親亡き後、誰がその人を守るのか。〜僕が社会福祉士を目指したアナザーヒストリー〜
はじめに
社会福祉士になった理由を聞かれることがあります。
医療ソーシャルワーカーとして働き、成年後見にも関わる今、
「人の役に立ちたかったから」
「福祉に興味があったから」
そんな答えはいくらでもできます。
でも、本当の原点はもっとシンプルです。
ずっと頭から離れない問いがありました。
「親亡き後、誰がその人を守るのか。」
今日は、あまり話したことのない私自身の話を書いてみようと思います。
障害者支援施設で出会った問い
社会福祉士になる前。
私は以前、障害者支援施設で働いていました。
毎日利用者さんと関わり、笑ったり、悩んだり、時には一緒に将来の話をしたり。
そんな日々を送っていました。
その中に、統合失調症のある利用者さんがおられました。
日常会話はできる。
自分の考えもある。
意思決定もできる。
私は担当職員として関わっていました。
キーパーソンは兄弟の方でした。
施設に来られるたびに近況を共有し、今後について話をしていました。
本当に熱心なご家族でした。
しかし、ある頃から話の内容が少しずつ変わっていきました。
「最近は施設に来るのも大変になってきてね。」
「手続きも昔みたいには動けなくなってきた。」
「自分たちがいなくなったら、この子はどうなるんだろう。」
今でもその言葉を覚えています。
私は返事ができませんでした。
励ますことはできる。
話を聞くこともできる。
でも、
その不安を本当の意味で解決する答えを持っていなかった。
だからです。
利用者さんではなく、自分自身の問いになった
あの日から、私はずっと考えるようになりました。
親が亡くなったら。
兄弟が亡くなったら。
誰が本人の思いを代弁するのだろう。
誰が権利を守るのだろう。
誰が人生に伴走するのだろう。
施設職員としてできる支援はあります。
福祉サービスもあります。
相談支援もあります。
それでも、
どこか足りない気がしていました。
振り返れば、
利用者さんの課題だったはずの問いが、
いつしか私自身の人生のテーマになっていました。
働きながら社会福祉士を目指した理由
私は働きながら社会福祉士養成課程のスクーリングに通いました。
決して楽ではありませんでした。
仕事。
勉強。
半端ない量のレポート。
休日が消えていく生活。
何度も投げ出したくなりました。
それでも続けられたのは、
資格が欲しかったからではありません。
あの問いに近づきたかったからです。
「親亡き後、誰がその人を守るのか。」
私はその答えを探したかった。
だから学び続けました。
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ここから先は、
・社会福祉士になって見えた
・医療ソーシャルワーカーとして感じた限界
・成年後見との出会い
・私が権利擁護にこだわり続ける理由
について書いています。
もし同じように福祉の現場で悩みながら働いている方がいれば、何か一つでも届くものがあれば嬉しいです。
社会福祉士になれば答えが見つかると思っていた
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