#19| ICE BOXを食べるのなら溶ける前に
朝早起きして数分、足の裏が尋常じゃなくベタついている。
梅雨の湿気のせいじゃない。緊張で手足に汗が滲んでいるわけじゃない。
昨日買ったICE BOXレモン味のせいだ。
ベタつきが止まらない床を、豪雨に見舞われた車のワイパーのような速さで拭きながら、昨夜のICE BOXの味をじんわりと思い出していた。
ICE BOXは、とても良い。
何が良いって、
「冷たくて気持ちいい」
「味のする氷があるなんて最高」
「最後の方、溶けるとレモネードになる」など、無限にいい所があり過ぎる。
子供の頃、練習終わりにみんなで食べた思い出もICE BOXを過剰に美化する要素として作用している。
金曜の夜は、買うしかないのだ、そんなICE BOXを。
ただ、今回は油断していた。
コンビニでICE BOXを手に入れた帰り道、長男が飼っているショウリョウバッタの餌として、道端のねこじゃらしをつむという謎の作業で時間を浪費した。「道草を食う」ならぬ「道草をつむ」行為に妙に納得しながら、家路を急ぐ。
その頃。私はまだ知らなかった。
グダグダした帰り道の蒸し暑さでひとつひとつの氷菓が溶けはじめていたことを。
そして、まだ知らなかった。
家に辿り着いてICE BOXを冷凍庫で冷やし始めると同時に、先ほど溶けた氷菓が、ICE BOXの容器の中でひとつの大きな氷塊を形成しはじめていたことを。
夕食後、「ICE BOXダッ!!!」と心の中でジョジョ風の雄叫びを上げながら、蓋を開け、両手で思いっきり容器の側面をギュッとつかんだ、その途端。
でかいコップ型のレモン味の塊が、容器からにゅるっと出て浮き上がり、かなり短めの滞空時間の中で弧を描かずに、床に落ちて砕け散った。
黄色く透き通った氷塊は、部屋中の四方八方に転がり、「踏んだら冷たいマキビシです」とでも言いたげに、透明感のある武器として、そこかしこに散らばっていた。
う、拾う…?食べれる?
さらに畳み掛ける、「もったいないゾ?」(クレヨンしんちゃん風)という心の声。
「よし!溶けちゃう前に拾いながら食べよう!」(クレヨンしんちゃんの母みさえ風)という決意。
ここまでで3秒経ってない。3秒ルールも犯してない。
散らばった黄金色の氷塊を、左右の手の残像が残らないほどのすごいスピードで拾っては食べ始める、40歳女性。
黄金色の氷塊に執着して高速で拾い集めている画はなかなかの怖さと狂気が滲み出ているはず。今なら、千と千尋の神隠しのカオナシの実写版で役をもらえるんじゃないか(もらえない)。
人間の果てなき欲望と戦っていたカオナシと比べても、容赦ない夏の熱伝導という熱力学第二法則と戦っている私の相手は割と大きく強いのではないか、という錯覚。
「溶ける前に食べるでしょ?」
これは「いつやるの、今でしょ?」と同じ言い方で、チャンスを逃したくない場合に、今後ことあるごとに用いるよう努めてまいりたい。(政治家の答弁風)
最後のひとつを拾い終わり、今夜のICE BOXを私は無駄にしなかったゾという達成感と、「麺は伸びる前に食べる」と同じ種類の「溶ける前に食べる」という教訓を持ち帰り、今朝、週末の朝を迎えた。
ただ。
私はさっきまで知らなかったのだ。
たったひとつの拾い残しが、2cm大の静かな水たまりとなり、ベタベタの元として既に産声を上げていたことを。足の裏がベタつく朝のフラグを立てていたことを。
【持ち帰るべきだった教訓】
×溶ける前に食べる。
○溶ける前に「全て食べ切る」。
END
※注) 大の大人が床に落ちた食べ物を拾って食べることに抵抗はありつつも、掃除機かけたての床に落ちたICE BOXを無駄にしたくない想いが勝ってしまったことをここに懺悔と共に付け加えます。
