鏡の揺らぎの共犯者 11|エピローグ あなたとの共犯

エピローグ あなたとの共犯
鏡は、いつもそこにある。
あなたの迷いも、静かに映しながら。
ある夜、夢を見た。
女性が、声も立てずに泣いていた。
どこにいるのか。
なぜ泣いているのか。
それは、分からなかった。
ただ、何かをあきらめたように
そこに座っていた。
両手が、膝の上で、静かに重なっていた。
ハッと、目が覚めた。
窓の外は、まだ暗かった。
夢だった。
でも、その夢は、なぜかすぐには消えなかった。
朝になっても、 店に向かう車の中でも
ふとした瞬間に浮かんでくる。
誰だったのだろう。
でも、なぜか、 他人とは思えなかった。
あなたは、いつものように、店の鍵を開けた。
その日、 目の前の扉が、静かに開いた。
その人が、こちらを見た。
少し、戸惑いがあった。
「お疲れさま」
あなたは、席へ誘導した。
目を、少しだけ伏せていた。
テーブルの上には、 コーヒーだけを置いた。
湯気が、ゆっくりと立ちのぼっていた。
コーヒーカップに両手を添えたまま
なかなか顔を上げなかった。
そして、静かに言った。
「もう、ついて行けません」
その言葉を聞いたとき
胸の奥で、何かが止まった。
窓の外で、何かが風に揺れた。
何も言えなかった。
カップのふちが、 少しだけ揺れた。
ふと、横を見た。
鏡があった。
そこに映っていたのは、
いつかのあなたのようでもあり、
かつての私のようでもあった。
息が、ひとつ、こぼれた。
*
「大丈夫」
あなたは、心の中でそう言った。
そして、つたえようと思う。
あのことばを。
* * *
静かな時が、流れる。
カップのふちは、もう揺れていなかった。
それは、その人に向けた言葉だったのか。
自分に向けた言葉だったのか。
今でも、よく分からない。
ただ、ひとつだけ分かっていることがある。
みんな、迷いながら扉を開ける。
そのたびに、誰かが、誰かのそばに立つ。
迷いのそばに、黙って立つこと。
それが、私たちにとっての経営だった。
数字を追いかけていたはずだった。
でも、最後に残ったのは、数字ではなかった。
手放したからこそ、
見えてきたものがあった。
残ったのは、その人らしさだった。
迷いながらも、ここに立とうとする思いだった。
それでも、扉を開けてくれた人たちだった。
信じたいのに、不安になる。
任せたいのに、口を出したくなる。
守りたいのに、手放せない。
そんな矛盾を抱えたまま、
私たちは、店を続けてきたのだと思う。
この物語は、誰かと向き合うたびに、
自分の中の弱さと向き合ってきた。
最後に、あなたに聞いてみたいことがあります。
あなたは、何を大切にしてきましたか。
そして、
その大切なものを守るために、
何かを手放したことはありますか。
——その問いに、
あなたがいつかそっと答えてくれたなら、
私たちは、もう共犯者です。
