【小説・ヴィーナス症候群】〔285〕十勝地方はバニーガールの形
北海道・帯広。
笠幡八重のスマホに、後期授業料の納入期限通知が届いた。
「はいはい、払いますよっと」
農業経済学科のレポートを打ちかけのパソコンを横目に、彼女はさっさと払い込む。
八重は勤労学生だった。
「炸良(さくら)でんぶ」というコスネームでSNSに過激なコスプレ画像を配信して、それを目当てにスケベなおっさんたちが金を払う。
自分がケツを出せば、それが金になる。それが現実であり、日常だ。
元々は東京出身。
自由奔放な校風で知られる都立の名門・松沢高校に通っていた頃からコスプレを始め、フォロワー数は増える一方だった。
代わりに成績は見る見るうちに下がっていった。
同級生が東大や一橋に進学するのを尻目に、自分はどうにか合格できる帯広畜産大学を選んだ。
何より、うるさい親から離れられる。
そんな八重のスマホにメッセージが入る。
埼玉に住む中学生の従妹・玲奈からだった。
「今度帯広に遊びに行っていい?」
「いいよ!来なよ」
玲奈は生まれつき両腕のないヴィーナス児だが、口うるさい親とは違い、勉強ができてスタイルもいい八重を素直に尊敬してくれる。本当にかわいい妹分だった。
帯広空港。到着ロビーを出てきたのは、両腕に義手を付けた玲奈だった。
「八重姉ちゃん! 久しぶり!」
「よく来たねえ」
再会を喜んだ二人は、早速名物の豚丼を食べに行った。
「八重姉ちゃん、まだお尻出してる?」
「え? ああ……まあ……」
「私も八重姉ちゃんみたいにコスプレしてみたーい!」
「いいね。セーラームーンとか? それとも鬼滅?」
「八重姉ちゃんみたいなセクシーなの!」
箸を持つ手が止まった。
――自分がやっている分にはいい。でも、従妹にまで真似されたら?
ふと胸が痛んだ。
「いやあのね、ああいうのは子供がやるもんじゃ……」
「どうして? 八重姉ちゃんだってお尻出して稼いでるんでしょ?」
玲奈の無邪気な言葉が、八重の心を刺す。
「私、社会の時間の地図帳見て思ったんだけどさあ、十勝ってバニーガールの形に見えるよね」
「バニーの……? ああ、考えてみれば大雪山のあたりが右のおっぱいで、陸別が左のおっぱいで、広尾が股間か。新得とか豊頃・本別のあたりはくびれてるし…… よく思いついたわね」

「だからね、十勝でバニーガールのコスプレしたいの」
「へ?」
「バニーの衣装もお小遣い貯めて買ったもん」
「そ、そういうのはよくないかな……」
「どうして? 八重姉ちゃんだってやってるじゃん。何で私がお尻出しちゃダメなの?炸良でんぶ!」
「……あぁもう…… まあ。じゃ、悔いなくやってみる?」
八重の車は治水の森公園に向かう。
「ところでさ、玲奈ちゃん、『帯広』ってどういう意味か知ってる?」
「帯が広いとか?」
「ブブー。アイヌ語で『女の子の割れ目』って意味」
「ええええ? 嘘でしょ?」
「o(川尻)pere(裂け)perke(裂ける)p(所)。十勝川と札内川と、あと音更川が裂ける所だからね。今から行く所はそういう『割れ目』だよ」
「えー……」
「あら。バニー撮りたいなんて言ってて怖気付いてんの?」
「違うもん!」
目論見通り、十勝川と札内川の合流点近くにある治水の森公園は人影もなく、中学生がこっそりバニーガールになるにはうってつけだった。
義手を外し、玲奈が着替えるのを八重も手伝った。
「いい? ささっと撮って撤収だからね」
「うん!」

シャッターを切る。数枚撮って、はい終了。
「これでOK? 満足した?」
「うん!」
車に戻ると、玲奈が笑った。
「私も八重姉ちゃんみたいになりたいなー」
「じゃまず松沢に入れるように勉強することだね。埼玉のあの辺りだと第二女子?」
「えー、第二女子なんて難しくて無理」
「勉強も美尻も頑張らないとなれないよ」
八重は軽口を叩きながらも、可愛い従妹の憧れを正面から受け止めきれずにいた。
カーラジオから落ち着いた声が流れる。
「――では、十勝地方の天気予報です。
今夜は高気圧に覆われ、おおむね晴れるでしょう。ただし内陸部では放射冷却が強まり、明け方は7度前後まで下がる見込みです。
あすの日中は晴れますが、午後は一時的に雲が広がりやすく、帯広市の予想最高気温は22度、最低気温は8度となっています。朝晩は冷え込みますので、農作業の際は上着を一枚お持ちください。
なお、ビートや豆類の収穫期を迎えておりますが、今後一週間は雨の心配は少なく、作業日和が続くでしょう」
ジングルが流れ、アナウンサーが声を弾ませる。
「さて、秋も深まってまいりました。ここで一曲、『小さい秋みつけた』をお送りします」
軽やかな童謡の旋律が車内に広がった。玲奈は窓の外を見ながら、小さく鼻歌を重ねる。
八重はハンドルを握りつつ、河川敷に揺れるススキに目をやり、ぽつりとつぶやいた。
「……ほんとに秋だねえ」
「玲奈ちゃん、タイツとか持ってきた?」
「やば、持ってきてない」
「そんなミニスカートじゃ寒いよ〜」
八重は苦笑して暖房のダイヤルを少し上げる。
玲奈は「えへへ」と照れ笑いを返し、曇りかけた窓の向こうに広がる十勝の大地を見つめていた。
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