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【小説・ヴィーナス症候群】[629]三月は

三月は、義肢メーカーが忙しくなる。

年度の締め。役所への申請も補助金の精算も、三月末が区切りだ。
駆け込みの判定、見積の再提出、未収の確認。四月から新入学や就職という人も多く、「このタイミングで義手を替えたい」「新しい環境に合わせて義足を作り直したい」という依頼が一気に押し寄せる。
現場も、事務方も、大忙しになる。

サイセイ義肢も同じだった。

工房では削り出したソケットの粉が舞い、仮合わせの予約はびっしり。
電話は鳴りっぱなしで、経理の机には書類の山ができている。

開発用「トルソーさん」の割出結菜は、現場のソファーでアールグレイを淹れていた。
金属の肩義手が、作業灯の白い光を静かに弾く。

そこへ、経理課の鍋島愛美――通称ナマミちゃんが、フラフラと現れた。

「大変そうですね」
結菜がカップを差し出す。

「大変なんてもんじゃないよ!」
ナマミちゃんはそのままソファーに崩れ落ちた。

「現場も大変なんですよね。新入学シーズンとか。あと成長期で義手変えたいって子も来るし」

「多いよね。今月中にって言われると、こっちも胃がキリキリする」

結菜は湯気越しに笑った。
「私も子どもの頃は結構頻繁に変えてたかも。義手の性能も上がってきて、腕がなくても生活できるって言えるくらいにはなってきてたし」

「ああ、まだ最初の頃は“使い物にならない”世代か」

「そうそう。それで、使い古した義手が家に溜まるわけじゃないですか」

「うち金沢でもギャル高だったんで、同級生でパンツ売ってる子とかいたんですよ。まあ、そんな感覚で義手をメルカリで売ることにしたんですよね。顔写真付きで」

「え? あのギャルメイクの?」

「そう。どうせ買う奴おらんやろがいねって思って、十万円とか値段つけたんですよね」

ナマミちゃんが吹き出す。
「ハハハ」

「そしたら売れたんですよ! え、マジ? 嘘でしょ? って思って。確か神奈川のおじさんだったかな」

「女子高生に十万円はエグいわ……」

「そう思いますよね? で、服買ったりしたんですけど、親が『あんた、変なバイトしとるがじゃないがいね?』って。まあ変なバイトみたいなもんでしたけどね」

ナマミちゃんはカップを持ったまま、天井を見上げる。

「うちも佐賀じゃ結構バカ女子校でバトン部だったんだけど、卒業の時に屋内演技用のレオタード売ってた子いてさ。結構いいお金になったみたい」

「そういうので経済って回ってるんですかね……」

工房の奥で、サンダーの音が響く。電話がまた鳴る。

誰かの新生活のための義手が削られ、誰かの決算書が締められ、誰かの思春期の名残が売買される。

三月は、いろんなものが締められて、いろんなものが動き出す月だった。

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