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【小説・ヴィーナス症候群】[645]観覧車靴下マシュマロ

大手広告代理店・鎮貪舎。

昼過ぎの庶務課に、営業の若手が書類を抱えて入ってきた。
「すみませーん、これ……あれ?ロボ子ちゃん……じゃなくて舘合さんは?」

デスクの奥から課長が顔を上げる。
「舘合?今日は有休取ってるよ」

「え、珍しいですね」
「たまには休ませてやらないと」

営業は「ああ、そうっすよね」と言いながら書類を机に置いた。

そのころ――

都内のデパートの屋上。
古びた遊園地スペースのベンチに、舘合翠はぼんやり座っていた。

低い鉄柵の向こうで、色あせた観覧車がゆっくり回っている。

平日の昼なので、ほとんど人はいない。
係員もいない観覧車が、ただ静かに回り続けているだけだった。
まるで時間が止まったような場所だった。

翠は金属の肩義手の先で、紙コップをつまんでいる。
中には売店で買ったマシュマロ。
ひとつ口に運ぶ。
甘い。

「……」

何をするでもなく、観覧車を眺める。
観覧車は、ただ同じ速さで回り続けている。

ふと、屋上の端の階段の方を見る。

そこには、小さなペットショップがあった。
昭和のデパートにありがちな、ガラスケースの店だ。

水槽の中で、何かがゆっくり動く。
翠は首をかしげた。

「あれ?亀?」
ガラス越しに、小さなミドリガメが甲羅を揺らして歩いている。

「……」

その時、屋上に風が吹いた。
観覧車のゴンドラが、きし、と小さく鳴る。

翠は立ち上がった。
「そろそろ帰ろうかな」

マシュマロの紙コップをゴミ箱に捨て、階段へ向かう。

デパートの中は、普通の平日の空気だった。
エスカレーターを降りて、婦人服売り場。
靴下コーナーで足を止める。

「……」

翠は、シンプルな黒い靴下を二足カゴに入れた。


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