝ち負けではなく、それぞれの人生の中でtimeleszという場所が生きるべき場所である人を見つける試験だったのか。
5次審査からは落選する候補生の涙が痛ましく、号泣していたNOSUKE先生と同じ気持ちだったが、今になってそんなことに気づいた。
最終審査で浜川さん、本多さん、浅井さんは落ちてしまう。
しかし、これもやはりこの人たちの輝く道がtimeleszではなかっただけなんだと思う。浅井乃亜さんがタイプロを「旅」にたとえていたけれど、「旅」の先が違っただけなんだと思う。例えば、3次で落ちた日野さんはtimeleszではなくやはりシンガーとして生きることが輝く道かもしれないし、浜川さんや他の落ちてしまった候補生も他のグループとか、ソロ、役者、ダンサー、他業種、他にもいろんな輝く道があるのかもしれない。これから自分を輝かせてくれる仲間に新たに出会うのかもしれない。
審査の結果は上下ではなく、ただtimeleszが「命を燃やす場所」ではなかっただけなんだと思う。

アイドル大海賊時代の幕開けを告げる、風磨・D・ロジャー
「来ないの? こっからだよ。こっから始まんだから」
タイプロは菊池さんのこの言葉によって締めくくられた。
新メンバーを入れて8人体制となったtimelesz。ダンス未経験の篠塚さんや最初は内気だった橋本さん、新メンバーでありながら兄貴的立場を担う原さん、寺西さん、常に旋風を巻き起こす猪俣さん。そして、教師的立場からメンバーという立場に戻った菊池さん、松島さん、佐藤さん。新しいtimeleszが始まった。ついてこい! という意味の言葉だろう。
しかし、新しいtimeleszの成立は同時に、浜川さん、本多さん、浅井さん、山根さん、前田大輔さん、西山さん、鈴木さん、前田大翔さんなどなど、恐ろしき才能をその魅力だけ世に知らしめしたまま野に放ってしまったということを意味している。
まさに、菊池さんのこの言葉はワンピースのゴール・Ⅾ・ロジャーの如く、アイドル大海賊時代の幕開けを告げ、いずれtimeleszと向き合うことになるであろう猛者との新たなドラマの幕開けをも意味している。
前田大輔さんあたりが新たなグループのリーダーとして「よお、シノ。久しぶり」なんて言ってtimeleszと再会する姿をいつか見られるときを夢見て、これからもtimeleszという若者たちの姿を追ってみようと思う。
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